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名無しのヒーロー

56 - 第58話 エッチだし、エロだよ!(心の叫び)

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2024年02月27日

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早めのトイレ休憩を挟みながら車は順調に地元の市大病院に到着。

地元の見慣れた景色を眺めているだけでもホッとする。

車イスを押されて病室に入いると、そこは個室だった。小田原の病院で個室だったのは事故に遭ったばかりだったし、何となく納得していたのだけれど、回復してきた今でも個室だなんて……。


私は目を丸くしながら将嗣に言った。

「贅沢じゃない?」

重傷でもないのに個室だなんて、幾らするんだろう?


「良いんだよ。差額は俺が持つから、相部屋だと美優がゆくっり出来ないだろ?」


確かに乳幼児を連れてのお見舞いは、相部屋では気を使う。

将嗣の思いやりにほっこりして、素直に感謝の言葉が出てきた。


「うん、ありがとう。助かる」


言葉を紡ぐと頭をクシャっと撫でられる。


「俺も美優や夏希の事が大事なんだよ」

ぽそりと呟かれた。


嬉しいような、困ったような、何とも言えない気持ちになった。


コンコンとノックが聞こえる。

将嗣との気まずい空気を断ち切るような訪問者に感謝をしつつ返事をした。


「はーい、どうぞ」



「こんにちは」

朝倉先生のイケボが聞こえた。


「こんにちは、朝倉さん。明日まで美優の当番なので、今日は美優を連れて帰りますね。お先に……。夏希、今日は、早めに美優ちゃんを休ませるから明日、また来るよ」

将嗣は、ひらひらと手を振り美優を連れてドアの外へ歩いて行く。


「えっ? もう?」

と言った声は、将嗣に届いていなかったようで、あっという間にいなくなってしまった。何もそんなに急いで帰らなくてもいいのに……。


視線を朝倉先生に戻すと朝倉先生は、お見舞いには派手ともいえる赤いバラの花束を抱えていた。

相変わらずのイケメンさんはバラの花束がよく似合うなぁ。と見惚れているとイケボが聞こえる。


「夏希さん、移動して来て疲れたんじゃないですか? 体調は、大丈夫ですか?」


「ひゃい」


思考を引き戻されてビックリしてヘンな声が出た。

朝倉先生は、クスッと笑い目が細くなる。

恥ずかしくって、伺うように朝倉先生を見ると視線が絡み、優しい瞳に私が写っていた。


不意に何かを思い出したのか、その表情が陰る。


朝倉先生は、私の頬に手を添えて、今にも泣きそうな表情をしていた。

きっと、小田原の病院に駆けつけて私の顔を見るまで、たくさん心配してくれたんだろう。前の奥さんの事も思い出して、最悪のパターンも想像したのかも知れない。

私は、朝倉先生の顔に手を両手を伸ばした。右手は、点滴が漏れた痕がまだ残っているし、左手は裂傷のため包帯が巻かれたままだけど、指先は血が通っていて温かい。少しでも体温を伝えたくて朝倉先生の頬を包んだ。



