テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#溺愛
屋敷の厨房に足を踏み入れた瞬間――ふわり、と甘い香りに包まれた。
「……いい香りね」
視線の先では、フローラが真剣な顔でテーブルに向かっていた。周囲を囲むのは、レオンが王室から派遣した腕利きの料理人たちである。
「お姉さま!」
私に気づいたフローラの表情が、ぱっと花が咲くように明るくなった。
「ちょうどよかったです。今、試作品が完成したんですっ」
差し出されたのは、ティーカップ。中には、乾燥させた小さなチューリップの花とハーブティーの茶葉が入っている。
「これにお湯を注ぐと――」
フローラがポットを傾ける。熱湯が触れた瞬間、茶褐色の蕾がほどけ、鮮やかなピンクの花びらがカップの中に広がっていった。
「……っ」
(綺麗……。これは単なる飲み物じゃないわ!一つの『物語』だわ!)
一口、口に含む。優しい甘みのあとに、鼻を抜けるのは花の香り。
「……いいわね。素晴らしいわ、フローラ」
私の言葉に、王室料理人たちが深く感服したように頷いた。
「フローラ様の『草花の知識』は実に素晴らしい」
「乾燥の加減を絶妙に留め、さらに数種類のハーブを合わせることで、ここまで奥深い香りを引き出すとは……。我々だけでは、到底辿り着けぬ境地ですな」
フローラが少し照れながら言った。
「ここに来た人が、“特別な時間だった”って思えるようにしたいんです」
その言葉に、私は深く頷いて言葉を返した。
「ただお茶を飲むだけじゃない。“花が開く瞬間を見る”ことも、価値になるわ……これこそが、記憶に残る一杯よ」
***
「次はこちらです!」
フローラが差し出したのは、お皿の上で輝く三層のケーキだった。
下層はバラのムース、中層は濃厚なミルクプリン、上層はチューリップの花びらを閉じ込めた透明なジュレ。
(……綺麗。スプーンを入れるのがもったいないくらいだわ)
一口食べると、ムースの甘みと花の香りが広がり、最後にチューリップの「シャキッ」とした食感が弾けた。
「……完璧ね」
「よかったですっ……!」
フローラがホッと胸をなでおろした。
「フローラ、これ……『見た瞬間に、誰かに見せたくなること』を計算して作ったでしょう?」
「えっ……! わかりますか?」
「見た瞬間の『ときめき』──つまりは映えね。お菓子にとって、これ以上の武器はないもの」
料理人たちもハッとして頷いた。
「なるほど……味だけでなく、見た目の『インパクト』を売りにするのですな」
「ええ。これはいけるわ。王都の令嬢たちが、こぞって列を作る看板メニューになるわよ!」
***
片付けを終えた厨房で、フローラが私の服の袖を、遠慮がちに、けれどぎゅっと掴んだ。
「お姉さま……一つ、お願いがあるんです」
「何かしら?」
「あの……頑張ったご褒美に、よしよしって抱きしめて、頭を撫でてほしいんです」
少し恥ずかしそうに視線を落とすフローラが愛おしかった。
「あら、そんなのお安い御用よ」
私はキッチンの隅で、彼女を包み込むように抱きしめた。
柔らかな髪を撫でると、フローラは安心したように私の胸に顔を埋める。
「……お姉さま。もう一つだけ、いいですか?」
「ええ、何でも言って」
フローラの指先が、さらに強く私の服を掴んだ。
「……さっきみたいに……レオン殿下と、あんまり仲良くしないでほしいですっ」
「……フローラ?」
「えっと……その……ほんのちょっとだけでいいので、私のこと、一番に優先してほしいんですっ」
私は彼女をもう一度強く抱きしめた。
「大丈夫よ、フローラ。あなたの代わりなんて、この世界のどこにもいないわ」
「……はい」
「私はいつも、あなたの頑張りを見てるわ。あなたの作るものは、誰にも真似できない宝物よ」
「……よかったです」
彼女は幸せそうに呟いた。
「お姉さまが、遠くに行ってしまうんじゃないかって……私、ちょっとだけ怖かったんです」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!