僕の彼氏は浮気性だった。
すぐ他の人に手を出すし、セフレだって居る。
最初のうちは隠したり、バレないよう工夫しているのが目に見えてわかった。
それが、段々と大胆になってって、雑になってって、別れないって確信した時からどんどん隠さなくなった。
何度だって別れてやろうって思った。
何度だって1人泣いた。
何度だってあの頃に戻りたがった。
それでも別れないのはきっと、
まだ彼を信じていたいから。
ーinjuryー
「それじゃ、出かけてくるね。」
今日も僕は家を出る。彼のために仕事へ行く。何時からだったかな。行ってらっしゃいの笑みが消えたのは。
家を出ると必ずと言っていいほど女性とすれ違う。
あまーい匂いのする香水臭い女性。
彼からふわりと香る匂いと同じだった。
四角い建物の中で、四角い板を打ちながら、四角い画面を見つめる日々。
変えようと思えば変えられるこんな日々を”誰か”の手によって変えて欲しかった。ただそれだけだった。
「青桐(あおぎり)さん、お茶です。」
肩まである茶色髪の毛をふわりと耳にかけ、僕にお茶をくれる後輩の佐々木さん。
彼女の優しさが胸にしみ渡る。
「ありがとう佐々木さん。そういえば、この前の案件どうなったかな?」
「あ、、、そ、その件なんですが、、、」
納期が間に合わなくて残業。後輩の面倒見てないお前が悪い。お客様に寄り良い品を届けなさい。嘘つかずに上に行ける業界じゃないんだよ。後輩のミスは先輩のミス。いつまで夢を見てるんだ。お前の代わりなんていくらでもいるんだよ。もうやめたら?
「、、、ただいま」
いつからか重く感じる扉を開ける。
見慣れない女性物の靴。
初めてのパターンだった。
「、、、あー、、、今日帰ってくるの早いね」
半笑いになりながら、クタクタの僕を見下すように彼は自室の戸を開けて僕に告げた。
「、、、そうかな」
半裸の君を見ても興奮できなくなった僕はきっともう、君に愛情なんてない。ただの執着だった。
「んまぁ、、、いいや。とっとと飯作って。」
泣くことすら忘れた僕に抵抗の余地なんてなかった。
彼は優しく女性を家から出すと、リビングにまるで王様かのように座った。
何様なんだろうという疑問は、遠の昔に限界と共に捨ててしまった。
「なんか不味くねー、、、昔はもっと美味かったよね?」
「、、、ごめんなさい。もっと頑張るね。」
昨日も今日も明日も明後日も僕のご飯は美味しくないみたい。
おかしいね。数年前は僕の料理が1番だって笑ってたのに。嘘だったみたいだね。
皿と皿がぶつかり合う音、泡が立つ音、スポンジの擦る音、、、それだけが響く。彼はとっくに寝てしまった。僕1人で残りの家事を終わらせなくてはならない。そんな使命的に感じなくていい。いつもの事だから。
「行ってきます」
少しの笑みを期待して。
甘ったるいクソを横目に流して。
満員電車に揺られて。
画面を見つめて。
いつも通り。
だったら良かった。
佐々木さんが重い荷物を運んでる所を見かけて、お人好しの僕は自分に力がないことを忘れて代わりに荷物を運んでいた。
荷物を目的地まで運び、仕事を再開するためと事務室に戻ろうと足を前に出すと、足元にあったダンボールに躓いて捻挫してしまった。
いい大人が何をやっているんだ。
