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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫だから。」

どんなにイライラすることがあっても、嫌なことがあっても、辛くても、苦しくても、恋をしても、自分の気持ちを押し殺してきた。

「目立たないように。目をつけられないように。嫌われないように。みんなに好かれるために。」

自分を偽るたびにこれでいいのか不安になったけど、自分にそう言い聞かせてきた。

だって、自分の好きなことをしたら目をつけられるから。そう思ってきた。

でも、高校3年生の春あなたに出会ったことで、ありのままの私で毎日を過ごせるようになったんだ。


見慣れない名前が書かれている病室の前に、私ー「天乃 琥珀」は来ている。人見知りの私からすると来たことがない場所で会ったことのない人に会うのは妙に緊張してしまう。緊張のせいか、冷え性のせいか、もう4月だというのに指先が冷たい。

コンコンコン、と病室のドアをノックする。返事はない。今はこの部屋には誰もいないのだろうか。

せっかく来たのに、ここで帰るのは気が引けたので中に入った。

先ほどノックをした時には返事はなかったが、暖かい日の光をカーテンで遮っている病室の中には青年がいた。

彼は私の存在に気づいて振り返った。彼は体の至る所に包帯が巻かれているのにも関わらず、私は思わず彼をじっと見つめてしまった。雪のように白い肌、整った鼻筋、少し赤みがかった茶色い目ーー。

彼を見つめ、ぼーっとしていると、何か気に触るようなことをしてしまったのだろうか。彼は顔を歪め、舌打ちして目を逸らした。

私はその態度に内心少し怯んでしまった。でも、一応声はかけておこうか。白石さんを怒らせてしまうし、先生や他のクラスメイトにも迷惑がかかる。

この男子の名前は何だっただろうか。

そうだ、ー「皐月 唯雅」。

「皐月くん…!」

少し怖いけど上手く笑えた。

「お前みたいな陰キャの相手するのだるいんだけど。」

声をかけると食い気味に皐月くんは言う。

「そっか〜…ごめんね!」

また白石さんに頼まれて、ここに来ることになる可能性は否めないので、「今日も」いつもニコニコしていて優しい私を演じる。

「早く帰れ。」

低い声で皐月くんは言う。

「う、うん!分かった。ここにクラスのみんなからの手紙、置いてくね!」

でもやはり人が怒っているのを見るのは怖い。

「本当は大してなんとも思ってないくせにニコニコすんなよ。気持ち悪い。」

唐突に言われはっとした。今まで取り繕っているのがバレたことはないのに。

「そんなこと、ないよ…?」

焦って咄嗟に発した言葉だったが彼には信じてもらえるだろうか。

本当はこの手紙を渡すのは頼まれたというより押し付けられたので、正直少し面倒だとは思ったが、私だって一応人の心はあるつもりだ。

全く心配してない?そんなわけない。少しくらいは私だって。

途端に怒りが湧いてきた。でもダメだ。ここで怒ってしまったら嫌われてしまう。もしかしたらもう嫌われているのかもしれないけれど。

「確かに初対面の人が来るのは嫌かもしれないけど、なんとも思ってないって決めつけられるとちょっと傷ついちゃうな〜」

取り繕うために微笑を浮かべながら私は言う。なんだか上手く笑えない。

「いいから早く帰れよ。」

今は皐月くんの言葉が鋭いナイフのようだ。

「わ、分かった!ごめんね!!」

私はそそくさと小走りで病室を出て行く。




私は、帰路に着くと、ふと中学生の頃を思い出してしまった。



私にとって校則というものは、自分の個性を否定されているように感じるものだった。きっと中学生になって、大人びた気になっていたのだろう。私は校則違反のメイクをして、胸の下まである髪を結ばず、茶色に染めていた。

