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『拘束魔法のスレイ』―――
そして『擬態魔法のホールド』は、同じ牢屋に
入れられていた。
「……お前の時は? ホールド」
「あのエクセってアマが俺の前に立ったと
思ったら―――
いきなりの『鉄拳』よ」
まだ痛みの残る鼻をさすりながら、小太りの
スキンヘッドの男は言い捨てるように語る。
一方で、細身の……
それこそ着る物さえ整えれば、役人・官僚と
言っても疑われないのではと思うほど、固い
雰囲気の男はふぅ、と軽く息を吐く。
「スレイは?
お前、レイドってヤロウに邪魔されたんだろ?」
「エクセを拘束するまでは上手く行って
いたのだが……
あの時は突然、魔法が消えたような
感じがした。
……まあ、もうどうでもいいか。
こうなった以上、組織に返されても
領主の兵に引き渡されても、俺たちは
終わりだ」
互いに自嘲混じりに笑い合い―――
耳が足音をとらえた時点で、その笑いが止まる。
そこに現れたのは、『ファミリー』のボスである
ギルド長・カルベルクと……
職業・村人と思われる170cmくらいの
アラフォーの男が立っていた。
見ると、2人は両手に箱っぽいものを持ち、
その上には何やら置かれ―――
スレイとホールドは拷問器具かと一瞬
身構えるが、それに構わず2人はカギを開けて
牢屋の中へ入ってきた。
「いったい、何の用だ?」
「何だ、それは。
食べ物では無いみたいだが」
2人には危険な物ではないらしいと確認出来た
ものの、今度はそれ自体が気になる。
「このシンのいる町で流行っているモンらしい。
こっちは『リバーシ』―――
こっちは『トランプ』ってヤツだ。
ちぃとばかし付き合えや」
カルベルクの言葉に、スレイとホールドは
互いに顔を見合わせて、
「はぁ?」
「何のつもりだよ?」
わけがわからない、という表情になる強面の
2人に、私は何とか説明する。
「あの、やってみればわかりますから。
お2人にはこれを覚えて頂きたくて」
意味はわからないが、囚われの身に加えて
興味は出てきたらしく、彼らがそれを手に取る。
(どうやらノッてくれるみたいですね。
さて、あちらも上手くやっているでしょうか)
私はスレイさんを―――
カルベルクさんはホールドさんを相手にゲームを
始めた時、女性陣を頭に思い浮かべた。
「あっま~い!
これが『めーぷるしろっぷ』ってヤツ
ですかぁ!」
「木の樹液がこんなに甘くなるとはな。
本当にシンはいろいろな事を知っておる」
メルとアルテリーゼが、カエデに似た樹木から
採取された、メープルシロップの味に感激し、
「木から簡単に採れるのはいいんだけどよ、
煮詰めるとすごく少なくなるんだな。
あのシンって人、最低でも1/20以下に
なるまで煮てって言ってたけど……
確かにそれだけの手間をかける価値はあるぜ」
そして3人はそれぞれ、作業に集中する。
事の発端は、エクセとミリアが子供たちを
救出する際に言った話。
『また新しいお菓子を作ったってんで、
差し入れてくれるってさ』
ただの適当な作り話だったのだが、
『子供たちにウソをつくのはよくない』という
シンの言葉で―――
実際に考えていた新作料理を作る事になった。
「おう! お前ら!
ちゃんとタマゴは卵黄と卵白に分けたな!?」
彼女たちの他にもギルドメンバーがおり、
元気よく答える。
「へい! お嬢!」
「次はどうしやす!?」
するとエクセはメルとアルテリーゼの方へ
振り向き、
「え、えっと―――
次は何するんだっけ?」
「卵白は取り敢えずめっちゃかき混ぜて!
メレンゲにするから」
「卵黄は小麦粉と混ぜるのじゃ!
配分は―――」
こうして、怒号と共に新作料理作りは
進んでいった。
「なー! レイド兄!
もっと『誘導弾』見せてくれよ!」
「ミリアお姉ちゃん!