会社に相談して今日はひとまず病院へ行き安静にするため早退することに。
こんなに早く帰ってしまったらきっと怒られてしまう。
いつもより重たく、開けたくないドアをゆっくり開けた。
痛む足を引きずりながら、知らない女の喘ぎを無視して湿布を探した。
やっと湿布を見つけ、貼ろうと素足になり、ソファに腰をかけていると彼の声が響いた。
「は?なんで居んの?」
ほら見ろ。怒った。僕の家なはずなのに。
「仕事は?」
「足捻挫した。念の為早退してきたの。」
「事務だろ?足は関係ねぇだろ」
「そうかもしれないけど、今どき怪我してる従業員をそのままってのは会社的にもまずいの。」
「そうかもしれねぇけど、、、はぁ、、、最悪、、、」
彼の顔を見れる余裕はなかった。ただひたすらに痛みをこらえた。身体中が痛かったから。
「ねぇ」
「あ?んだよ」
「、、、僕達って、、、どういう関係だっけ、、、」
こんな機会もう2度とない。素朴な疑問聞いてみただけ。きっと彼だって真面目に答えてくれる。
「はぁー、、、だる、、、メンヘラかよ」
はっと鼻で笑う彼。
「、、、だよね、、、ごめん」
こんな所で折れるなんて、、、どこからこんなに弱くなったんだろう。そんなの誰にも分からない事をふと思ってしまった。
「ねぇ〜里実くん、まだぁ〜?」
今朝の甘ったるいクソがなんか言ってる。
「わりわり、すぐ行くわ。」
「あれ、、、その人だぁれ、、、?」
「え?あ〜、、、家政婦さんだよ」
僕を馬鹿にする声。
「え〜そ〜なの?」
「そーそー!だから気にしなくていいから!」
「家政婦さん雇えるなんて、里実くんってお金持ちなんだね〜!」
「まーな」
誰の金だ。
なんで馬鹿にするんだ。
僕は何をした。
なんで僕の金を僕が使っちゃいけない。
僕が何をした。
なんで僕の彼に愛されちゃいけない。
僕ら何があった。
もういい加減にしてくれ。
「、、、いい加減にしてよ」
「あ?なんか言った?」
「、、、いい加減にしてよ!!」
ただひたすらに限界だった。いつからだったかなんて覚えてないけど。
「僕が何したの!?付き合った時はあんなに仲良かったのに、、、!!」
ただひたすらに愛し愛されたかった。街中のカップルのように。
「家事だって、、、仕事だって、、、2人で分担しようって約束したのに、、、!!」
ただひたすらに助けて欲しかった。
「愛してるって抱きしめてくれたのに、、、!!!」
「、、、真に受けてんだ、、、きしょ」
ここからの記憶なんて一切ない。
ただ足が痛むだけだった。
気が付くと、彼は僕の捻挫した足を捻り潰すように踏んでいて、
「お前は一生俺の奴隷でいりゃ良いんだ」
って叫んでた。
嗚呼、足が痛い。
翌朝、異常に足が痛み歩くのも困難な程だったので、病院へ向かった。
結果は骨折。
弱った足にさらに強い衝撃が加えられ折れてしまったそうだ。
彼以外に誰を責めていいのだろうか。
松葉杖をしばらくの間借りて過ごさなければならない。中々に不便だが仕方がない。
家へ帰り、彼にその事を伝えなくては。
「、、、ただいま」
「、、、うげ、、、これから来るってのに、、、」
来る、、、きっといや絶対女だ。
「、、、しばらく松葉杖だから、、、協力してくれると、、、」
「あーはいはい。そーだねうんうん」
適当に話を流す彼。助ける気なんて一切ないんだろう?
