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白と黒の聖女

42 交渉

42

6,950

2022年06月23日

#ファンタジー#異世界転生#イケメン

前を歩くアイリスにぐいぐいと腕を引かれて、わたしはレインたちのいる会議の間をめざして廊下を突き進んでいた。

朝食を食べ終わったらレインとサフィヤに直談判に行く、というアイリスの宣言どおり、わたしたちは食事を終えて軽く身だしなみを整えてから、すぐさま部屋を飛びだしたのだ。

(アイリス、すごくはりきってるけど、大丈夫かなあ……)

わたしも隣国に行けるようにレインたちを説得してくれるのはとてもありがたいんだけれど、ただ、彼らを困らせることにならなければいいなあとは思うのだ。

そうは思いながらも、煮え切らないわたしのためにアイリスが親身になってくれているのがとてもうれしかった。

ひとりで悩んでいたら、きっと、いまも昨日のレインとのやりとりを思いだして落ち込んだままで、自分ではどうしようもできなくなっていたと思うから……。

(――アイリス、ありがとう)

彼女のやさしさと強さに感謝する気持ちで、彼女のあとについて領主館の階段を上がったり下がったりを繰り返していると、やがて両開きの大きな扉の前に到着して、アイリスがその前で足を止めた。

おそらく、ここがレインやサフィヤのいる会議の間なのだろう。

アイリスは、いきますわよ、とでもいわんばかりにわたしをちらと見てから、白くて細い女の子らしい腕で扉を軽くノックした。

「――殿下、お兄様、海春とアイリスです。入ってもよろしいでしょうか?」

ほどなくして、王宮からずっと護衛をしてくれている二人の男性のうちのひとり――金髪の青年が、そっと扉を開けてわたしたちを部屋に招き入れてくれた。

室内は、さすが会議の間といった感じで、部屋の真ん中に大きな円卓のテーブルがあり、それを囲うようにしてレイン、サフィヤ、護衛の男性のうちのもうひとりが腰かけていた。

テーブルには大きな地図が広げられていて、レインが手に持っている采配で地図上の一点を示して、サフィヤともうひとりの護衛の彼がそれを見やってうなずいている。

わたしたちが部屋に入るなり、レインはいったん話を止めて、地図から顔をあげてわたしたちにほほ笑みかけた。

「海春、アイリス、おはよう。ふたりそろってどうしたんだ?なにか知らせでも入ったのか?」

問いかけるレインに、アイリスが首を振ってから一歩前に進みでる。

「殿下、皆さま、お話し中に申し訳ございません。わたくしたちは、知らせではなく、皆さまにお願いがあってまいったのです」

「お願い?」

きょとんとするレインに、アイリスが緊張を呑みこむように息を吸い込む。

「ええ。さきほど海春から、このあと殿下とお兄様がおふたりでラザラス王国に渡る予定だとお聞きしたのですけれど……それは、海春はここでお留守番ということなのでしょうか?」

口を開こうとしたレインに代わって、サフィヤがアイリスに向き直る。

「そうだ。俺たちは、ラザラスに渡って隣国の聖女を救いだして、彼女をセラフィナに連れ帰ってこなけりゃならねぇんだ。隣国の聖女――利緒は、海春の友人だからな。とはいえ、隣国に海春を連れていくなんて危なくてしかたねぇから、印章使いのレインと俺だけで助けにいくことになったんだよ」

それを聞いてどうするんだ、とサフィヤが首をかしげる。

隣国の聖女がわたしの友だち、と聞いて少し驚いたふうに目を見開いたアイリスは、それには言及しないでサフィヤに顔を向けた。

「そこなのですけれど、わたくし思うのですが、殿下とお兄様という利緒さまにとっては見知らぬ殿方二人が彼女を助けに行ったところで、本当に彼女がついてきてくださるとお思いですの?」

「え……?」

まさかそんなことを言われるとは思わなかった、とばかりにサフィヤはふいをつかれた顏をして、あきらかに動揺を隠せないまま言いよどむ。

「そ、それはだな――」

アイリスは、ここが押しどころとばかりに、足を踏み鳴らしてさらに一歩前に出た。

「殿下やお兄様は騎士道精神にあふれる方だから、わたくしたちを守ろうとしてそうお考えになるのだと思うのですが、利緒さまがそんないかにもあやしげな男二人にほいほいとついてきてくださるとは、わたくしどうしても思えませんの。自分の前にそのような輩が現れたら、普通は警備のものを呼ぼうとして声をあげるのではなくて?」

少なくともわたくしならそうしますわ、とアイリスは鼻息荒くサフィヤに主張している。

た、たしかに、賢くて慎重な利緒だから、知らない男の人ふたりに突然助けに来たと言われたとしても、すぐには信じないかもしれない。

それで利緒に警備兵を呼ばれてしまったら、レインとサフィヤがその後とても動きにくくなってしまう。

アイリスらしい――女性らしい発想ならではだと思う。

「う、そ、それはだな――」

もはやたじたじになって言い返せなくなっているサフィヤに、アイリスはとどめとばかりにたたみかける。

「そもそも、殿下もお兄様も、利緒さまのお顔をご存じでいらっしゃるの?彼女の特定もままならないような状態で隣国に乗り込んでは、たとえば、まかり間違って利緒さまとは違うお嬢様を連れ帰ってしまう可能性がないとは言いきれませんでしょう?」

「う、ま、まあ、たしかにそれは――」

今度はレインが言い返す言葉もなく口ごもっている。

すごいなあ、アイリス、レインたちを前に一歩も引かずに主張してる……!