こっちの本も読んでー!」
その頃、町の孤児院では―――
レイドとミリアが子供たちの世話に追われていた。
もちろん、警護を兼ねての事であるが……
本来ならメルとアルテリーゼが戦力として
考えられていた。
しかし2人とも、『シンの新作料理を
覚える方が先!』と譲らず……
また料理に関しては確かに彼女たちの方が
上であり、子供たちの相手は孤児院出身である
レイドとミリアの方が適任とも言えた。
もちろん、孤児院の周辺は何人かの
ブロンズクラスが警備している。
「どうもすいません。
子供たちの面倒まで見て頂いて」
職員と思われる初老の女性が頭を下げると、
レイドとミリアはフォローに入る。
「いやイイッスよ!
これくらい元気でなきゃ」
「あんな事があった後で、これだけ
元気なら―――
みんな大物になりますよ」
そう言う2人の若い男女の前で、職員の足元には
3人ほど小さな子供が抱き着いていた。
その内の一人に、2人は見覚えがあった。
誘拐されていたロビンだ。
「あー……
ロビンは昨日の今日だし―――
やっぱまだ怖い子もいるッスねえ」
ミリアは屈むと、その子たちの目線で、
「昨日はトラブルがあったからダメだったけど、
もうすぐ美味しいお菓子が来るからね」
彼女はそう言って子供たちの頭を撫でた。
「……チッ! 降りるぜ。
オイ、アンタの手は……
ってワンペアかよ!?
そんな自信満々で!?」
「おー、お前はツーペアだったのか。
残念だったなあ。
ま、こういうハッタリも戦法の一つよ」
※ワンペア=ポーカーでいうところの同じカードが
1枚ずつ揃っている事。最低限の手札。
※ツーペア=同じカードが2枚ずつ揃っている
「おーし!
俺も角取ったぞ」
「うわ、ホールドさん。
やり方わかってきましたね……」
カルベルクさんはスレイさんとトランプの
ポーカーを―――
私はホールドさんとリバーシで対戦していた。
「チクショウ! 次だ次!
ババ抜きってのをやろうぜ!」
「あー、でもありゃ2人でやっても
つまんねーんだよなあ……
オイ、そっちはまだ終わらねーのか?
次は4人でやるぞ」
段々とカードゲームやその遊び方にも
馴染んできたようで―――
そこへ、ふわ、と鼻をくすぐる匂いがして、
4人ともそちらへ視線を向ける。
「おやっさん!
……じゃなくギルド長!
エクセさんから言われてお届けに
上がりやした!」
そこには4人分の『新作料理』が―――
それぞれ皿に盛られて出てきた。
「おー、出来たんですね。
という事は……」
「何コレー!?
パンー!?」
「すっごい美味しいー!
それにあまーい!!」
孤児院で子供たちが、差し入れられた
『新作料理』を夢中で頬張る。
シンが作った新しいお菓子とは、地球では
パンケーキ、ホットケーキと呼ばれる類の
ものだった。
卵と小麦粉を混ぜ、フライパンで焼く。
ただし砂糖などの甘味は無いので生地に
混ぜられず―――
そのまま食べては、ただの柔らかい
ケーキ風のパンだ。
そこでメープルシロップを、2枚焼いた
パンケーキに薄く塗って挟み……
何とか甘いお菓子に仕上げたのである。
「え? 卵と小麦粉を混ぜて作ったんですか?
