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壊血病はビタミンCの摂取不足で|罹患《りかん》する病で、ビタミンCを含む食べ物を毎日食べれば発症しない病だ。ところが船乗りは船は長い航海に出るため、ビタミンCを殆ど含んでいない保存食しか口にしない。 そうしてこの時代の船乗りはビタミンCの摂取不足で原因不明の病、壊血病を発症していた。ならばその解決策としてビタミンCを多く含み、保存ができる食べ物を船に積み毎日食べるようにすれば良い。
そこでアルメリアが目を付けたのが檸檬だった。砂糖漬けにすれば食べやすく保存もできるのだが、この世界は中世から近世辺りを舞台にしているだけあって、砂糖は稀少なものであった。なのでアルメリアは砂糖漬け檸檬ではなく、発酵塩レモンを作ることにした。発酵塩レモンならば、一番ビタミンなどの栄養素を多く含んでいる皮やワタの部分まで余すことなく摂取できる。
だが、発酵塩レモンで船乗り病が防げることを証明するために、まずは発酵塩レモンを作って領土内の船乗りに持たせ、船乗り病が防げることを証明せねばならなかった。そうでもしなければ、小娘の言うことになど大人は耳を傾けはしないだろう。
檸檬は実をつけるまで二年から三年かかり、更に大きな実をつけるまでは五年ほどかかる。 今から檸檬の栽培に着手すれば発酵塩レモンが船乗り病に効果があると証明ができた頃には、領土内で植えた檸檬が実をつけるほど成長しているはずだ。それにありがたいことに、この国は檸檬の栽培に適している。 この世界で檸檬の苗は、今のところ観賞用として輸入されているものの、食べる目的では輸入されていない。そのこともアルメリアには有利に働くだろう。檸檬で船乗り病が防げるとわかったときに、発酵塩レモンを量産して売ることができるのがクンシラン家だけとなれば、大きな財を築くことができるからだ。
そうとわかればとにかく行動あるのみ。と、アルメリアはまず自分の持っている持ち物で売れる物は全部売り、自由にできるまとまったお金を作ることにした。
檸檬の苗を買うこと、土地を改良すること、自分の領土内の船乗りに持たせる発酵塩レモンを作ること。それぐらいならば、アルメリアの持っている持ち物をお金に換えるぐらいで当面なんとかなりそうだった。
両親はアルメリアを溺愛しているので、援助を求めれば快く承諾してくれるだろう。だが、クンシラン家は名ばかりで貧乏公爵家だ。なので娘のために無理にお金を捻出させて、父親が何かしでかす恐れもある。そうなっては、アルメリアの努力も水の泡だ。なのでアルメリアは頂き物はお金に換金し、ドレスを作るお金やアクセサリー購入の代金を全て檸檬農園の経営に回した。
こうしてアルメリアは農園の運営を始め、かき集めた観賞用の檸檬で発酵塩レモンを作ると、クンシラン家の領土の船乗りたちに持たせ、調味料として使用し毎日食べるように厳命した。 船乗りたちには嫌がられるかと思っていたが、予想に反して船乗りたちは発酵塩レモンが美味しいと喜んでくれた。発酵塩レモンだけでは塩分が多すぎてビタミンCの摂取量に足りなくなるかもしれないので、合わせて生の檸檬も大量に持たせた。
結果が出るまでの間、アルメリアは毎日農園に通いみんなで栽培方法を話合ったりもした。 アルメリアは前世で母親と庭に檸檬の木を植えて育てていたため、檸檬の栽培について少しは知識があった。 檸檬の木にはトゲがある。そのトゲは実を傷つけ、そこから病気となる原因にもなった。なので、トゲを全て取ってしまう必要があることや、剪定の方法や、上に伸びた枝を紐で下向きにしなければならないこと、肥料をやるタイミングや回数なども教えた。ところが、この世界には肥料がまだなかった。
アルメリアは肥料を作るために米を輸入し、糠を手に入れ、それで肥料を作った。今後は堆肥を作るために畜産や下水の整備もしなければならないと思うと、アルメリアはお金がいくらあっても足りないと頭を抱えた。 だが周囲の領地に簡単に真似をされては困るので、やるなら徹底してやろう。そう思った。
檸檬を育てる上で、特に厄介なのが害虫だった。なんとか農薬を作れないか、領土内の学者を集めてそれらの開発を任せた。 当面の農薬代わりとして、アルメリアは木酢酢をつくることにした。これならこの世界でも簡単に作れることができるからだ。
農園の管理を任せているもの達は、こんなものが使えるのかと訝しんだが、使用してみてその効果に驚いていた。もちろん木酢酢のみでは全ての害虫を駆除できるわけではないので、引き続き農薬の開発は続けた。 更に檸檬の栽培には水が大量に必要なため、井戸を掘り水路も確保した。幸い農園近くに砂礫層があったので、水源の確保は問題なかったのも幸いした。
せっかく木酢酢を作ったのだから、これを商品化することにして、ナラやブナの木の植林も開始した。
ここまでで、とにかくお金がなかったアルメリアは、屋敷にあるものはすべてお金に変え、質素倹約を徹底した。
そんなことをしながらも家庭教師をつけてもらい、勉強することも忘れなかった。家庭教師に来たのはエピネの弟、ペルシックだった。ペルシックもかなりの博識で、アルメリアの質問には淀みなく全てを答えることができた。アルメリアは最初、ペルシックのことを先生と読んだが、ペルシックに断られた。
「お嬢様、|私《わたくし》のことは爺と呼んでください」
エピネも紳士然とした人物だが、ペルシックはそれに輪をかけたような人物だった。白髪で丸眼鏡をかけていてあまり表情を顔に出さないが、アルメリアのことを優しく見守ってくれているのは態度で明らかだった。