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むかしむかし……といっても、ほんの少し未来のお話。
東京の片隅に、知る人ぞ知る「夜の図書館」と呼ばれる場所がありました。
その図書館は、昼間はまったく普通の図書館で、誰もが静かに本を読んだり、勉強したりしているのですが……
夜の12時を過ぎると、図書館の中の“世界”そのものが入れ替わるのです。
ある晩、中学生の少年・ユウトは勉強のために図書館に残っていました。
気づくと閉館時間を過ぎており、出口の自動ドアはロックされていました。
帰れない……!
慌てるユウト。しかし時計がちょうど 0時 を指した瞬間——
図書館のすべての本棚が、まるで深呼吸するように「ふわっ」と揺れたかと思うと、
ページの間から光がこぼれ、本の中の登場人物たちが ゆっくり本から抜け出してきたのです。
「うぅん……やっと外の空気が吸えるわ!」
と、赤ずきん。
「……ふむ、また新しい夜が来たか」
と、シャーロック・ホームズ。
「な、なんだこれ……!」
ユウトは口をあんぐり。
「すまんな、君。ここは“夜の図書館”だ」
と杖を持った老人が現れました。
老人の名は 司書長・クレイン。
彼はユウトに、夜の図書館の秘密を教えてくれました。
夜の図書館には、世界中の本から抜け出したキャラクターが集まり、
夜が明けるまで自由に過ごしているのだとか。
赤ずきんはカフェでホットチョコを飲み、
桃太郎は筋トレし、
夏目漱石の「坊っちゃん」はホームズとおしゃべり。
そこはまさに「世界の物語が寄り合う街」だったのです。
ユウトは興奮して本棚の間を駆け回りました。
しかし、ふと気づくと、ひとりだけ寂しそうに座っている少女がいました。
少女の名は “ユラ”。
日本の童話にも海外の物語にも登場しない、不思議な存在でした。
「あなた、どの本から出てきたの?」
とユウトが聞くと、ユラは静かに首を振りました。
「私はね……どの本にも“まだ”登場していないの」
「……?」
「私は“書かれなかった主人公”なのよ」
ユラは、百年前に一度だけ姿を見せたという、
“物語に選ばれなかったキャラクター”の代表者でした。
ある作家が、彼女を主人公にした物語を書こうとしていたのですが、
戦争で原稿が失われてしまい、最後まで完成しなかったのです。
そのため彼女は書物の世界に帰れず、
百年間、夜の図書館をさまよっていました。
「だから私は、行き場がないの」
ユラは笑って言いましたが、その笑顔はどこか寂しげでした。
ユウトはユラを見て、胸の奥がぎゅっと熱くなりました。
「……だったら俺が書くよ」
「え?」
「君を主人公にした物語を。
ちゃんと本にして、君が帰れる場所をつくる」
ユラの目が丸くなりました。
「そんなこと、できるの?」
「できるかどうかじゃなくて、やるんだよ」
ユウトは拳を握りしめました。
しかし、物語を書くには “物語のかけら” が必要。
それぞれは本棚の奥深くに眠っており、取得するには試練があるのです。
ユウトとユラは、赤ずきん、ホームズ、桃太郎たちと協力しながら
“冒険のかけら”
“友情のかけら”
“別れのかけら”
“奇跡のかけら”
を集めていきました。
あるときは迷宮のような本棚をさまよい、
あるときはページの海を泳ぎ、
あるときは巨大な物語ドラゴンと向き合いました。
何度も挫けそうになったユウトを、ユラはそばで励ましつづけました。
そしてついに、すべての“かけら”がそろった夜。
クレイン司書長はユウトに一冊の白い本を差し出しました。
「君の書いた物語が、彼女の未来になる」
ユウトは震える手でペンを取りました。
ユラは小さくつぶやきました。
「もし……もし書いてくれたら、私は本当の主人公になれるの?」
「うん。君の物語は、これから始まるんだ」
ユウトが最後のページに「終わり」と書き終えた瞬間——
ユラの体は淡い光に包まれ、白い本の中へ吸い込まれていきました。
「ありがとう……ユウト……」
彼女の声が本の中に消えていきました。
朝になり、図書館はいつもどおり。
ユウトの手には、一冊の物語が残っていました。
タイトルは——
「ユラと夜の図書館」
それは世界で一冊だけの、
書かれなかった少女に“帰る場所”をつくった物語。
ユウトはその本を図書館の棚にそっと差し込みました。
その瞬間、本棚がかすかに揺れ、
ユラの笑顔が浮かんだ気がしました。