何てぜいたくな……」
「この甘いのが木の樹液なんて……
よくこんな事を考え付きますね」
職員たちの言葉に、メルとアルテリーゼは
気を良くして答える。
「まあ、私たちの旦那様ですからねー」
「そういえば、本来冬に採取するとか言って
いたが―――
のうファリス殿、木の周囲を氷か何かで
冷やしておく事って出来ぬか?」
「冬と勘違いさせるワケですかー。
やってみる価値はありますね」
彼女たちの会話を、レイドを挟んでミリアと
エクセが見守る。
「ハー……
確かに、これだけしてもらって、
この上まだ何かもらうってのは
欲が深ぇよな」
エクセがレイドを見ながら苦笑し―――
「基本的にはシンさんが考えたり、故郷の
技術を導入したものですけどね」
事実上の彼女の『手を引く』宣言に、
ミリアの反応も謙虚な物になる。
「しかし、こうまでしてくれるのは
ありがたいんだけどさ。
そっちは何の見返りを求めてんだ?」
自分が父と慕うカルベルクの敗戦から一転―――
町は異様と呼べるほどの発展を遂げてきた。
カルベルクは取引したからと言う。
だが、それだけとは思えないほど、一方的な
恩恵と思えた。
根本的な疑問に、ようやく2人に挟まれた
レイドが口を開く。
「シンさんはもともと無欲な人ッスけど……
全く考え無しってワケじゃないッスよ。
ウチの町の東にも、シンさんが手を貸して
開発された村があるッスけど―――
シンさんは『予備』としての機能を
期待しているって言ってたッス」
「……予備ぃ?」
予想外の答えだったのか、エクセは首をひねる。
その疑問の答えをミリアが交代して語る。
「つまり、ウチの町で何かあった場合―――
事故か何かで、料理が出来なくなったり
素材が手に入らなくなったりしたら……
そこから融通してもらう事が出来ます。
でもそのためには、同等になるまで
発展してもらわないといけません。
持ちつ持たれつ、って事ですよ」
もっともそれは表向きの話で―――
シンの本当の狙いは、
『一極集中を避け分散化を図る』
『全体の生活レベルの底上げと普及』
なのだが、その説明に一応納得したのか、
エクセは沈黙する。
「それにねー。
この町でも見た事の無い料理があって、
シン喜んでたんだよ」
「そうそう。
それにどう生かし、発展させていくかは―――
そこに住む人間次第であろう?」
そして、レイドもようやく修羅場が終わって
ホッとしたのか、エクセに話しかける。
「俺はこの町に来るのは初めてッスけど……
カルベルクさんの手腕を改めて確認したッス。
次期ギルド長として、尊敬するッスよ」
「ま、まーな」
自分が父親として尊敬する人物を褒められ、
エクセは年相応の少女のように笑顔になった。
「はー、うまかった……
小麦粉と卵でこんな物が出来るのか」
パンケーキを食べ終わった4人は牢の中で
一息つく。
「この甘いのが樹液だって?
信じられねぇ。
……で、だ」
ホールドさんの視線がこちらを向き、
それにつられるようにスレイさんも
私とカルベルクさんの方へ視線を向ける。
「こんな物を教えて―――
こんな物を食わせて―――
いったい、俺たちにどうしろってんだ?」
その問いに、私とこの町のギルド長は
顔を見合わせた後、彼らに向き直り、
「何―――
ちょっとやってもらいたい事があるんだ。
お前さんらのボスに話を通してもらいたい」
そして彼と私とで相談した事を、実行に
移す事になった。
そして2時間後―――
私と嫁2人、カルベルクさんとスレイさん、
ホールドさんの6人は、彼らのボスがいるという
『南の町』へ来ていた。
「……まさか、ドラゴンに運ばれる日が
来るとはなあ」
「ボスに会うのは怖かったけどよ―――
ンなモン全部吹き飛んじまった」
何せ日程が押し迫っているのだ。
のんびり歩いて移動、というわけにはいかない。
アルテリーゼにドラゴンの姿に戻ってもらい、
背中にメルと私、カルベルクさんが―――
そして両手にスレイさんとホールドさんを
『持って』運んでもらった。
さすがにドラゴンの移動は目立つのと、
高所は彼らが怖がる事が目に見えていたため、
低空飛行してもらい……
2日はかかる、と言われる道のりを、
1時間ほどで文字通り『飛んできた』。
「さて……
これからあちらのボス、アシェラットに
会うわけだが。
例の双子―――
『幻影魔法』のレオナ、
『分身魔法』のソアラ……
話にあったソイツらが警護しているはずだ」
話にあった、とは―――
もちろんスレイさんとホールドさんからの
話で……
『幻影魔法』と『分身魔法』を使う双子の
姉妹が、そのボスを守っているはずだという。
『幻影魔法』は文字通り、幻覚やマボロシを
見せて惑わす魔法―――
一方『分身魔法』は実体を持って何体かに
増殖出来るらしい。
ただ、増えた分だけ力も分化、弱体化される
との事。
しかし、それでも『幻影魔法』との同時攻撃は
かなり厄介だと思われる。
「じゃあ、その二人が出てきたら……
私たちで何とかしましょう。
今回はあくまでも話し合いで済ますので、
アルテリーゼはドラゴンになっちゃダメ。
穏便に、ですよね?
