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「嫌になんてならないよ。話してくれた方が彼女を理解出来るし、何も言わないで我慢して落ち込まれる方が困るな」

「……そうですか」


でも有賀さんはそうでも、男の人皆がそうとは限らない。


例えば自分の事でせいいっぱいだった湊が、彼女の悩みを受け止められなかっただろう。


雪斗は……私よりずっと大人だし、感情のコントロールも出来る人だけど心の中ではどう思うか分からない。


あまり騒ぎ立てて重いって思われたら。


私の事が嫌になってそれで上手く行かなくなってしまったら。考える程不安になって身動きが取れない。


有賀さんが言うみたいに自分の気持ばかり主張して、それで幸せになれるとは限らないと思う。


「秋野さん、どうかした?」


有賀さんが不審そうに声をかけて来た。


考え込んでいたから、険しい顔になっていたのかもしれない。


「いえ、何でも無いです」


良く考えたらどうして有賀さんとこんな話をしてるんだろう。


同僚ってだけでなく水原さんとの関係も有って、最も恋愛の悩みなんて語る相手じゃないはずなのに。


しかも今は仕事中。気持ちを切り替えてちゃんと働かなくては。


まだ何か言いたそうな有賀さんが話しかけて来る隙も無いくらい、目の前の作業に集中し始めた。


翌日。雪斗は土曜にしては早く起きて支度を始めた。


なぜかスーツに着替え始めたから驚いた。実家に行くのに畏まりすぎじゃない?


じっと見ているのを気付かれてしまったのか、雪斗は支度をする手を止めて私の所にやって来た。


「ごめんな。遅くならない様にするから」


一応気を遣ってくれてるのかな。


でも、何て言われても少しも気持ちは軽くならない。


かと言って引き止めるわけにはいかず「気をつけてね」と言うしかなかった。


「ああ、行って来る」


雪斗は時計を気にしながら、本当に出て行ってしまった。



一人きりになった部屋はやけに静かで寂しく感じた。


せっかく天気の良い土曜の朝なのに、何もする気が起きない。


今日は長い一日になりそうだ。


落ち着かない気持ちで部屋を片付けたり、夕食の為の買い物に行ったり。


必要なことは済ませたけれど、まだ雪斗が戻るまでには時間がたっぷり余ってた。


暇になると余計な事ばかり考えてしまう。


今頃雪斗はどうしてるのかとか、春陽さんと何を話してるのかとか。


考えたって辛くなるだけなのに頭から消えない。


雪斗と春陽さんの用が何なのか具体的に知らされて無いから、嫌な想像ばかりしてしまう。


不毛な時間。こんな時どうやって気を紛らわせればいいんだろう。


どうしてもっと前向きな気持ちで待ってられないんだろう。


溜息を吐きながら、ソファーから立ち上がった瞬間、ズキンと刺す様な痛みに襲われた。


ここ最近ずっと胃が痛かったけど、今日は特に酷い。


これってやっぱりストレスだ。


今日の事をあまりに気にし過ぎてしまってるから。


早くこの時間が過ぎればいいのに――。



夜、七時を過ぎても雪斗は戻って来なかった。


こちらから電話をするのは早く帰ってきてと督促しているようでできなかったけれど、何時に戻るかくらいは聞いてもいいよね?


躊躇いながらも電話を手に取り発信する。


でも、何度かけても雪斗は電話にでなかった。


どうして……悪い事ばかり考えてしまう。


そんな自分が嫌で仕方無いのに止められない。


ひとりで家に籠って待っているから、ますますネガティブになるのかもしれない。


逃げ出したくなるような気持ちのまま、玄関に向う。


外はすっかり暗くなっていた。今日は良く晴れたためか、いつもより星が輝いて見える。


ひんやりとした夜の風にあたると、気分が落ち着く気がした。


そのまま時間を潰しがてら、近くのコンビにに向う。


雪斗の好きなビールとあたりめと、自分用にサワーを買って来た道を戻る。


途中、寄り道をしたくなって公園に寄ってみた。


綺麗に整備されていて地域の住民の憩いの場になっていて夜でも危なくないように街灯が配され、夜の九時くらいまでは人の行き来が多いそうだ。


犬の散歩をしている人や、ランニングをしている人などとすれ違う。


私も運動不足の解消の為にときどき走ろうかな。


そんなことを考えながらゆっくり歩く。


帰って来た雪斗に嫌な感情をぶつけない為に、しっかり気分転換をしよう。


そう思っていたのに、思いがけない光景が視界に飛び込んできた。


雪斗と春陽さんが、どうしてか分からないけれど、ふたり並んで楽しそうに会話をしんがらこちらに歩いて来る。


雪斗も春陽さんもまだ私に気付いていない。


どうして春陽さんと一緒に居るの?


雪斗の実家に行って用事は済んだはずなのに。どうして雪斗はあんなに楽しそうな顔をしてるの?


私が辛い気持で待っている間、彼は元妻と楽しく過ごしていたんだ……。


くらりと足元が揺れている様な感覚に襲われた。


この場からも現実からも逃げ出したい。でも身体は固まってしまった様に動かなくてついに雪斗に気付かれてしまった。


「美月?!」


まだ距離が有るけれど、雪斗の驚いた顔が良く見えた。


その直後私に向って駆け寄って来る。


「美月、こんな所で何してるんだ?」

「……コンビニで買い物をした帰り」


私は動揺し過ぎていてそう答えるのがやっとだった。


聞きたい事は沢山有るのにろくに言葉が出て来ない。


ただ前もこんなことが有ったなと、ぼんやりと考えていた。


望んだわけじゃないのに湊と水原さんの関係を自分の目で見てしまったとき。


私ってついてないのかな。


知らなければ幸せだったのかもしれないのに、あの時も今も、嫌って程現実を見せられて。


どうして私はうまく振る舞えないのだろう。

恋をすると相手の事しか見えなくなって他の人の事なんて考えられなくて。自分なりに誠実に頑張っているはずなのに、辛いことばかりで。


湊に見捨てられたときの記憶が鮮明に蘇る。

心の痛みも、ボロボロにされたプライドまでも。


「美月?!」


雪斗の慌てた様な声が聞こえる。冷静に返事をしたいと思っているのに声が出てこない。


春陽さんの前では毅然としていたのに、ショックが大きくて取り繕うことができない。


「春陽、悪いけど今日はここで帰ってくれ」


雪斗が春陽さんを振り返り言う。


「うん、それはいいけど美月さん大丈夫?」


春陽さんの顔は雪斗の身体が目隠しになっていて見えないけれど、戸惑っている様に感じた。


「直ぐに部屋に連れて帰る。最近ずっと具合が良くなかったんだ」


雪斗は私に気を遣ってくれてるのか、春陽さんから見えない様にしてくれてる様だった。


「そう……お大事にしてね」


「ああ。そこの大通りからタクシー拾えるから」


「分かった。じゃあまた今度」


春陽さんはそう言うと、私達から離れて行った。


彼女の”また今度”という台詞が頭に残る。


やっぱり今日で最後じゃ無かったんだ。


「美月、とにかく部屋に行くぞ」


雪斗は私の肩を抱くようにして歩き始める。


雪斗からはお酒のにおいがした。


会話も無いままマンションの部屋に帰る。


雪斗は私をリビングのソファーに座らせて、自分はその前に膝を着いた。

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