こんな状態じゃご飯作るのも精一杯だ。片手だけでも松葉杖を使わないと、片足の負荷になるし、片手では上手く料理はできないし、、、今日を生き抜くため、彼に手伝ってもらおう。
「里実くん、ごめんね、、、出来れば料理の手伝いをして欲しいんだけど、、、」
「は?無理」
「でも、、、手伝ってくれないと、、、今日のご飯が、、、」
「んじゃ外で食うから別にいい。」
まぁ、何となく察してはいた。彼が僕の手伝いをするわけが無い。だって、彼にとって僕は奴隷だから。
なんとか簡単な料理を作ろうと精一杯の努力をする。
完全体の状態へ感謝しつつ、精一杯頑張る僕の姿は君には少し見苦しかったようで、
「外食するかから別にいいよ」
なんて、半笑いで僕を馬鹿にした。
なんだか悔しくて、無我夢中で料理をする僕は案外、意地っ張りなのかもしれない。
調味料を入れたくて、蓋を開けようとしていると、横から君が調味料を取り、サッと蓋を開けた。
「あ、ありがとう、、、」
「、、、別に、、、」
何時に慣れない彼の優しさに少しドキドキしながらも料理を続けた。
食べてる間はずっと無言だったけど、食べ終わると、彼は「今日俺洗うから」と言って皿洗いをした。
突然家事をやり出す彼に不思議な気持ちを浮かべながらも、傷の治療に費やすことにした。
怪我人だろうが仕事はある。
でも今日はクソは居なくて
周りのみんなは普段より優しくて
なんだかこの感覚が癖になりそうだった。
「いつも青桐さん頑張ってるから、、、疲れが出たのよ。」
「先輩、、、!私のせいで、、、ごめんなさい、、、!!ゆっくり休んで早く元気になってくださいね、、、!!」
「青桐さん痛そっすね〜、、、ま、今はゆっくり休んで早く良くなってくださいよ!」
どうやら僕は、怪我しないと休んじゃいけないらしい。
重い扉を開ける。今日も晩御飯作らないとなーなんて考えながら。
「ただいまー、、、」
彼の中では怪我してようが、してまいが僕は奴隷だから。
キッチンに立ち、晩御飯を作る。誰のためでなく、明日を生きるため。そう思い込むことにした。
「よ、、、ふん、、、!」
片手で必死に野菜を切る。スーパーもコンビニもカット野菜が売り切れていたので仕方なく。
「、、、うるせぇよ。」
「あ、、、ご、ごめ、、、」
「貸せ。」
文句を言いに来ただけだと思った彼が、僕の包丁を奪うように取り、丁寧に野菜を切ってくれる。
そんな優しさを持っているなら最初から最後までそうして欲しかった。
「あ、ありがとう、、、」
「、、、別に」
酷い扱いを受けて数年。僕の感覚は狂いに狂って、誰かの手で直せるものではなかった。
「、、、なんか、、、嬉しいな」
「あ?」
「、、、こうやって、、、2人でキッチンに立つの、、、付き合って3ヶ月の時以来だから、、、」
「、、、覚えてんの?きっしょ」
そうは言うけど、喜んでて欲しい。本心だった。
「それに、、、昨日今日って、里実くんが優しくしてくれるから、、、」
こっちがメイン。優しくされるなんて数年ぶりなんだ。今まで人間じゃなかったから。
「、、、あー、、、わ、悪かったよ」
「、、、え?」
「、、、その、、、足、、、いくらなんでもやりすぎた」
彼からの謝罪なんて何時ぶりだろう。付き合って間もない頃は、他の人を見ただけで「ごめんなさいぃ〜!!」なんてふざけあっていたのに、ここ数年間は謝罪所か暖かい言葉を言って貰えたことなんてなかった。
ほんの少しでも、あの日に戻れた気がして、純粋に嬉しかったんだ。
その日から彼は僕に付きまとうようになった。
何か困ってることは無いか、なにかするべきことは無いか、、、骨折させたことへの罪滅ぼしだと思い込むことにした。
彼に優しくしてもらったおかげか、早めに完治することが出来た。
完治したことを伝えると、きっといつも通りの生活が戻ってきてしまう。
名残惜しいような、嘘はつきたくないような、、、なんてワガママなんだろう。
完治したことを彼に伝えると、彼は明らかに嫌そうな顔をして「あ、そ」といつもより冷たい声を出した。
ある朝の駅のホーム。階段を下ろうと1段足をかけると、背中から強く押された。「は?」と言う声とともに僕は1番下まで落ちていった。