いくら先生や親に怒られても、私は怖くなかった。私には「親友」ーー「琉華」がいたから。

「琥珀ー!マジで田中うざくない?」

「ほんっとそれな!?またスカートの丈で文句言われたんだけどー!!」

毎日、休み時間になるとトイレで教師の愚痴を言い合い、メイク直しをしていた。毎日がとても楽しかった。すごく、すごく楽しかった。中2の夏までは。


私は休日にとある先輩に呼び出された。

顔を赤らめた先輩に告げられた。

「琥珀ちゃんのことが好きです…!!付き合ってください!!」

これを「愛の告白」というのだろう。

「分かっていた」。だから、

「ごめんなさい。」

そう答えた。

でも、なんだか嫌な予感がした。なぜかって?それは、その先輩が琉華の「好きな人」だったから。


「おはよー!!!」

次の日の朝、教室に入るといつもとは明らかに違う空気が漂っていた。ヒソヒソ私の方を見て話す声。私を突き刺す冷ややかな視線。

「まさか…ね?」

自分に言い聞かせた。見られていなかったはず。だって休日だよ?きっと、気のせい。絶対、絶対絶対大丈夫。

でも、そんな私の考えは一瞬にして打ち砕かれた。

「琥珀。」

声を荒げた琉華に話しかけられた。

「あんた、これどういうつもり?」

校則違反のスマホを突きつけながら琉華は言った。その動画には私が告白された瞬間を映されていた。

「ご、ごめん!!でも断ったよ!?先輩のことは恋愛的には好きじゃないし!」

いつもの琉華なら許してくれる…はずだった。

「は?そんなんで許されると思ってんの?あんた、先輩とヤったんでしょ?」

嘘つかないでよ。

「は?そんなことしてないよ!!!」

琉華はスマホを親指でスワイプした。

「っ!?」

女の喘ぎ声が聞こえる。私と同じ制服。先輩の顔は見えているが、女は後ろ姿しか見えない。私と同じくらいの身長、髪の長さ、髪色。でも違う、確かに告白はされたけど、私はこんなことはしていない。

「だ、だからこんなことしてないってば!!」

咄嗟に見せられた光景は、中学生の私には刺激が強すぎて、少し噛みそうになってしまった。

その態度が挙動不審に見えたのだろう。

「せめてもう少し上手く誤魔化せるようになりなよ。」

琉華は、軽蔑するように笑いながら言った。

「ほんっとに最低!!」

私の頬に痛みが走った。

「中1の時からずっと!先輩のこと好きだったのに!!それなのにあんたは…!!!」

怒りに満ちた声と表情が彼女の先輩への本気さを表しているようで、胸が締め付けられる思いがした。

でも、私はやってない。

「ね、ねえ!私やってないよ!!確かに告白はされたけど…!こんなこと…!みんな変だと思わないの?だってさ!後ろ姿しか見えてないんだよ!?」

クラスメイトに呼びかけても、冷たい視線の数が増えるだけで、誰も私のことを助けてはくれなかった。

「…だって天乃、そういうことしてそうじゃん?」

とある男子が口を開いて、そう言った。

「校則破ってばっかりだしね。」

冷ややかな声で1人の女子が言った。

…は?私、そんなふうに思われてたの?嘘。何で?みんないつも「校則が面倒臭い」、「教師がウザい」って言ってるのに。

琉華だって校則破ってるのに。何で?ねえ、何で?どうして私だけなの…?

「私が全部悪いの…?」

感情が溢れて、自分の気持ちを言葉にしてしまったことに気付いたときにはもう遅かった。

「馬鹿じゃないの?そんなのあんたが全部悪いに決まってんじゃん。」

あの時の琉華の目は私のことを「友達」として見ている目ではなかった。

琉華があんな目をしていたことにものすごい恐怖を覚えた。その日の私は、ホームルームが終わるとすぐに誰とも話さず家に帰ってしまった。

ーーその日を境に、私が親友「白石 琉華」に「琥珀」と明るい声で呼ばれることはなくなった。


次の日、学校に行くのは本当に憂鬱だった。昨日は全然眠れなかったし、琉華や他のクラスメイト達の態度が怖かった。けれど、いつも喧嘩してもすぐに話しかけてくるような琉華のことだからきっと大丈夫、そう思っていた。思いたかった。

教室に入りいつも通り挨拶をした。でも、口を開いた琉華が言ったのはいつもと同じ挨拶の返事ではなかった。

「あんなことしといて何学校来てんのクソビッチ。」

嘲笑うように彼女は言った。

「言い過ぎだよ〜!」

「でも言えてる!」

楽しそうにクラスメイト達は琉華と一緒に私を嘲笑う。

「え?」

は?嘘でしょ。

怖くなった私はトイレの個室に駆け込んだ。

「大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫。」

自分に言い聞かせた。夏なのに、ストレスのせいだろうか。寒かった。いつの間にか涙も出てきた。胸が痛くて、張り裂けそうだ。

私は本当に何もしていない。あの先輩のことは別に好きでも何でもない。告白をされる以前にその先輩を狙うようなことをした覚えもない。体の関係を持つなんて、そんなことは絶対にしない。