カルベルクさん」
「ああ、頼むぜ」
私が大げさに頭を下げると、メルとアルテリーゼも
それに続き―――
その光景を見ていたスレイとホールドは顔を
見合わせ、視線でコンタクトを取る。
「(……なあ、ドラゴンを嫁にしている男を
従わせているって事は)」
「(マジでこれ、
敵対はヤバいんじゃねーか……?)」
そんな彼らの思惑をヨソに―――
一行は『南の町』へと入って行った。
「門番のところでどうなるかと思いましたが……
さすがカルベルクさん」
「一応、ここも見知ってはいるからな。
門番が覚えておいてくれりゃ顔パスだ」
ギルド長=ゴールドクラスである。
やはりその扱いは別格だ。
私たち一行はすぐに門を通され―――
そしてある大きな建物にたどり着いた。
大きな建物、と称したのは……
冒険者ギルドのような感じではなく、また
貴族様のお屋敷のような物でもなく―――
強いて言えば、西部劇のガンマンたちが
集まってお酒を飲むような―――
荒涼とした雰囲気の建物があった。
「ボスもバカじゃねぇから、
中で待ち受けていると思うが……」
「その前に―――
レオナとソアラの出迎えがあるはずだ」
スレイさんとホールドさんの言葉通り……
ドアの前には誰もおらず、無人である事が、
返って警戒を思わせる。
「じゃ、私が何とかしますので。
ここでお待ちください。
メルとアルテリーゼは一応ついてきて」
「りょー」
「うむ!」
涼し気な顔のギルド長と、ポカンとした
表情の2人をその場に残し―――
私たちはドアを開けて中に入った。
「カルベルクのヤツが来たと
聞いてたけど―――」
「あんたたちは誰だい?
見慣れない顔だねえ」
いかにも機能性重視とでも言うように、
胸と局部以外をあらわにした女性2人が、
ガランとした室内で待ち構えていた。
年齢は20代半ばだろうか。
ピンクヘアーをポニーテールのように
後ろにまとめ―――
顔立ちは濃い化粧にハッキリとした
目鼻立ち。
美人な事に違いは無いが、どちらかと言うと
女戦士や騎士に近いイメージだ。
だが、それより驚いたのは―――
双子というだけあって、まるで鏡で映したかの
ように瓜二つ。
手にした得物―――
短刀のような武器まで同じに見える。
「お二人だけですか?」
私の問いに、彼女たちはクスクスと笑い、
「ええ、みんなには出て行ってもらったの。
『拘束魔法のスレイ』―――
『擬態魔法のホールド』……
2人が敵わない相手なら、並大抵のヤツじゃ
話にならないもの」
「でも安心してね♪
すぐいっぱいになるわ。
……アタシたちで」
レオナかソアラか、どちらが言っているのか
わからないが―――
その言葉通り、部屋の中はすぐ彼女『たち』で
埋め尽くされた。
床と言わず空中と言わず天井と言わず―――
「おー、15人?