視線が絡んだまま、お互いがお互いの瞳の中に留まった。

どんな|時間《とき》もお互いがお互いを必要としている事を伝えたくて、ただ見つめた。

ゆっくりと朝倉先生の口が動き、紡がれた言葉。


「夏希さん……。私と結婚してください」


私は、緊張しながら朝倉先生の顔を自分の方へ引き寄せキスをした。

唇を少し離し

「はい、よろしくお願いします」

と、囁くと今度は翔也さんからキスを返された。


唇を合わせるキスから 唇を味わうようなキス。そして、唇を割り込んで深いキスに変わった。

「んっ、、」

息が苦しくなるほどお互いがお互いを味わって、呼吸のため少し離れると寂しくなって、もう一度キスをした。


「本当は、美優ちゃんの誕生日にプロポーズをしようと思っていたのですが、小田原の病院で早く入籍しましょうと何回か、言いかけてしまって……」


言われてみると何かを言い掛けていた事が何回かあった気がする。


「夫婦になれば、お互いに何かあった時に一番最初に連絡が来ます。もう、今回のように|人伝《ひとづて》に、事故の知らせを聞くような事は無くなります」


朝倉先生の気持ちが嬉しくて、たくさん心配掛けた事が申し訳無くて、イロイロな気持ちが入交じり、胸がいっぱいで涙が溢れた。


「夏希さん……」


朝倉先生は、私の涙を拭うと左手を取り、薬指に指輪をはめた。

ピンクダイヤモンドがメインのデザインで、横に同じ色の小さいピンクダイヤが寄り添っている。


大小のピンクダイヤモンドが二つ寄り添っているその指輪は、まるで美優と私のようで、朝倉先生の顔を見ると「そうだよ」と言っているように頷いた。

指輪のハマった左手を右手で支えながら目の高さに持ち上げ、マジマジと眺めていると、徐々に実感が湧いてきた。

「翔也さん、ありがとうございます」


「出来れば、素敵なレストランでプロポーズをしたかったのですが……。入籍を美優ちゃんの誕生日にしようかと思って早めてしまいました。これで、美優ちゃんには両親が揃った家庭が出来ます。誰が何を言っても夏希さんから美優ちゃんを取り上げるような真似はさせません」


朝倉先生の気持ちが温かくて、こんなに大事に思ってもらえるなんて、言葉にならない想いが胸の奥から溢れて、せっかく治まった涙が、はらはらと頬を伝わる。


「ありがと……う……ございます」


将嗣のお母さんに親権を取り上げる話をされた時にパニックになった私が、助けを求めたら仕事で忙しいのに戻って来てくれた朝倉先生。

その後もきっと、今後のために色々考えてくれて私と美優のためにプロポーズをしてくれたんだ。


「夏希さん、前にも言いましたが、私は美優ちゃんが産まれた時から一緒にいるんです。美優ちゃんは、我が子同然ですよ」


朝倉先生が優しく微笑んだ。全てを包み込むような優しい微笑み。


その笑顔がとても好きだな。と思った。



左手の薬指に嵌った指輪と花瓶に飾られたチェストの上のバラの花束。

市民病院の白い病室が一気に華やいで幸せな気持ちになった。


「あの、指輪がピッタリで……。良くサイズがわかりましたね」


「ピッタリで良かった。先日、夏希さんの左手を触った時に確認したんですよ」


「んっ⁉」


そう言えば、小田原の病院でなんだかいやらしい触り方をされた……。

えーっ! あんな触り方をしながら密かに指輪のサイズを確認していたなんて!?

ホントは、タラシ? 手練れ?


「翔也さんのエッチ!」


あっかんべー! っと、舌を出した。


すると、翔也さんは、私の左手を手に取りサワサワと撫でたり指を絡めたり……。あの時、みたいに触られて、ドキドキし始めた。


私の動揺をよそに、翔也さんは、私の左手を持ち上げて自分の口元に運び、手の甲にキスを落とし、私の方をチラリと艶を含んだ視線を送る。


イケメンのお色気攻撃ズルイ。


絶対に顔が赤くなっているはずだ。自分で火照っているのがわかる。からかわれているのに手を引く事も出来なくて、艶の含んだ視線を外せない。


翔也さんは、にっこりと微笑むとペロリと私の指先を舐めて、指を口に含み舌先で嬲り出した。

その様子が、病室中で酷く背徳的で淫猥な感じがする。


指先を舐められただけなのに背中までゾクゾクと甘い電気が走る。

「ご、ごめんなさい。降参です」


「んっ? 私は、エッチと認定されましたからね」


朝倉先生は、クククッと笑う。


” もう、本当にエッチだし、エロだよ! ” と、言いたいけれど危険なので言わないでおいた。

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