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「美月、大丈夫か?」
雪斗が心配そうに問いかけて来る。
きっと大丈夫って答えるのが一番いい。でも、もう取り繕う事が出来なかった。
無言のまま首を横に振る。
私はずっとぎりぎりの精神状態で、雪斗と春陽さんの並んで歩く姿を見て限界を超えてしまった。
冷静になんてなれずに我慢してた涙まで零れてしまう。
「遅くならないって言ったのに、今日で最後だって言ったのに……」
泣きながら雪斗に訴える。
「……美月」
雪斗の困惑した声。
「私は雪斗が思ってる程心が広く無い。雪斗は前に春陽さんと結婚していていろんなしがらみが有るって分かってるけど、でも笑っていってらしゃいなんて言えない」
こんな恨み言ばかり言ってたら雪斗に軽蔑されるかもしれない。
分かってるのに一度溢れ出した感情は止められなかった。
「私がどんな気持ちで待ってたか雪斗には分からないでしょ? 雪斗は春陽さんと二人で実家に行って……そのことでどれだけ疎外感を感じたか分かる?」
「……」
「今日で最後だって耐えてたのに雪斗は連絡もくれなくて……春陽さんと楽しそうに帰って来て……またこれからも会うなんてもう私耐えられない。冷静になんてなれない!」
今の私は駄々をこねる小さな子供だ。
思い通りにならないからって泣いて喚いて。
でも自分で思っていた以上に、辛い気持ちが溜まっていて、吐き出さないとどうかしそうだった。
せっかく手に入れた幸せをまた失ってしまいそうで……。
部屋に私の泣き声だけが響いている。
零れる涙と引き換えに失望が身体を満たして行くみたい。
もう泣くのにも疲れて来た頃、それまで黙っていた雪斗が言った。
「……ごめん」
「……」
何のごめんなんだろう。
連絡をくれなかったこと? 春陽さんと帰って来たこと? これからも会うから?
それとも……私にとってもっと最悪なこと?
聞くのが恐い。そんな私の気持ちに気付く事なく雪斗は続けた。
「不安にさせて悪かった。早い内に連絡しなかったのは考え無しだった。美月がこんなに不安になってるとは思ってなかった。甘く考えてたんだ」
いつもは私の考えなんて簡単に見抜くのに、どうしてこんな時だけ分かってくれないんだろう。
「……春陽さんと何をしてたの?」
「それは……」
雪斗が口籠った。いつもは自信に溢れていて自分の意見をはっきりと言える人なのに。
思えば春陽さん絡みになると雪斗は曖昧な態度を取る。
今日の外出だって具体的な事は何も教えてくれなかったから、私はとても不安になってしまった。
春陽さんとの関係は今でも私に言えないようなものなのかって、嫌なことばかり考えてしまう。
「どうして話してくれないの?」
雪斗が気まずそうに視線を逸らす。
「不安にならない訳が無い。だって私は何も知らないんだよ? 雪斗と春陽さんがどうして離婚したのかも、今二人がお互いどう思ってるのかも」
「俺と春陽は美月が心配する様な関係じゃない」
「そう言われても心から安心出来ないの。だって雪斗は春陽さんと納得しないで別れたんじゃないの? 彼女に想いが残ってたっておかしくないし」
私との結婚がまだ考えられないのも、そのせいじゃないのかな。
「私……雪斗が大好きだけどいつも不安で仕方ない。春陽さんに関してだけじゃなくて真壁さんや他の人のことも……雪斗が私だけ見てくれたらいいのにってそんな事ばかり考えて嫉妬して、信じて冷静でいなくちゃって頑張ってたけどやっぱり駄目だった」
こんなヒステリックな姿、雪斗に見せたくなかったのに。
自分自身にも失望する。項垂れる私に、雪斗は言った。
「俺は……美月がそんな風に思っているとは思ってなかった」
「え……」
思わず顔を上げると、雪斗と目が合う。
雪斗は本当に困惑している様な複雑そうな表情だった。
「美月が悩んでるのは分かってた。でも俺と春陽の事だとは思わなかったんだ」
「どうして!?」
他に何が有るって言うの?