いや20人はいるかな?」
「実体のある分身と実体の無い幻影……
虚と実を混ぜて使うか。
面白い事を考え付くのう」
それを妻2人は冷静に分析して受け止める。
まあ、彼女たちは私の力を知っているしな……
「ずいぶんと余裕じゃない」
「驚かなかったのは褒めてあげるわ。
でも、その強がりもどこまでもつかしら?」
確かに―――
これが通常であれば、対処は難しいだろう。
彼女たちの得物……
短刀は接近戦はもちろん、投げる事も可能。
分身の方は増えた分だけ弱体化するらしいが、
幻影と混ぜられたらそれだってわからない。
何体に増えたのか?
本当に分身を使っているのか?
幻影との割合は?
魔法抵抗とはいえ万能では無いだろう。
発動前にうろたえたり、スキを見せれば
そこで終わりだ。
こちらの世界の常識であれば―――だが。
そして私の常識は異なる。
確かに、幻覚や催眠術、分身などの
概念はあるにはあるが―――
その前提となる物が存在しない。
「魔力による幻影や分身など……
・・・・・・
あり得ません」
私が小声でそう言うや、充満していたと
言っても過言ではない彼女『たち』は
姿を消し……
「……えっ!?」
「んにゃっ!?」
残ったのは、私の目前にいる一人と、
はるか後方にいる一人……
察するに、目の前にいるのが
『分身魔法』のソアラ、後方にいるのが
『幻影魔法』のレオナだろう。
しかし、事前情報として彼女たちの
魔法を知っておいて良かった。
いざとなれば魔力や魔法そのものを
封じられるが、妻2人や他も巻き込む
可能性があるしな。
自分に起きた状況を理解出来ないのか、
目と口を開いたままの2人を―――
まずは目前の一人をアルテリーゼが腕を
つかんで確保し、
「っ! こ、このっ! 離せよっ!」
と、次の瞬間―――
後方のもう一人、恐らくレオナを、
メルが捕まえていた。
「シンー、この2人どうする?」
「奥の方で、持ってきたパンケーキでも
食べてもらっててください」
私の指示に、姉妹はきょとんとして、
「は、はあ?」
「なんなんだよ、いったい!」
そしてメルとアルテリーゼは双子の姉妹を
連行して部屋の奥へと消え―――
私は外で待機している3人に声をかけ、
階段を一緒に上がっていった。
「……久しぶりだな。
『疾風のカルベルク』―――
ここに来たって事は、下にいる
レオナとソアラはやられたって事か。
そしてスレイとホールドも……
しくじったってワケだな」
2階の奥―――
大きな部屋の中で、大きな机に座る
その男は、やや小柄ながらも……
片目を眼帯で覆い、そして隠し切れない
傷は、一般人のそれではない事を示していた。
ハッキリ言えば裏稼業―――
地球で言うところの頭にヤの付く自由業、
アウトローの類だ。
行動やカルベルクさんと敵対している事から、
想定はしていたが。
やはり雰囲気というか迫力が違う。
「えっと……
下のお二人はケガはさせておりませんので、
どうかご安心を?」
スレイさんとホールドさんも、ガチガチに
緊張しているように見える。
と、アシェラットさんが片手を軽く振り上げる。
その瞬間、2人ともビクっと肩を震わせるが、
彼はそのままその片手を振って、
「何もしやしねえよ。
それに―――
お前の『飛走』と、俺の『怪力』は
相性が悪い。
それと2人を返しに来たって事は……
手打ちにする用意があるって事だろ?」
手打ち……つまり、和解する意図を
汲み取ったのだろう。
さすがに人の上に立つ人物だからか、
頭の回転は早いようだ。
「おい、シン」
「は、はい。
ではこれを―――」
カルベルクさんに促され、私は持ってきた
パンケーキ、そしてリバーシとトランプを
彼の机の上に置いた。
「何だこりゃ、食いモンか?
それに、これはカード……じゃねぇな。
このガキの玩具みてぇな白黒の物は?」
「そのやり方や遊び方は、コイツらに
覚えさせた。
後で聞くといい」
それを聞くとアシェラットさんは、
スレイさん・ホールドさんへ視線を向ける。
「こ、これは受けます!
