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健太もマチコと同様、居候の身分だ。ただ、マチコの方には「正式に」という言葉がつき、帰国日という「期限」があり、丘の上に住まいがある点が違う。
たまにやってくる対向車がぎりぎりにすれ違う坂道で、健太はハンドルを左に切り、続いて右に切った。騒がしいエンジン音が気にならなくなった頃、ヘッドライトの先にコンクリートの小さな階段が浮かんだ。ショートヘア、濃紺ジャージ姿のミエがその前に立っている。表情までは見えない。健太はハンドルを最後に切った際、上になった左腕の時計に目がいった。先端に夜行塗料が青白く光る針が、暗い車内で夜十時半頃を指している。彼はキーを廻してエンジンを止めた。
「たぶん、怒ってるよ」助手席のマチコは、そう言い残して車の外へ出た。
「あんた、こんな時間まで」ミエが車の前に立つマチコに駆け寄ってくるのを健太は見ている。マチコは「ごめん……」と声を詰まらせている。マチコを抱きしめたミエはこちらを睨みつける……かと思ったが、意外な肩透かしだった。
今日のミエは機嫌さえよく見えた。いや、最近のミエは妙に健太に優しい。
「いつもこのコ、かまってくれてどうもね」
健太が車から降りると、ミエは自分よりも背の高いマチコの脳天を押さえ、ペコリと頭を下げさせた。彼は手のひらを胸の前で左右に振った。
ミエは「せっかくだからちょっと待って」と言ったきり、階段を駆け上って建物の中へと消えた。健太は車のボンネットを挟んで向かいのマチコの顔を見て、どうしたんだろねと言った。マチコは一瞬こちらに目を合わせたあと、階段上の玄関に顔を向けた。白い戸がガタンと鳴ると、ミエは茶色いカバーのついたフィルム式カメラを持って階段を降りてきた。
「一緒に写真取ろ」とミエが言った。
「今?」健太は目を丸くしたが、ミエに革ジャンの袖を引っ張られるままに、車のマチコのいる側に移動させられた。
「ほら、どうせならあんたも」ミエはマチコの腕を引っ張ると、健太の隣に押し出した。そして階段の手すりにカメラを持っていき、ファインダーを覗いている。
「いい? 行くよぉっ」ミエのマニキュアの剥がれかけた人差し指がシャッターを押すと、カメラの角に赤い光が点滅した。自動シャッターが作動したようだ。ミエはマチコの向こう側へ走ってくる。ミエがマチコに体当たりしたとき、マチコの体が健太へ傾き、彼の腕にマチコの胸のふくらみがわずかに触れた。