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以前真夜が暮らしていた空き部屋に入り、照明を点ける。 薄明りに照らされた部屋はかび臭いにおいがした。 ここで真夜は慎司と寝ていた。
汗まみれになって欲望のまま高まりを求め、罪も罰も恐れぬ大罪者になった。
今まで、この部屋の戸に耳を押し当てて、何度、口惜しい思いをしたことか。
その度どれほど兄を憎んだことか。
だがその兄に、勝った。選ばれたのは真也なのだ。
天井を仰いで歓喜に酔いしれる。深い息を吐き出した。
古臭い押入れが少しだけ開いている。
その隙間から紙のようなものが覗いている。
「……何だあれは?」
真夜を寝かせてから、押し入れに近づいた。勢いよく戸を開くと、紙とノートがばさりと落ちてきた。拾ってみるが、皺だらけで汚れている。
床で丁寧に皺を伸ばし、掠れたインクに目を走らせた。
新聞記事のコピーが一枚と、ノートが一冊。
腰を下ろして記事より先にノートを捲る。
「日記か?」
日付と、乱暴な字で日常が書かれていた。
―……○月○日
今日は入学式だ。面倒だけどいくか。 みんな同じ高校に行きたいと真之介が言ったので、受験したけど本当は嫌だった。一体何時までこのままでいる気なのか。
察するに高校一年生からの日記だ。
兄弟の誰かのものだろう。
――…○月○日
部活を決めろと担任が言う。俺たち四人の場合は部活を決めるにも、互いに被らないようにしないといけない。面倒だ。嫌で仕方がない。いったい何時までこのままでいる気なのか。
―○月○日
学校には慣れた。 兄を演じるのと同じ。俺はお天気お気楽男を演じれば良い。 一体何時まで俺は俺を演じなくてはならないのか。目が覚めたら、兄弟みんなが違う顔になっていればいい。 そうすれば、俺は奴になれるのに。
日記の内容はすべて「一体何時まで」が含まれている。
何かに苛立ち、何かを変えたいという思いが滲んでいる。見え隠れする狂気の存在が、徐々に色濃くなっていく。
ノートを捲り、無意識に、真夜が不登校になった日を探した。 短いながらも毎日欠かさずつけられている日記だ。 目当ての日記はすぐに見つかった。
―○月○日
真夜がいつも可愛がっている猫が、襲われた。 俺は知っている。猫が可愛いんじゃなくて、真也が可愛がっているから好きなんだ。 真夜が殴られて昏倒している間に、俺がみんな消してやった。 猫は遠いところに連れてった。猫であろうと真夜が可愛がっているんだ。許しはしない。
―○月○日
真夜を抱いた。みんなは真夜への接し方が分からないらしい。当然だ、長男の俺が分かっているからそれでいい。 バカな真夜、俺に抱かれながらどうせ真也のことを思っているんだ。 お前は昔から好きだったからな。 だけどもうすぐあいつもいなくなる。同じように処分すればいい。
―○月○日
真夜を風俗店で働かせることにした。 あの家に居させると、いつ真也と和解するか気が気でない。 そんなことは許さない。それなら、俺の目の前で俺以外の男に抱かれているところがみたかった。 俺以外に掘られて、俺以外にイかされて、淫らで汚れた真夜。 泣き叫んで助けて欲しいと俺に縋る真夜が、やっぱり世界で一番可愛い。 男でなくて女だったら良かったのに。そしたら孕ませてやるのに。
ノートを勢いよく閉じた。
こんなものを真夜に読ませるわけにはいかない。一緒に添えてあった新聞記事は、どこかの国での性転換技術の発展について書かれている。
国境を越えるは揶揄ではなく、……本当に真夜をおんなにするつもりだったのではないか。もしかして風俗で稼いだ金も全部。