絶対に流行ります!」
「ギャンブルが全く新しい形になります!
これは仕入れて損はありません!」
アシェラットはしばらく両目を閉じ、
(なるほど……
つまりはこの2人に、『ケジメ』を
付けさせるのは損って言いたいワケか。
なかなか小癪な事をしやがる)
彼は2人からいったん視線を外し、
また机の上に置かれたそれらの物に見入る。
「詳しい話を聞かせてくれ」
「は、はい」
そして私は、カルベルクさんと相談して
決めてきた事を説明した。
「リバーシは銀貨2枚、トランプとやらは
銀貨5枚……
まあ妥当だな」
トランプはカードの枚数が多いのと、基本的に
手作業での量産になるので……
それに娯楽品だし、多少割高になるのは仕方
ないだろう。
「で、この利権はお前さんの町が仕切る―――」
そこで、カルベルクさんは片手を出して
話を中断させる。
「あくまでも製造に関しては、な。
俺の町ではこれを使ったギャンブルは、
原則禁止にするつもりだ」
「……!?」
意味がわからない、というようにあちら側の
全員が黙り込む。
まあ無理も無いだろう。
古今東西、ギャンブル、賭場というのは―――
犯罪組織の収入源のようなもの。
それを禁止するというのは、競争相手どころか
利権の献上に等しい。
「まあ、個人でやる場合はうるさく言う
つもりはねぇ。
町で賞金を出す大会をやるかも知れんし」
つまり、ギャンブルとして遊びたければ……
他の町へ行け、という事になる。
当然、このアシェラットさんの縄張りもそれに
含まれるわけだ。
「後ですね……
メープルシロップに関してですが、
利権は共同で、出来ればここの領主様を
巻き込んだ方がいいでしょう」
「ブリガン伯爵をか?」
また予想外の提案が出てきたのか、顔を
ぐいっと近付けてくる。
正直怖いが、こらえて何とか対応する。
「献上、という形にして話を持ち掛ければ、
乗ってくる可能性は高いと思います。
王都へのルートを持っているでしょうし、
高く売る方法も貴族様やそのお抱えの
商人の方がご存知のはず」
ふむ、と彼はうなずくが……
どこか納得していない面持ちで―――
後一押し必要か。
「それに、このメープルシロップは
木さえあれば簡単に採取出来るんです。
いずれ、この領地の一大産業にもなり得ます。
それを一番最初に献上した、という実績は
後々効いてくるでしょう。
そうなれば―――」
「気に食わねえ」
話を中断させるようにアシェラットさんが
突然発言し―――
私も体を強張らせて声が止まる。
「何が気に食わねえんだ?
アシェラットよ」
カルベルクさんだけは普通に流し、そして
聞き返す。
「さっきから話を聞いてりゃ―――
こちらに都合の良い事ばかりだ。
俺はお前の縄張りにちょっかい出して、
しくじったんだぜ?
それでスレイとホールドも返してもらって、
その上さらにこれだけの利権を手土産に
手打ちだぁ?」
そして立ち上がり―――
目前のカルベルクさんと対峙する。
「……てめぇの本当の要求を言え。
何企んでいやがる?」
確かに、言われてみれば―――
勝った方が一方的に負けた側に有利になるような
案件ばかり……
不審がられて当然か。
もし話がこじれたら、カルベルクさんに
一任する事になっているけど……
と、彼の顔を見ると、
「……シン。
悪いが席を外してくれねぇか?」
「は、はい……」
私がそそくさと部屋を出ようとすると、
今度はアシェラットさんが、
「おい、スレイ、ホールド。
お前らも下がれ。
ついでと言っちゃ何だが―――
下でレオナとソアラに、コレの『遊び方』を
教えてやれ」
こうして、私たちは外へ出され―――
トップ同士の話し合いとなった。
部屋の中では、カルベルクとアシェラット、
それぞれの組織のリーダーが向き合う。
そしてずっと立っていた方が座ると、
もう一方も自分の席に座り直した。
「……これから話す事は他言無用だ」
「おう」
そこから、長いとも短いともつかない
沈黙が流れた後―――
カルベルクが再び口を開いた。
「エクセだ」
「あん?
