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帰ると、春岡鉄雄からメッセージが届いていた。もう娘たちに不倫を疑われることもない。スマホは時間に関係なく堂々とチェックする。幸季? もうすぐ他人になる人だ。なおさら気にする理由がない。
今日 13:15
人妻キラーさん、こんにちは。妻のいない生活になかなか慣れません。気がつけば妻の姿を探してしまっています。
でもすぐに聡美が僕にした仕打ちを思い出して、どうしようもなく不快になります。毎日その繰り返しです。
聡美は出会ったときから僕の前ではずっと融通が利かないくらい潔癖症でした。キャップを取らずにペットボトルを捨てただけで、だらしないと怒るくらいの。
高校時代、いっしょに空き教室でお昼ご飯を食べていました。そそっかしい僕がコロッケを机の上に落としたことがあって、
「三秒ルール!」
と言ってすぐに拾って口に入れたら、
「汚い! 次にその机を使う人のことも考えてもっと気をつけて食べなよ。もちろん落ちたものを口に入れるのもダメ!」
と大きな声で叫ばれました。
朝、母が忙しくて弁当を作る時間がなく、コンビニ弁当を買って学校に持っていったことがありました。プラスチックのフタにしょうゆを垂らしたときは、
「フタはフタ。しょうゆを入れる場所じゃないよ」
と母親が子どもを諭すような呆れた声が返ってきました。
彼女の潔癖症は今も同じ。結婚してからも、トイレの使い方が汚いなどと怒られることがよくありました。
そんな潔癖症の彼女だから、行為する直前に必ず僕をバスルームに連れて行き、僕の性器に熱いシャワーをかけながら石けんで泡立てたスポンジでゴシゴシ洗うという儀式を、僕は習慣として何の疑問もなく受け入れていました。東星から没収した高校時代の彼女の動画を見るまでは――
動画の中の彼女は僕の知る聡美ではありませんでした。高三の夏休みのあいだに彼女はすっかり性の快楽の虜にされていました。夏休み中、茶道部の連中は毎日のように学校の和室に聡美を呼び出して飽きるまで何時間も乱れた性に耽りました。
トイレに行くには和室から出なければいけませんが、服を着るのが面倒だとそのうち彼女の口に放尿するようになりました。もちろん、僕も井海佳乃相手にそうしていると彼女をだまして、言うことを聞かせたわけです。
彼女がトイレに行きたくなったときは? 和室は茶道部の活動場所だから茶道具が置いてあります。我慢できなくなると彼女は三人の目の前で茶碗や茶釜に放尿していました。出した尿は帰る前に始末したのでしょうが、次にそれを使う人のことは考えなかったのでしょうか? そもそも茶碗や茶釜はお茶を入れる道具であって、尿を入れるものではありません。
もちろんそんなことは一例にすぎません。小田潤と赤池数希に口と膣に同時に出されて、ぐったりと横たわる聡美の口と膣から精液がダラダラとこぼれ落ち、畳を汚すこともありました。
「だらしねえな。畳を汚すなよ」
と永野大椰に笑われても、彼女は快楽の海に溺れたまま、気だるそうに精液をこぼし続けていました。
でも僕が一番ショックを受けた動画はおそらく次の場面です。どこから持ってきたのか、和室の畳の上に幼児用のおまるが置いてありました。
いや、思い出すのもおぞましいので、申し訳ないですがそれ以上は書けません。映像として記録されていたものはただの排泄行為ではなかった、とだけ書き添えておきます。なぜそれが一番ショックだったと分かるかと言えば、僕が動画を見て吐いたのはあとにも先にもそれ一回きりだったからです――
今日 13:16
離婚や財産分与について聡美と話し合いをしなければいけないと思いながら、なんとなく先送りにし続けていました。そんなある日、何の前触れもなく僕の銀行口座に一千万円という大金が振り込まれました。もちろん聡美から。
慰謝料? 聡美の裏切りは高校生の頃。慰謝料をもらう筋合いはありません。財産分与と口止め料の合算というところでしょうか。そうだとしても高額すぎます。僕はアポを取って今日の午前に聡美の実家を訪問しました。
