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――時間は夜、宿屋の外。
周囲はすでに暗くなり、小さいランタンの灯が頼りなく近くを照らすのみ。
広場まで出ても人通りはまるで無く、静まった空気が場を支配している。
「夜は結構涼しいですね。
でも、これくらいが気持ち良いのかな?」
屋内から出たときの解放感を味わいながら、ルークさんに話し掛けてみる。
「そうですね。
今は過ごしやすい季節ですし、夜の空気も良いものです」
「あはは、そうですね♪
……さて、あんまり遠くに行き過ぎてもアレですし……ここら辺で良いですか?」
「はい。
わざわざお時間を頂きまして、ありがとうございます」
ルークさんは微笑みながら、丁寧にお礼をしてくれた。
「いえいえ。
それで、さっきの話ですけど……ルークさんは、これからどこに向かうんですか?」
「それは――
……いえ、その前に、最初からお話をさせて頂けますか?」
「あ、はい。どうぞ?」
神妙な顔をするルークさん。
かなり緊張しているのか、腰に下げた剣の鞘をぎゅっと握りしめている。
鎧を身に付けていなくても、剣は普段も持ち歩いているようだ。
……まぁ、この世界では魔物が普通にいるし、治安も悪い部分があるからね。
「アイナ様は、私と初めて会ったときのことを覚えていますか?」
「もちろん覚えていますよ。
この世界――いえ、この国に来て初めて話した人ですし」
「え? そうなんですか?」
ルークさんは、きょとんとしてしまった。
考えてみればそれは当然で、辺境都市クレントスにはそもそも航路が無い。
陸路でそれなりの距離を移動する必要があるので、誰とも話さないで辿り着くのは考えにくい話なのだ。
「あ、あの……。
そうじゃなくて、ちょっと違ってですね……」
「ああ、大丈夫です。
アイナ様は不思議な方ですし、きっと本当のことなんでしょう。
それに、私がお話したいのはそこではないですから」
「そ、そうですか?
それでは続きをお願いします」
「はい。初めて会ったとき、私はクレントスの東門で守衛をしていました。
アイナ様に身分証を求めると、プラチナカードを提示して頂きましたね」
……そうだね。
そのときはどんなものか分からなかったけど、その後にとんでもないアイテムだって判明したんだよね……。
「私も生まれて初めて見たものですから、おかしな対応をしてしまったかもしれません。
ははは、その節は失礼しました」
「いえいえ、まったくそんな感じはしませんでしたよ!」
「そうですか? ありがとうございます。
それで、次にお会いしたのが……アイナ様が早朝に、怪我をして――
……いや、そのときはもう治っていたんですよね」
はいはい、ヴィクトリアの従魔に襲われた次の日の朝ね。
全身をボロボロの状態にされて……あれはもう、完全にトラウマだよ。
「酷い目に遭いましたよ、本当に」
目のやり場に困り、空の月を眺める私。
……月といえば、この世界の月は青み掛かっていてとても綺麗だ。
こういうところでも、ここが異世界だということを突き付けられてしまう。
「本当に心配で……何でこんな女の子が、お優しそうな方が……。
どうして、こんな酷い目に遭わなければいけないのかと……私なりに、ショックを受けてしまいました」
ふむー。
ごめんね、申し訳ないことです……。
「それ以降、ずっと気に掛かっていたのですが――
……ちょっとした|伝手《つて》で、アイナ様が落ち込んでいることを知りまして。
それで、気分転換のために外へお誘いしようとしたんです」
ああ、ルイサさんの足を治して、英雄シルヴェスターの雄姿を見に行ったあの日だね。
急に誘ってくれるから不思議に思っていたけど、そんな経緯があったのか。
「それじゃ、本当にデートのお誘いではなかったんですね♪」
「も、もちろんです!
私なんぞがアイナ様をお誘い出来るわけがありません……!」
あーもう、また出たよ、プラチナカード効果!!
「それで、少し話が変わるのですが……。
ルイサさんは足を悪くして、10年くらい前はとても塞ぎ込んでいたんです。
おじちゃん……いえ、旦那さんを亡くした直後でもありましたし。
私もまだ子供でしたが、あの塞ぎ込み様はすごくて……今でも忘れることが出来ません」
……ルイサさん、そんな時代があったんだ。
とても明るい人に見えたけど、つらい時間を乗り越えてきたんだね。
「でもあの日、アイナ様はルイサさんとアイーシャさんの足を治したんです。
本音を言えば、私も信じられなかったのですが――
……ルイサさんの様子と、実際にアイーシャさんの治るところを目にしてしまったわけで……」
「私が偶然、治せる技術を持っていただけですよ。
きっと、巡り合わせが良かったんでしょうね」
「いやいや!