たしかに、アイリスのいうとおり、レインとサフィヤのふたりだけでは利緒を連れ帰るのは至難の業かもしれない。

とすると、確実なのは――……。

「……利緒の顔を知っていて、かつ彼女が警戒しないで同行してくれる人物は、海春だけか……」

レインが顎に手を添えて思案するようにつぶやく。

アイリスが、いまがチャンスですわよ、とわたしに横目で視線を送った。

……そうだ、ここが押しどころだ。

わたしは、利緒を助けるためにレインたちと一緒に隣国に行きたい。

わたしの知らないところで、彼らに危ない目にあってほしくないから。

そして、わたしはレインのことが好きで……叶うならば、ずっと彼と一緒にいたいと思っているから――!

わたしはぐっと拳を握りしめると、身を乗りだしてアイリスの隣に並んだ。

はっとするレインとサフィヤに向かって、懇願するように声を張りあげる。

「あ、あの! アイリスのいうとおり、利緒は賢くて慎重な子だから、面識のないレインたちが迎えに行ってもすぐにはついてきてくれないかもしれない。だから、わたしもふたりと一緒に行きたい!絶対に足手まといにならないように気をつけるので、お願いします……!」

がば、と勢いよく頭を下げると、レインとサフィヤ、そして護衛の男性ふたりの困惑している様子が伝わってくる。

……たしかに、アイリスの主張はもっともなんだけれど、レインたちにとっては、まだ戦う力が十分でないわたしがついていくと、わたしを守るために余計な力を割かなくちゃいけなくなるわけで――ただでさえ気の抜けない隣国では、それが致命傷になりかねないのだ。

(困らせてごめんなさい、レイン、サフィヤ……)

そう心の中で謝りながら、レインとサフィヤの判断を待っていたそのときだった。

頭を下げたまま、実際よりもひどく長く感じる沈黙を破ったのは、サフィヤの明るい声だった。

「――まあ、海春がそこまでいうなら、一緒に来てもらっていいんじゃねぇの」

「お兄様……!」

ぱっと顔をあげたわたしの隣で、同じくらいうれしそうにアイリスが声をあげる。

わたしたちがあまりにも感激した目で見つめたからか、サフィヤはどことなく気恥ずかしそうに後ろ頭をかいた。

「アイリスや海春のいうとおり、俺たちだけで隣国に行ったとしても、肝心の利緒を連れ帰れなかったんじゃ本末転倒ってやつだしな。その最悪の結果を回避するために、海春に一緒にきてもらうのはありだと俺は思うね」

サフィヤが自分の意見を述べてから、円卓の隣に座るレインにちらりと視線を向ける。

わたしとアイリスもつられるようにレインを見やると、彼はまだ渋い顏をしていて、答えを決めかねているようだった。

「レイン……」

うかがうように彼の名前を呼ぶと、彼は根負けしたとばかりに肩の力を抜いて、わたしに真剣なまなざしを向けて問いかけた。

「――海春、絶対に、俺たちのそばを離れたり、無茶をしたりしないと約束できるか?」

「え……?」

レイン、それって――……!

期待に胸を膨らませるわたしに、レインは一度咳払いをすると、念を押すように言う。

「俺も、基本的にはサフィヤの意見に賛成だ。おまえがいてくれたら利緒も安心するだろうからな。……ただ、おまえのことを全力で守ることに変わりはないが、隣国に渡ったら俺たちでも普段のような余裕はない。だからおまえには、もしも敵に襲われたら自分の剣で身を守ってもらわなければならない」

神妙に言われる彼の言葉に、腰の剣帯に下げている短剣のたしかな重みを感じる。

レインたちと肩を並べて戦うこと。

自分の身は自分で守ること。

それが、レインがわたしを隣国まで連れていってくれる条件なのだ。

ごくりと唾を呑むわたしに、レインはふいに形のいい唇を持ち上げて笑んで言った。

「――俺たちと一緒に戦えるな、海春?」

その自信に満ちた笑顔から、彼がわたしを信頼してくれているのが伝わってきて――わたしは、真剣ながらも満面の笑みを浮かべてレインにうなずいた。

「はい……!ありがとうございます、レイン!」

がんばります、と両の拳を握ってほほ笑むと、彼は少し照れたのか、顏を赤くして焦った様子で視線をそらしてしまった。

サフィヤが場をまとめるために一度手を叩く。

「よし、話は決まったな。それじゃあ、あらためて作戦会議だ。海春も参加してくれ」

わたしがうなずくと、隣でレインとわたしのやりとりを見守っていたアイリスが自分の胸もとに片手をあてた。

「お兄様、わたくしもお話し合いに参加させていただいてもよろしくて? 海春たちがどこでなにをしているのか把握しておきたいのです。なにかあったら、わたくしのほうでもすぐに動けるように」

「そうだな。頼りにしてるぜ、アイリス」

「ありがとう、お兄様!」

兄に頼られたことがとてもうれしかったみたいで、アイリスは飛びはねる勢いで喜ぶと、わたしの手をとって円卓の空いている席に隣り合って腰かける。

みんなにはわからないように、テーブルの下で、アイリスがそっとわたしの手に自分の手を重ねた。

「……やりましたわね、海春!」

作戦成功ですわ、とアイリスがこっそりといたずらげに片目をつむってみせる。

彼女は、ごく自然に、ごく理論的に、わたしがこの先の旅程でもレインたちと一緒にいられるように話を運んでくれたのだ。朝の約束どおりに。

――だからこれからは、わたしががんばる番だ。

利緒を助けるのはもちろんのこと、レインに、この想いが届くように―――。

大切な人たちへの思いを胸に、わたしはいよいよ、隣国ラザラス王国へと旅立つことになるのだった――……。

つづく

白と黒の聖女

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