テラーノベル
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*月読(つきよみ・つくよみ):月の神。月読命
*渡殿:寝殿造における廊下。建物と建物の間を繋ぐ。
*直衣:平安貴族男性のカジュアル気味な装い。
*随身:警護の従者や武官のこと。
*仁人
塞がれていた唇を、やっと離してもらえたと
思う間も無く この身が宙に浮く
「何を、」
「月の遣いではなく、月読が降りて来ては困る」
私とて、数多いる男と変わらぬ背丈であるのに
勇斗の君は軽々と抱き上げて渡殿を歩く
「そのようなこと、あるはずもない!」
腕のなかで騒ぐ私を
微笑みながら見下ろすと
御簾を勢いよく蹴り除けて
月明かりが僅かに差す板に
静かに私を降ろし
その腕で閉じ籠めるように
背から抱き寄せられる
「待って、お離しください」
逃がれようと身じろけば
腕の力がさらに強くなり
「いつまで待てばよいのか
幼き時分からだいぶ待っているのに」
熱く柔らかい感触
……唇がこの頸を下から辿り、耳を食む
「や、」
驚きと 歯を立てられた痛み
その裏に潜む快さにこの身が跳ねると
小さく笑われたような吐息と共に
耳の縁を舌先が濡らし掠め…
「失礼致します、早駆けで春宮から遣いの者が」
仄暗いなか、突如
家人の声が淡々と響く。
「………何用か」
「春宮殿が今宵の観月の宴で
佐野親王と曽野親王の舞を御所望とのこと。
ご兄弟で急ぎ参られるように、と」
「……直ぐ、支度を。舜多はいかに」
「すでに御支度を終えていらっしゃいます」
「我が車にて待たせよ」
家人の気配が消え
私を囲って離さなかった腕が解かれる
「この詫びは必ず」
こちらの顔を
大きな両の手で、優しく包み
唇をそっと寄せられる
「どうぞ捨て置きください」
「重陽の節会も 帝や春宮に呼ばれて
仁人と愛でられなかったのに。
今宵の月だけ、やっと共に観ることが叶ったのに」
麗しき面立ちを歪ませて
悲しそうにされると
これ以上の強い物言いも憚られて
「……十三夜があります」
つい、望みを持たせるような物言いをしてしまう。
「私との月観を楽しみにしてくれるのだな」
「そこまで言ってない」
「では十三夜は仁宮の好きな栗の菓子も
存分に用意させよう」
周りに女官たちの衣擦れの音が増えてきた。
勇斗の君が支度に立ち上がろうとして
何故か、こちらの袖を取る
「縫い目が、」
その腕から逃げようと身じろいだ折に
袖の縫い目が解けたのか、少し裂けている
「これしき、直りましょう」
「許したまへ。明日にでも新しい直衣を届ける」
眉を下げて、眼を伏せた美しき顔が
再び唇を重ね
名残惜しそうに 囁く
「また文も書く」
……勇斗の君の文は好きだ。瑞々しく勢いのある華やかな筆が、誠の滲む言葉を綴る
支度のため退出する大きな背が
暗闇に消えるのと入れ替わるように
御簾の向こうから声がした。
「恐れながら。御支度と、御屋敷まで随身を務めさせていただきます」
コメント
1件
執筆お疲れ様にございます。 急なる御遣いゆえに引き隔てられんとする焦燥の中、勇斗の君の強引にしてどこか艶かしく迫りおわす御姿に、ただ胸の高鳴りを抑えかねております🩷 腕の中に閉じ込められ、耳元に囁きかけるお方の色香と情の濃やかさ、真に優美にて心奪われました💛 これより先の物語の展開も、深く楽しみにお待ち申し上げております🤭✨
のんの
105
tamaki
213