簡単に仰いますが、それだけでは済まない話で――」
ルークさんは少し興奮するが、すぐに冷静になって言葉を続ける。
「……そうですね。いや、そういうところも、なんです。
本当にすごいことをしているのに、誰かを救っているのに、それを何ともないように言ってのける……。
とても、とても素晴らしいことだと思います」
うーん……。
実際のところ、もらいものの能力で出来ちゃっただけだから、あんまり実感が無いんだよね……。
こんなに尊敬してもらっているところ、大変に申し訳ないんだけど。
「――長々と話をしましたが、ここからが本題です」
「え? あ、はい」
ルークさんは私を真正面に捉えて、真面目な顔で鞘から剣をスラリと抜いた。
「へ……?」
突然見せられた鈍く光る刃を前に、私は変な声を出してしまう。
しかしルークさんはそのまま跪き、剣を私に両手で差し出してきた。
「……貴女を、心より尊敬申し上げます。
どうか私に、貴女を護る誓いを立てさせてください――」
……え?
えええええ!? と、突然、何ですか!!!!?
「ちょちょちょ、ちょっと待って!
急にそんな話は――」
「……ダメでしょうか?」
「いや、ほら、ダメっていうか――」
これってもう、ある意味では愛の告白とかより重いよね?
だからちょっと、すぐに軽率な返事は出来ないわけで……!!
「その誓いって……いつまで有効なんですか?」
「もちろん一生、生涯を賭してお護りいたします」
「一生? 私の? ルークさんの?」
「アイナ様より先に私が死ぬことはありません。ご安心ください」
「その……言い難いんですけど。
私、不老不死だから……先に死なないですよ?」
「……え?」
予想外の言葉だったのか、跪いたルークさんはきょとんと私を仰ぎ見た。
「えっと……鑑定のウィンドウを出しますね。えいっ」
私は自分のステータスを宙に映し出す。
もちろん、要所要所は良い感じで隠しながら。
「これです。ほら、見えますか?
レアスキルの『不老不死』」
ルークさんはそれを、しばらく呆然と眺めていたが――
「……ははは、アイナ様は本当に規格外の方だ。
いや、もう何があっても驚きませんよ!」
そう笑いながら、力強く言うルークさん。
そして再び頭を垂れて、言葉を続ける。
「貴女が不老不死であろうと関係ありません。
私が生涯、貴女をお護りいたします」
……うぅ、決意は固いようだ。
それに、彼の方から諦めるということは絶対に無いだろう。
こんなにも信頼してくれる人がいるのは嬉しいし、何よりも心強い……とは思う。
知り合って間もないけど、ルークさんが良い人なのは知っているし――
……ただ、今回追い掛けてきたのはさすがに想定外だったけど。
最大限に好意的な解釈をすると、英雄シルヴェスターを目にしたのも大きかったのだろう。
同時期に私とも出会って、今までの価値観が大きく変わり、若さゆえの暴走を引き起こしてしまった……という感じか。
とはいえ、仮にそうだったとしても――
……ルークさんの決意には、私も心を動かされてしまう。
「えっと……これっていわゆる、騎士の『誓いの儀式』ですよね?
私、そういったことは詳しく知らないんですけど……」
「剣を取り、私の肩に刃を乗せ、宣誓の言葉を頂ければ幸いです」
「宣誓の言葉なんて、何も知りませんよ?」
「心に浮かんだもので大丈夫です。
厳密で正しいとされるものより、アイナ様のお言葉をそのまま頂ければ」
……うーん、そんなものなのか……。
少し厨二病っぽい感じにしたくもあるけど、噛んだら恥ずかしいし、シンプルな感じで良い……の、かな?
でも、せめてフルネームは入れたいな。
ルークさんのフルネームは――
……えい、かんてーっ!
『ルーク・ノヴァス・スプリングフィールド』……ね。
さりげに格好の良い名前だなぁ……。
私はルークさんの手から剣を取り、その重さに驚きながら、少し持ち替えてルークさんの肩に刃を乗せた。
緊張で声が出るかは不安だったけど、咳払いを一回したら大丈夫そうだった。
それでは――
「ルーク・ノヴァス・スプリングフィールド。
私を生涯、護り抜くことを誓いなさい」
「我が生涯を賭して、神々の名と、アイナ様の名において、ここに誓います」
……突然始まった厳粛な儀式は、ただのふたことで、慎ましく完結したのだった。