「美月は立花湊の事で悩んでると思ってた」
「え……湊?」
驚いて呟くと雪斗は気まずそうな顔をした。
「この前、俺が出張中、立花湊と会ってただろ?」
「あれは、偶然に会って……」
「そう聞いたけど信じられなかった。俺の居ない時に偶然会うなんて出来すぎてるだろ?」
「でも……本当の事だよ」
「それだけじゃない。あれから立花湊と会った。あいつが俺を訪ねて来たんだ」
「湊が?」
「ああ、わざわざ会社迄来た。美月とは真剣に付き合ってるのかって詰め寄られた。あいつは美月とやり直したいと思ってるみたいだな」
そう言えば成美も湊を会社の近くで見かけたって言っていた。
でもまさか雪斗に会いに来てたなんて。
「それで……雪斗はどうしたの?」
「美月への気持ちは本気だってはっきり言った」
雪斗は私から目を反らさずに言う。
「だからこそ美月の苦しさに気付いてやれなかったのかもしれない」
雪斗は私の事を本気だと言ってくれた。
それは本当に嬉しい事なんだけど、でもだからこそ気持ちが分からないってどういう意味なの?
「雪斗……分からないよ」
戸惑う私の言葉に、雪斗は見た事も無い様な切なそうな顔をした。
「美月がさっき言ってただろ? 好きだけど不安にもなるって。俺も同じだよ」
「え……」
心臓がドキリと跳ねる。
「美月は気付いて無いみたいだけど俺だって不安になるし嫉妬もする。美月との距離が近付く程、その気持ちが大きくなる」
雪斗の言葉が信じられなかった。
いつも強くて何でも出来る雪斗が不安だなんて。それも私の事で。
「出張から帰って来て、少しでも早く美月と会いたくて駅で待ってた。美月の隣にあいつの姿を見つけた時は嫉妬を抑えられなかった。だから美月にもキツイ事を言った」
あのときのことだ。たしかに雪斗の態度はいつもと違っていた。
「美月を他の男に渡すつもりは無いけど、あいつだけは特別だ。美月があいつの事でどれだけ苦しんだか知ってるから。どれだけ好きだったのか側で見てたから」
雪斗は真っ直ぐ私を見つめて言う。
初めて聞いた雪斗の弱さ。そして私への想い。
幸せと切なさでどうしようもなくなって、私は雪斗の首に腕を回した。
「…私はもう湊の事は何とも思ってないよ。私には雪斗だけだよ……他の人の事なんて考えられないし考えたくない」
「美月……」
背中に雪斗の強い腕が回る。
私が雪斗を不安にさせていたなんて。
雪斗の心が見たいと願っていたけど、今は私の心を見せられたらと思う。
私には雪斗だけ。心からの気持ちを伝えられたら。
「俺は情けないな」
雪斗は私を抱き締めたまま言う。
「そんなことないよ」
驚いたけれど情けないなんて思わない。
気持ちを話してくれた事が嬉しかった。
「美月……春陽とは本当に何も無いんだ」
「……うん」
二人の事は気にせずにはいられないけど、でも雪斗の気持ちを聞いて大分楽になった。
「春陽に未練が有るって事も誓って無い」
「うん」
「最初からあいつには気持ちは無かったんだ」
「え……」
最初から無かったって……どういう事?
だって好きだから結婚したんでしょ?
雪斗の腕の中から身を起す。
「春陽との事、美月にちゃんと話さなかったのは知られたくなかったからだ……けどこの先美月を苦しめたくない」
「雪斗……」
「……春陽とは昔からの知り合いだった」
一気に緊張感に包まれた。
雪斗が春陽さんとの過去を話し始めたんだって分かったから。