『影追いのエクセ』……
お前のところの秘蔵っ子か?
ソイツがどうしたんだよ」
アシェラットが先を促すと、彼は顔を横に
背けて、
「……血がつながっていないとはいえ、
父親ってのは、いくつになっても娘の事が
気になるモンでな」
「はあ?」
何が何だかわからない、という表情の
眼帯の男に、彼は話を続ける。
「つまり……アレだ。
なるべく『ファミリー』をキレイにして、
アイツに渡してやりてぇんだよ」
「要は代替わりを見越して―――
そのつもりでいてくれって事か?」
改めてカルベルクは彼に向き直り、
黙ってうなずく。
それを見たアシェラットの反応は、
「……ブッ……
ブアッハッハッハッハッ!!
あの『疾風のカルベルク』ともあろう者が、
これだけ親バカで子煩悩とはなあ!!」
「そんなに笑うんじゃねぇよ!
マジで言うが絶対に他言無用だからな!」
しばらく自分の机の上に突っ伏して
笑っていた男は、呼吸を整えると
ゆっくりと起き上がり―――
「いいだろう、これだけ笑わせてくれた礼だ。
それに下手な証文より信用出来る」
「じゃあ笑いついでにもうひとついいか?」
「あぁん?」
新たな提案にアシェラットは耳を傾け、
「……エクセをもらってくれそうな野郎、
お前のところにいねぇか?」
「あのじゃじゃ馬をか?
……どうだろうな……
あの嬢ちゃん、『鉄拳』持ちだろ?
そう言うお前のところはどうなんだよ」
「それが情けねぇ事に―――
尻込みするようなヤツばっかでな」
「おう……」
そこからしばらく、トップ同士で組織というか、
身内のグチの言い合いが続いた。
「では、詳細は後日……」
「ああ。
ウチの若いモンをそちらへ向かわせるよ」
私と嫁2名、そしてカルベルクさんと―――
同行してきたスレイさんにホールドさん、
レオナさんとソアラさんを従えるようにした、
アシェラットさん一行と町の門前で向き合う。
幸い、メルとアルテリーゼも同性同士、
あの姉妹さんと打ち解けたようで―――
それにあの後、上の階から笑い声もしたし、
きっと全て丸く収まったのだろう。
「しかし、今日来たばかりだろ。
一泊くらいしていかなくていいのか?」
「あ、ご心配なく。
アルテリーゼ、頼む」
すると、彼女の姿はたちまちドラゴンとなり、
メルと私、カルベルクさんがその背に乗る。
騒ぎになるのは避けたいので、来る時は
町の手前で降りたが―――
すでに町に入り、見知った人間と一緒なら
問題は無いだろう。
そして一路、エクセさんと―――
レイド君とミリアさん、ファリスさんたちが
待つ町へと飛び立った。
一方、見送ったアシェラット一行は―――
「そういや、あの人ドラゴンとか
言ってたけど……」
「ホント、だったんだね……」
ポカンと口を開けたままの双子の姉妹に、
「いやー俺らもドラゴンにつかまれて、
ココまで運んでもらったんだが」
「やっぱり夢じゃなかったんだなー」
認めたくない現実を確認するように、
スレイとホールドがウンウン、とうなずき、
さらにそこへ、門番と衛兵の何人かが
駆け付けてきて、
「い、今!
今そこにドラゴンがいなかったか!?
飛び立っていった!?」
するとアシェラットは、そのうちの一人の肩を
ポンポン、と叩き、
「あんまり騒ぐな。
カルベルクの野郎が、ドラゴンに乗って
帰っていっただけだ。
ゴールドクラスなんだし、
別におかしくねーだろ?」
彼もまた、白い歯を輝かせた笑顔で、
現実逃避していた。