「誰か…助けて…!!」


「ばーか!!!」

琉華の声がした瞬間、頭から大量の水が降ってきた。

「アハハハッ!!」

クラスメイトたちと琉華の笑う声がする。

「ほんとに馬鹿だよね〜。こんなところにいたらいじめも簡単にできることも分かんないなんて。」

馬鹿にするように琉華は言う。

「おい、なんとか言えよ!!」

彼女は私が入っている個室を足で蹴り飛ばした。

「嫌っ…!」

怖くて声が漏れてしまった。

「ビビリが。」

冷たく冷め切った彼女の声は、私の心さえも凍りつけるようだった。

「そんな…ひどいよ…。」


その日から毎日のように、季節が変わり下がっていく気温のように琉華やクラスメイト達の心は冷たくなっていくようで、人の心がないのかと疑うようなことをされるようになった。

鈍器で体は痣だらけ



次の日から私は、中学校を卒業するまで学校に行かなかった。

けれどせめて、琉華を傷付けてしまったならそれに報いたくて高校には入った。

目立ちたくなくて、茶髪も真っ黒に染め直し、髪の毛は肩につかないくらいのボブに切った。コンタクトもやめて眼鏡にした。

学校の門をくぐり、1番最初に視界に入ったのは校舎の壁に貼り付けられたクラス表。

私の名前を見つけ出席番号を確認しようとした瞬間、甲高い笑い声が聞こえた。誰かと思って振り返る。

「…琉華…。」

今なら、もしかしたら仲直りができるかもしれない。せめて、中学生の時のクラスメイトたちには許してもらえていなくても、琉華とは仲良くできたた。そんな淡い期待を胸に、思い切って琉華に話しかけた。

「琉華、ちゃん…‼︎中学の時は本当にごめん‼︎その…」

よければもう一回仲良くしてほしい、という私の言葉を放とうとした。

「誰この陰キャ。」

琉華は私の声を掻き消すように言った。

「わ、私だよ…‼︎」

諦めずに琉華に話しかける。もう中学の時の私とは違う。

「あぁ、天乃か。生きてたんだ。あんたってさ、メンタル弱そうだからもう死んでんのかと思った。」

冷え切った声で彼女はそう言う。

中学の時から、琉華は自分の気に入らない人は苗字で呼んでいる。

「私、許してもらえてないんだ…。」

無意識に口から出た言葉と同時に、涙がぽろぽろと目からこぼれ落ちる。

「泣き虫だな、お前。泣けば許されると思ってんの?本当に馬鹿なのは中学の時から変わらないんだな。」

琉華がそう吐き捨てると、琉華の友達たちは私を睨み舌打ちをした。ただただ怖かったし、絶望しかなかった。


それからは極力関わらないようにしているが、不運なことにクラスが同じなので時々めんどうなことを押し付けられたりする。でも私は、やっぱり琉華と中学の関係に戻りたい。いつまでこんな状況が続くのだろう。

そして、もう誰にもこんなふうには嫌われたくない。

…だから私は、毎日本当の「天乃琥珀」を押し殺す。


「渋谷〜、渋谷駅に到着です。お乗り換えは…」

急に電車のアナウンスで目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。たとえ数年振りでも、心を抉るような記憶。

家までの道を歩きながらもう一度琉華とのことを考えた。次第にズキズキと胸が痛み出した。この痛みに比例するように目と喉の奥が熱くなり、目から雫がこぼれ落ちる。その日はずっと、涙が止まらなかった。


「うーん…。」

いつの間にか、朝になっていた。どうやら知らぬ間に泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。

カレンダーを見ると、金曜日だった。

「今日行けば終わる…。」

いつも琉華のおかげでストレスが溜まりっぱなしなので、土日しか心を休められない。でも、今日学校に行けば休める。

昨日のこともあって、いつもより体が重い気がした。

でも、一度学校を休んでしまったらきっとプツンと何かが切れて、また学校には行けなくなってしまう気がした。

「そんなんじゃ、私は…。」

私は琉華とまた仲良くなりたい。前みたいに、ただくだらない話をして笑い合いたい。

そう強く願って、私は玄関のドアを開いた。

この作品はいかがでしたか?

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