幸い、人がそんなに居なかったため、怪我人は僕1人。その場にいた人がすぐさま救急車を呼んでくれたおかげで命に別状もなかった。
ただ、腕の骨が2本折れてしまっているとの事で、しばらく仕事は出来なさそうという事になった。
今までの業績のおかげで休む事になっても嫌な顔はされなかった。
続けて骨折なんて大変ですねなんて心配する人。
仕事したくないからですか?なんて笑う人。
そして1人、僕の怪我に喜ぶ人もいた。
「心音おかえり!」
「、、、ただいま」
「その腕どうしたの、、、?大丈夫、、、?」
今までと別人格を疑いたくなるほどに甘く優しいあの時と同じ声をした君。
「、、、上機嫌だね」
「そんなことないよ!」
口調までもが変わった君は少し気持ち悪いくらいに感じた。
「まぁま!心音はそこでゆっくりしててよ!そんな腕じゃなんにも出来ないでしょ?」
気持ち悪い程の優しさは、ぎこちなくて変な感じだったけど、悪くは無いなと思えた。
数ヶ月間、彼は僕の面倒を見てくれた。本当に唐突にどうしたんだろう。その疑問以外は浮かばなかった。
犯人探しはいいのかって?そんなのはどうでもいいよ。犯人なんて分かりきってるから。
君がやったんだよね。
里実くん。
数ヶ月かかってやっと完治した腕。
一生怪我していたら、一生愛されるなんて、、、
思っちゃいけないな。
今日も今日とて、駅のホームで電車を待つ。
黄色い線の内側には立っちゃいけないんだよ。
君に押されるから。
「心音、、、大丈夫、、、俺が面倒見てあげるからね。
心音、、、俺、お前に惚れ直したんだよ。俺が居ないとなんにも出来ないあの感じに、1人じゃなんにも出来ない弱くて可哀想なお前に。
だからね、強いお前は要らないの。」
目が覚めると、そこは病室だった。
どうやら生きてるらしい。
「!心音良かった生きてて、、、!」
加害者がなんか言ってる。
「死なれるのは困るから、、、でもね、、、ほら見て、、、」
興奮するのを抑えきれない様子で僕の上にかかっていた布団をはいだ。
そこには目を疑う光景が待っていた。
「じゃーん!下半身なくなったよ!」
嬉しそうに語る君は狂気であると同時に、これで一生愛されるのかななんて疲れきったことを考えていた。
「、、、僕の、、、下半身、、、ないの、、、?」
「うん!ない!」
「、、、どうして、、、?」
「引かれたんだよ!電車に!」
僕が一体何したんだろう。
無条件の愛を欲することは悪なのか。
相手に尽くすのは悪なのか。
悪だったんだよ。
だからきっと報われたんだよ。
だからきっと今笑ってるんだよ。
だからきっと
やっと君に愛されるんだって思えるんだよ。
「ねぇ、心音、、、」
「、、、なぁに」
「俺、心音のこと、、、大好きだよ。」
車椅子を押しながら君はそう言った。
「心音はどう?」
僕にとって里実くんは愛おしい人であると同時に、憎たらしい人だ。
離れることなんて許されてない。
下半身を奪われた僕に選ぶ猶予はない。
生きるのに不便な僕の身体を支える自分を愛しているんだろ?
分かっているよ。
君って、自分を愛してやまないもんね。
「、、、僕も大好きだよ。」
「ねぇ、心音、、、」
「、、、なぁに」
「俺、心音のこと、、、大好きだよ。」
車椅子を押しながら俺はそう言った。
「心音はどう?」
今までずーっと君がこらえていたの知ってる。
俺がわざと浮気して、クズになって、骨まで折った。下半身まで奪った。
最低以下まで引き下げても、別れない君が狂おしいほど愛おしいから。
何度だって別れればいいのにって思ったよ。
何度だって俺の前で泣けばいいのにって思ったよ。
何度だってあの頃には戻さないよって思ったよ。
信じてくれてありがとう。悪い男でごめん。
でも君も、愛情と思い出と執着と憎しみ、、、数え切れない感情が無理に混ざって1つになって離れたくても離れられないんだよね?
君って、自分を嫌いすぎてるもんね。
「、、、僕も大好きだよ。」
歪みながらも本心で笑う君を
俺だけが知っていた。
ーinjuryー
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こういう系の作品大好きです✨ 素敵な作品をありがとうございます😊♪