土下座とかはやめてほしいとあらかじめ電話で伝えてあったのでそれはありませんでしたが、玄関で聡美と義両親の三人に深々と頭を下げられました。
別居してまだ二週間。聡美のやつれ具合は尋常ではありませんでした。聞けば二週間で体重が7kgも減ったそうです。信じられない数字ですが、本人を見れば嘘ではないと分かります。
和室の客間に通され、僕だけ座布団が用意され、義実家の三人は座布団なし。でも気を遣うなといちいち言うのも面倒なので黙っていました。
初めに義父から謝罪がありました。
「あの映像の中で聡美がしていたことが男たちに無理やり強制されたものなら、鉄雄君や孫たちのそばに家政婦扱いでいいので置いてくれないかとお願いするつもりだった。しかし聡美は一切強制されていない、全部自分の意思でやったことだと言い張るんだ。厳しく育ててきたつもりだったが、どうやら僕らは育て方を間違ったようだ。本当にすまない」
僕はUSBメモリやビデオテープなど、東星から回収したものを全部ちゃぶ台の上に並べました。
「これは?」
「全部聡美さんの高校時代の映像です。この前のような映像データが百個以上入っています。結婚も婚約もしてない高校時代のもので、何の証拠にもならないものなので全部お渡しします。これをもともと持っていた男は、もうこれ以上聡美さんの姿を映した媒体は存在しないだろうと言ってました。
「百個!?」
義父母は絶句し、義母は泣き出しました。
「強制性交ならさすがに僕は許してますよ。たとえ強制されたものでなくても、僕の母を侮辱したり、自分は過去にさんざん汚いことをしておきながら結婚してからもずっと僕を汚物扱いしたり、そういうことがなければ僕は許していたかもしれません」
「僕らは席を外した方がいいかな?」
義父母が立ち上がりかけたのを止めました。
「たぶん僕が直接聡美さんと話すのは今日が最後になると思うので聞いていて下さい。そういう話は聞きたくないと言うなら、僕は話をやめて帰ります」
義父母は慌てて畳に座り直しました。
「おまえが男たちと鉄雄君の母上を売春婦呼ばわりしていたのは映像で見たが、鉄雄君を汚物扱いとはどういうことだ? 身に覚えがあるのか?」
「あります。鉄雄さんを傷つけてしまいました。申し訳ありませんでした」
聡美は義父の追及にあっさり白旗を上げました。
「謝らなくていい。僕を汚物扱いした理由を君の口から教えてもらえるかな?」
汚物扱いとは何のことだと聞けば僕と性交する前のバスルームでの儀式のことにも触れなければなりませんが、さすがにそれを義父母の前で話してほしくありません。理由だけ聞く分にはそういう話にはならないでしょう。
「あなたも汚れていると思い込むことで、私の過去も許されるべきだと思い込もうとしたのだと思います」
「あなたの過去は許されるべきこと?」
「許されることではないです。何も打ち明けずに結婚までさせてしまって申し訳ありませんでした」
「潔癖症の君がどうしてあいつらと潔癖とは真逆のことをし続けたの?」
「あれから何十年も経った今、私は職場で電波時計と陰で呼ばれています。電波時計は一秒の狂いもない。つまり少しの間違いも許さない冷酷な女という意味でそう呼ばれているらしいです。おそらくそのとき私はそういう潔癖な生き方に嫌気が差していたのだと思います。鉄雄さんの浮気なんて本心では信じていませんでした。自由な生き方を手に入れる言い訳に使いたかっただけなのだと思います。確かにあのとき私は自由な生き方を知った。あの人たちとのアブノーマルなセックスも正直気持ちよかった。でも自由な生き方もセックスの素晴らしさも、どちらも鉄雄さんとの関わりの中で手に入れなければならないものでした。あの人たちの悪事が明らかになって学校からいなくなるまで、私はそれに気づきませんでした。私が馬鹿でした。本当にごめんなさい……」
