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51 ◇胸の内
「まぁまぁ、眞奈も結構キツイこと言えるのね。
お母さんびっくりしちゃった」
「お母さんだって私たちが離婚する本当の理由を知った時には、悲しんだり
怒ったりしてたのに、どうしちゃったの?
ヤケに瑛士さんにやさしかったりしてぇ~。もう信じらんないっ!」
プンスカッ
「そう、怒らないで眞奈。
亀の甲より年の劫って言ってね、年寄には年寄りにしか思いつかない
考えとか生きていく上での知恵みたいなのがあってね、いろいろ物思うわけよっ。
ただ覚えていてほしいのは、いつだってあなたのことを想い、あなたの幸せを
願っていることだけは忘れないで!」
「分かってる……けど」
「今までお父さんや私があなたの嫌がることを無理強いしたことあった?」
「……ない」
「でしょ?」
「うん……」
「お母さんたちはあなたにアドバイスもしちゃあいけないのかしら?」
「ううん、そんなことないっ。
お母さんったらぁ、分かったわ。
お母さんから瑛士さんとのことでもしこの先アドバイスがあるなら、
ちゃんとひとつの意見として素直に聞くわ」
「なら、良かった。今日のことはお父さんにも話をして、夫婦で意見を
まとめて、それが具体的にまとめられたらあなたに話そうと思うの。
あなたはまだ若くて、人生は長い。
聞く耳があってうれしいわ」
夫に相談することは決めていたけど、果たして夫の意見が私と同じに
なるのか? そしてなったとして娘がそうそう簡単に受け入れられるのか、
いろいろ考えるとなかなかな元義息子の問題は難題だった。
それにしても夫の帰りをいまかいまかと待つあたり、そういえば
新婚の頃以来? あの頃以来? と、あまり思い出したくもないことまで
記憶が蘇ってきそうで、やっかい事がこんな形で私たち夫婦の元に
やってきたという感が否めない。
……というより、すでに娘が夫である瑛士さんの女性問題で離婚を決めた
と知った時、すでに私の身の内では小さな攪乱があったことは自覚している
けれど。
52 ◇母親からの意見
私は眞奈に言った通り、夫の帰りを待ちその夜瑛士さんの申し出のこと
について、相談した。
「眞奈はどう言ってるんだい?」
「もちろん、考えられない……200%考えられないって言ってるわ」
「200%か、瑛士くんもえらい嫌われたもんだな」
「しようがないわよ、それだけのことしたんだから」
「ってことは、君も反対なんだな?」
「逆、逆よ」
「……」
「眞奈と将大を守ってくれる蓮さんがいなくなった今となっては
瑛士さんのしでかした過去をあれこれ言うよりも、今の瑛士さんを見て
眞奈や将大を大切にしていくって言ってる言葉を信じて一度はやり直して
みてもいいんじゃないかと思ってるの。
私たちがいつまでもふたりのことを守っていけるわけじゃないのだし。
やり直して駄目だったらその時はね、止むなしね……別れるしかないと
思うけど。
今日ね、将大をそっと抱きしめて愛おしそうにずっと見てた瑛士さんを
見てね、そう思ったの。
いけないことをしてたのは確かだけど、眞奈に対して暴言を吐いたり
表だって蔑ろにしたことはなかったみたいだし。
女遊びがバレてからだってずっと眞奈に謝ってたわけだし。
あの人が基本、眞奈を好いてるのは確かだと思うのよ。
あれだけ眞奈に惚れてるんだから将大のこともきっと大事にしてくれそうな気がするのよ」
「私はてっきり君は反対するものだとばかり」
「だって、私がそうだったから……ですよ」
「すまないね」
「あなたとやり直して正解だったって、思ってるわ」
これは嘘偽りのない私の本心だった。
53 ◇小さな痛み
「私だってあなたの浮気だか本気だかの私の知らない顔を知った時には
絶対許さない、絶対別れるって思ったこともあったけれどもね。
だけど娘の、眞奈の幸せそうな子供時代を見てきて実感するわ。
あなたからの絶対心をいっぱい浴びて、たくさんの愛情に包まれて、
あなたからの200%の愛がそれはそれは眞奈の人生を輝かせてくれたと思うの。
私の父親は悪い父親ではなかったけれど、私が受け取った愛情なんて
眞奈があなたから受けた愛情なんかとは、比べ物にならないくらい
ちっぽけなものだった。
眞奈が羨ましいわぁ~。
私は人生でそんな溢れるほどの愛を誰からも受けたことはないもの。
娘が……娘の存在が眩しくてしかたない」
私はこの時、別段夫に当てつけたくて自分の本心を語ったわけではなく、
昔から胸に秘めていた悲しいほどの眞奈に対する想いみたいなもの、眞奈の
そのような愛情を受け取れる身の上を常々羨ましくも焦がれていたので
話してみたくなっただけなのだ。
あなたのお陰で、あなたのいっぱいの愛で眞奈は愛され上手な娘に
育っているわ。
瑛士さんは少し遊びが過ぎたと思うけど、一貫して眞奈を
愛しているし、蓮さんからも愛された娘。
あ~ぁ、なんて眩しいことまぶしいこと。
眞奈はちっとも自分で気づいてないけどいつだってキラキラしてるわ。
私にはあのキラキラが見えるもの。
◇ ◇ ◇ ◇
妻の言葉に私の胸にズキンと小さな痛みが走る。
初めて知った妻の胸の内、かもしれなかった。
私の娘への気持ちが200%と言う妻。
私からの妻への愛情は、果たして何%と思っているのか?
そして私の与える愛情は妻よりも娘への方が大きいのか?
今まで考えもしなかったことに直面した。
妻にそんな風な考えを植え付けてしまった一因は
自分にあるのかもしれない。
最初は父親から娘が受け取る愛情の差の話だった。
眞奈が俺からのたくさんの愛情を受けていることを喜んでいて
また羨ましいとも言った。
自分が父親から注がれた愛情はちっぽけだったと。
そしてそのあと、綾子は何て言った?
『私は人生でそんな溢れるほどの愛を誰からも
受けたことはないもの』
父親からだとか両親からだとか、ではなく誰からもと言ったじゃないか。
誰からも自分が望むほどの愛情を受けたことがないと彼女は言ったのだ。
誰からも、の中には明らかに自分が入っているのは必至なのだろう。
娘のことで相談されたのにいつの間にか、遠い昔の私たちの傷跡の
話になっていった。
今自分の目の前でやり直して良かったときっぱり断言する妻を前にして、
いつの間にか私の脳内は昔にタイムスリップしていき、妻の話し声を
遠くに聞いていた。
コメント
1件
うわ、今回の話めっちゃ深いわ…。母親サイドの視点で「やり直し」を肯定する流れになるとは思わなかった。特に自分が父親から十分な愛情もらえなかったからこそ、娘が溢れるほど愛されて育ってるのを「眩しい」って表現するところ、グッときた。夫への愛情パーセンテージの話で終わるラストも余韻がすごい。親の過去が今の選択に影響するの、リアルで刺さるわ🔥