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プロローグ
ある日の夕方。
仕事を追えた同僚たちが続々とビルから出てくる。人の流れに流されながら外に出て、そのまま真っ直ぐ家へ向かう。
マンションの一室。誰もいない真っ暗な部屋の明かりをつけ、荷物を置いてベランダへ出る。
湿った風を受けながら、院瀬見は胸ポケットから取り出したタバコに火をつけ、椅子に腰掛けた。
静かに吐いた煙が、風と混ざりあって薄れていく。
あの日も、こんな風が吹いていた。
1.夢を見ていた
「姉ちゃん!姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
聞き慣れた、でも懐かしい声がした。目の前にいるのか、目を閉じていても影ができているのが分かる。院瀬見はゆっくりと目を開けた。
「やっと起きた!姉ちゃんいつも起きるの遅い!」
小学校低学年くらいだろうか。幼い男の子が、院瀬見の上に馬乗りになってふくれっ面をしていた。
この子は誰だろう。
(そうか)
弟だ。
鏡に写る自分をよく見ると、パジャマ姿で髪の毛もボサボサだった。外は明るく、スズメがちゅんちゅんと鳴いている。時計は午前10時を指していた。
「カザノ!さっさと起きなさい!」
ふいに、遠くから大きな声が聞こえた。恐らくは母の声だろう。母はこんな声をしていた。
「今日友達と遊び行くんでしょー!?早くしないと遅れるよ!」
ここまでの出来事で、院瀬見は理解した。
これは、院瀬見が小学生のときの記憶だ。
2.幸せはどこまで
「いいなー姉ちゃん、俺も友達と遊びたい…」
弟・カザメはいじめられっ子で友達が少なかった。カザメがいじめられた日には必ず院瀬見が殴り込みに行っていたため、その度にカザメ以上に傷を作ってきていた。そのカザメをいじめていたのがカザメのクラスメイトだけでなく、院瀬見のクラスメイトの女子もだったということには流石の院瀬見も驚いたが。
「一緒に来るか?あんま楽しくないだろうけど」
「ほんと!?行きたい!」
カザメは瞳を輝かせた。
「カザノ1人でカザメ連れて行ける?辞め といた方が…」
「だいじょうぶ!俺もう1人だって行けるもん!」
心配そうな母を遮り、カザメは自信満々に言う。当時、カザメは小学2年生だった。
「そう…?じゃあ良いけど…カザノ、カザメのことちゃんと見ててちょうだいね」
「あ?あぁうん」
院瀬見は遅めの朝食である食パンを頬張りながら返事をした。
母は玄関口で院瀬見と弟を見送った。
カザメが大きく手を振って行進するように先陣を切り、院瀬見がその後をゆっくり歩いた。
すると突然、カザメが道でうずくまった。
何かを作っているようだが、カザメは院瀬見に背を向けている。
「カザメ行くぞ。何してんだ」
院瀬見がカザメの手元を覗こうとした瞬間、勢いよくカザメが振り向いた。
「葉っぱのお面!」
カザメは自身を見下ろす姉に、指で目、口となる穴を開けた大きな落ち葉を顔に当てて見せていた。ひょっとこのような顔をしたそのお面が可笑しく見え、院瀬見はたまらず吹き出した。
「ッハハハ!!なんっ…なんだよそれ…!カザメお前今作ったのか?」
「うん、姉ちゃんにあげる!」
そう言って、ひとしきり笑った院瀬見にお面を差し出した。
「ほら姉ちゃん!早く行こ!」
「いや、お前のことを待ってたんだろうが」
院瀬見はフッと笑い、走って先を行く笑顔のカザメの後を着いていった。
この時はまだ、あんなことが起こるなんて思ってもいなかった。
3.夢幻の過去
カザメがいなくなった。
院瀬見と出かけて帰ってきた後、近くの神社で遊んでくると言って再び出ていったきり、姿が見えなくなった。
1時間、2時間、3時間。とうとう夜になっても帰ってこなかった。仕事から帰ってきた父親も、母親と一緒に院瀬見を置いて探しに出ていった。
怖かった。小学生が家に独りだから、 というのもあるだろうが、そんな恐怖じゃない。
院瀬見には、このまま父と母、そしてカザメが帰ってこないような気がしてならなかった。
そして、その予感は的中した。
4.公安退魔
暫く経った頃だった。結局、あれから父親も母親もカザメも、家に帰ってくることはなかった。
院瀬見は親戚に引き取られた。
中学校3年間の間、親戚は院瀬見に良くしてくれたが、孤独という状況に置かれて半グレだった院瀬見はそんな気持ちに気づかず、沢山の迷惑をかけた。
そのことについて謝る前に、親戚も死んだ。