あとは言葉になりませんでした。聡美だけでなく、義両親も泣いていました。おそらく聡美に潔癖な生き方を求めたのは義両親。それが行きすぎて聡美は一時真逆な生き方に溺れてしまいました。育て方を間違ったという義両親の謙遜は案外正しかったわけです。
今日 13:17
潔癖を求める人生の中でその生き方に疑問を持つ瞬間はあっていいし、むしろ聡美の成長のためにはそういう時間があった方がよかったのでしょう。ただ潔癖に疑問を持った結果が性的な逸脱行動だったとすれば、彼女の恋人だった僕の許せる範囲を超えています。
彼女が泣きじゃくるのを見ても、僕の心は驚くほど動かされませんでした。僕を裏切っていた一時期、彼女が僕のことなどこれっぽっちも考えなかったのは紛れもない事実です。彼女には彼女の事情があったのは分かりましたが、それを理由に僕を傷つけていいという話にはなりません。
彼女の気持ちが落ち着いたあと話し合いを再開しました。
「結局君は最後まで自分から打ち明けてくれなかったね。最後まで隠し通せると思った?」
「四月からあなたの様子がおかしくなって、調べたら東星君が民間から市役所に転職してきて、いきなりあなたの上司になったと知りました。彼はあの頃の事情を全部知っています。しかも私が濡れ衣を着せたせいであなたは彼を深く憎んでいる。自分から打ち明ける勇気はありませんでしたが、こういう日が来ることは覚悟していました」
東星が僕の上司になっていることを聡美が知っていたとは思わなかったので驚きました。逆に、四月から半年以上彼女がそんな覚悟を胸に秘めていたことに、僕はまったく気づきませんでした。
「バレても許されると思ってた?」
「今までだってあなたは何でも許してくれました。今回もきっと、という根拠のない甘い見通しは正直ありました」
「今もそう思ってる?」
「私を一生許さないで下さい」
復縁を一切言ってこないのだから、その言葉に嘘はなさそうだ。ただ離婚することと許さないことは本来別物だと思う。
「勘違いしないでほしい。僕は君のすべてを否定しているわけではないし、必要以上に君を苦しめたいわけでもない。離婚するのは君と夫婦であり続けることに僕の心が耐えられなくなったから。おそらく僕はもう君の作った料理を食べる気にならないし、夫として君を抱く気にもなれそうにないんだ」
聡美にまた謝られましたが、謝罪してほしいわけじゃないと頭を上げさせました。
息子たちのために離婚しないという選択肢も考えなかったわけではありませんが、僕より息子たちの方が聡美を拒絶する気持ちが強いのでどうしようもありません。問題は離婚するかしないかでなく、親権とお金をどうするかです。
でもたいして問題になりませんでした。聡美は自分から息子たちの親権を放棄しました。共同親権にして監護者は僕という落とし所を想定していましたが、聡美は潔かったです。
次にお金の件。聡美は振り込んだ一千万円は慰謝料だと明言しました。慰謝料を受け取る筋合いがないから養育費として受け取ると言うと、養育費はそれとは別にこれから払っていきますと申し出ました。彼女は僕からの財産分与も放棄しました。
今回決めたことをもとに僕が離婚協議書を作成します。後日、離婚届と離婚協議書に聡美のサインをもらい、離婚届を市役所の市民課に提出して僕らの夫婦関係は終了。二人とも市役所で働いているので僕らの離婚はすぐに周囲に知れ渡るでしょうが、仕方ありません。
昼食が用意してあったそうで、食べていってと義母にお願いされました。義母は自分が作ったと強調していました。聡美が作った料理はもう食べる気になれないと僕がさっき言ったのを覚えていたのでしょう。
義母が作ったというのは嘘で本当は聡美が作ったのだろうなと思いましたがそれは口に出さず、用意された昼食を一品一品よく味わっていただきました。食べているうちに、高校の図書室で初めて聡美に話しかけたときのことが思い出されました。
聡美の得意料理だった生春巻きを食べるとき涙が込み上げてきて焦りましたが、見ると聡美の目からも一筋の涙がさっとこぼれ落ちていきました。