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「すう………すう………すう………」
先程までの一分一秒すら惜しまれ、
息をつく暇さえどこにもなかった
緊迫感に包まれていた病室には
暖かな春の日差しがさし、
あどけない幼さを感じられる表情で
すやすやと夢の中へ微睡んでいる元貴の頬に
長いまつ毛が濃い影を落としていました。
ゆったりとした空気に満ちた部屋の中で
元貴の小さな息遣いだけが静かに時の経過を
伝えています。
「元貴、ねちゃったね。ごめんね、
せっかく会いに来てくれてたのに」
涼架は滉斗にそう断りながら
泣き疲れたからなのか、
緊張が解れたからなのか、
2人に抱きついたまま
すっかり深い眠りに落ちてしまった元貴を
ベッドに運び
柔らかい毛布をかけてあげていました。
「いや…別に………平気です 」
滉斗は短くそう返すと、
先程まで元貴が宙に浮いていた窓辺に
やり場のない目線を向けました。
「今日、ほんとにありがとね。
滉斗がいなかったら助けられなかった」
涼架はそう言い、
滉斗に笑いかけます。
「本当にヒーローだよ!
滉斗は元貴の『騎士さま』だね!」
「騎士さま……?」
それまで手持ち無沙汰に窓辺に
向けられていた滉斗の視線が
涼架に向けられました。
滉斗は不思議そうに
普段は半分ほどしか開くことのない
綺麗な瞳を見開き、首を傾げています。
「そうだよ。あ、
滉斗は読んだことなかったね 」
「元貴が大好きな絵本なんだけど
読んでみる?」
そう言いながら涼架は元貴の
枕元に置かれていた一冊の本を
差し出しました。
その絵本____絵本といっても大きめの
画用紙をクリップで止めただけの
簡易的なものですが____。
涼架の手に握られている絵本は
何度もめくられたのかたくさんの折れ目や
何かをこぼしてしまったかのような跡が
見て取れました。
元貴が本当にいつも楽しんでいる証です。
「持って帰ってもいいと思うよ。
元貴も滉斗に読んで欲しいって言ってた
から。」
涼架は
自分の手から絵本を受け取ろうとしている
滉斗にそう前置きしてから絵本を手渡します。
「しばらくは起きないと思うし、
今日はもう帰る?」
そんな涼架の問いかけに
もうすでに絵本に目を落としていた滉斗は
ふっと顔をあげると
「……起きるまで待ってます。
今日は予定もないし」
と答え、また絵本の文字を読み取るために
首を傾けました。
「滉斗ってほんとすごいよね、
もうひらがな読めるんだね~」
涼架は、指で文字をなぞりながら
ゆっくりと文章を読み取っている滉斗を
眺めながら感心のため息を漏らしています。
自分が3歳のときは
両親に読み聞かせをしてもらって尚、
あまり理解はできていなかったような
気がします。
その点、 元貴はちゃんと意味をわかって
楽しめているし、
滉斗に至ってはちょっぴり時間は要しますが
自分で読むことだってできるのです。
改めてこの2人のすごさを噛み締めていると
プルルルル………プルルルル………
と、涼架の胸ポケットから通話の呼出音が
聞こえてきました。
きっと、
仕事に早く戻れというような催促でしょう。
「わ、そろそろ戻らないとだ……」
涼架は、応答の文字をタップしながら
「ごめんね、
一緒に起きるの待ってたいけど
お仕事戻らないといけなくて……
終わったらすぐ来るからね!」
と、滉斗に言い残し、
小走りで病室を去っていきました。
滉斗はその背中に向けて小さく頷くと、
すぐに絵本に目線を戻し、
ゆっくりと読み進め始めます。
小さな町の真ん中にある小さな病院の一角、
幼い三歳の男の子が暮らしている病室を
再び、暖かな春の日差しと元貴のすやすやという寝息だけが支満たしてゆきました。
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コメント
4件
更新待ってます〜!大好きです!どうなっちゃうんだろう、、、
Web版から失礼します!もうほんとにはるんさんの小説大好きで、リストバンドの方も読ませてもらってます!大好きです!無理の無い範囲で、更新待ってます★
ああ、第5話、すごくあったかい気持ちになりました……! 涼架さんが滉斗くんを「元貴の騎士さま」って呼ぶシーン、胸がじんわりしました。それに、元貴くんが描いた手作りの絵本を滉斗くんがゆっくり読もうとしている姿が本当に愛おしい。ひらがなを指でなぞりながら読む3歳の姿、想像するだけで泣きそうになります。涼架さんは仕事に戻らなきゃいけなくて切ないけど、滉斗くんが「起きるまで待ってます」って言うのがまた優しくて……。春の日差しと元貴くんの寝息だけの静かな病室の描写も美しかったです。次が気になります!