その後、院瀬見は親戚が残しておいてくれた貯金で一人暮らしをしながら高校に通った。悪魔に大切な人を殺された子供なんぞがザラにいるような世界だ。高校生が一人暮らしでも、別に珍しいことなんてなかった。
孤独な毎日を送っていたある日、院瀬見は”デビルハンター”という組織の存在を知り、即民間に入った。生活費を少しでも稼がないといけない。
それに、自分に関係がなくとも、仕事をしているうちに父や母、弟が失踪した情報を手に入れられるかもしれないと思ったからだ。
デビルハンターのほとんどは誰かの仇討ちだった。親や兄弟を殺された者、愛する人を殺された者、永遠に続いてほしかった幸せな時を、悪魔によって奪われた者。
でも、院瀬見には仇を討つ存在がなかった。
毎日がとてもつまらなかった。
「院瀬見!!ちょっとこっち来い!!」
18歳の秋。所用により、偶然にも本部に来ていた院瀬見を公安のデビルハンターが呼んだ。
駆けつけた部屋では、その人の仲間数人がテレビを凝視していた。
「これ…!」
指を指した先に映っているのはニュース番組。
画面のテロップには「一家惨殺事件」の文字。
『昨夜未明、練馬区周辺の森林に親子の遺体がある と通報があり、警察が調べたところ、6年前の9月に行方不明となった院瀬見さん夫婦と、その息子であるカザメ君であることが判明しました』
ニュースキャスターは淡々と、確かにそう言った。
耳を疑った。
忘れもしない。心臓の鼓動。止まらない震え、汗。体中を突き抜ける恐怖。
院瀬見はそのまま本部を走って飛び出した。
現場に駆けつけると、そこは既に警察官や野次馬でごった返していた。人混みを掻き分けて手前に出る。
「ダメダメ入っちゃ!なんだ君は!親族の人?」
KEEPOUTの文字が印字された黄色のテープを乗り越えようとした瞬間、その場にいた警察官に肩を掴まれてそう聞かれ、院瀬見は我に返った。
「…いえ…」
どうしてあの時、正直に「はい」と言わなかったのだろう。言っていたら家族に会えたのに。
(…いや)
正確に言えば、「家族だった何か」だろう。
父や母、弟の死体は体中の骨が折れに折れ、体は穴だらけで人間らしからぬ曲がり方をしていた。
信じたくなかった。あんな無様な死体となったものを”家族”と認めたくなかった。
実の家族を前に、あろうことか吐き気を催した院瀬見は、その場を立ち去り、フラついた足取りで本部へと戻った。
その足で、マキマの部屋に向かい、縋り付くようにドアを叩いた。
扉を開けてもらって開口一番、院瀬見は言った。
公安に入れてくれ、と。
5.仲間?
あの時公安に入ってから数年が経った。もはや自分が何歳かなんて興味はない。独りぽつんと自販機の隣の椅子で、缶コーヒーの蓋を開けて飲んだ。
その時、ころころと百円玉が足元に転がってきた。
「?」
転がってきた先を見る。そこには見慣れた顔があった。
早川アキ。同い年ではあるが、院瀬見の方が公安に入ったのは先だったため、実質後輩と言える。だがまぁ敬語も堅苦しいからお互いタメで喋っている。
この百円玉が早川のものだと知った院瀬見は、早川がしゃがんだ瞬間にすかさず踏んづけて隠した。
「…足どかせ」
「やだね」
早川の動きが止まる。院瀬見も院瀬見でどかすつもりはない。
「百円返せ」
「これは私の元に転がってきて、私が踏んづけた。よってこれは私のもんだ」
「どういう理屈だよ」
院瀬見はしゃがむ早川をドヤ顔で見下ろした。早川からしたら相当ムカつくだろうが、何も言わず黙っている。
そして、早川は百円玉を踏んづけている院瀬見の足を掴み、無理やり上げようとし始めた。院瀬見はその足を下げようとする。
しばらく攻防が続いた。
そのうち、早川がついに諦めて、ため息をつきながら院瀬見の隣に座った。
その姿を見て、院瀬見が口を開く。
「なぁお前、いつも独りなのか?」
「…だったら何だよ」
「何でも」
「…」
その瞬間、院瀬見はいい事を思いついた。
「なら、私が喋り相手になってやろうか」
「断る」
早川は即答した。そのまま、油断して足の下から出てきていた百円玉を奪い取って逃げる。
「あっクソ取られた!!」
早川の走り去る後ろ姿が凄くムカついた。
なんだか、こんな感じで毎日が過ぎていった気がする、と、院瀬見は思った。
エピローグ
最近になり、やっと院瀬見は掴んだ。
追うべき仇が見つかった。
家族の死体の状態を見てやっと、やっと判明した。
追うべきは、「銃」の悪魔。
だけど、たった1人、カザメだけ。
カザメだけは死体の状態が違っていた。
何故だ?