テラーノベル
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──彼との結婚生活は穏やかに過ぎて、そうしてまた新しい春が巡って来た。
街路樹に青々とした葉が芽吹いて、吹く風に暖かさが感じられるようになった頃に、
「そろそろ、約束をしていたあの場所へ行ってみましょうか」
と、彼から提案をされた。
「はい、私も行ってみたいです」
「君と共に行けることを、私も楽しみにしていました。こんなにも春が来るのが待ち遠しかったのは初めてです」
彼の手が私の頬に添えられると、左手の薬指に嵌ったマリッジリングが肌にあたる感触があって、ささやかな幸せが胸を込み上げる。
「一臣さん、キス…してください」
「どうしました? 君から、キスをねだるなど」
幸せを感じるあまり、つい私の口からこぼれ出た言葉に、
彼が僅かに目元を朱く染めると、頬に片手をあてたまま、ちゅっと唇を寄せた。
「……週末の土曜日に、あの場所へ……」
「……はい」と頷くと、お父様から託された鍵には一体どんな秘密があるんだろうと、まだ訪れたことのないその場所にときめく思いを馳せた……。
約束の土曜日になり、早朝に彼と車で出かけた──。
車が走るにつれて、朝早くに起きたこともありだんだんと眠気が襲ってくる。
「眠いのなら、寝ていて構いませんので。眠りやすいように、音楽でもつけますか?」
聞き覚えのある静かなクラシックの曲がカーステレオから流れると、心地のいい眠りに誘われるようだった。
「君が目を覚ます頃には、着いているはずですから。眠っていなさい…」
彼の柔らかな声音とともに、頭がそっと撫でられると、まるで催眠にかけられたかのようにゆっくりと瞼は降りた……。
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