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空が白み始める頃、私達は座れるほどの大きな石に二人で座り、光るのをやめ羽を休ませているホタルを眺めていた。
「最近ね。地元の友達から同窓会の誘いや、結婚式に参列してくれないかと連絡が来るの」
「行ったら良いだろ?」
軽く返してくれる言葉にどこか救われるけど、私は首を横に振っていた。
「変わってしまった私を見てもらいたくないの。……それに、私はまだ人が怖い。友達なのにね。子供の頃から一緒だったのに、そんな思いで疎遠にしてしまう。だから私は、一人で生きていくと決めていたの」
それなのに友達から聞く結婚報告は羨ましくて、それに対して私は彼氏どころか友達すらいない。
悪夢に魘されて目を覚ましても、私には誰もいない。
この季節に震えても、誰も私を抱き締めてくれない。
だから、私は。
「あの日をやり直せたらと思って、マッチングアプリを見たけど、やっぱり怖くて。そんな時に、『一夜の恋人』のサイトを見つけたの」
「俺を選んだのは、ノミと正反対の男にしたかったからか? そいつ、口先だけは調子良さそうだからなー」
「ノミって……。まあ、そうだね。優しそうな人はね……」
何を考えているか分からないような気がして、怖いんだよね。
「無理に笑わなくて良いし」
「……うん」
優しさって、なんだろう?
先輩は私をサークルに馴染めるようにと、サークル活動である写真撮影をしていても、手を引いてカラオケや飲み会に連れて行ってくれた。
一見するとそれは優しさだけど、正直私は一人で撮影する方が好きだったし。飲み会の席で田舎臭い名前だと笑われてから欠席にしていたのに、先輩に連れて行かれたかと思えば横に居てくれるわけでもなく放置されていた。
昼食時学食で一人だったのに先輩はゼミの人達と一緒で、たまたま目が合っても逸らしてきた。
一緒に居ることは無理でも、小さく手を振ってくれても良かったんじゃない?
ああ、そっか。私は。
「……先輩にとって、都合の良い存在だったんだ……」
本心では分かっていたことを、ようやく受け入れられた。
先輩は優しい人じゃない、ただ優しさの押し付けをする人だった。
私は一人で撮影したいと言っているのに、無理にサークルメンバーと馴染ませようとしてきた。その割には取り持つことはしなくて、私が困っているのに全然分かっていなかった。ううん、分かろうともしていなかった。……押し付けの優しさだったから。私の気持ちなんて。
……この人はどうなんだろう?
こっちの都合なんてお構いなしで、口調も強くて、強引。口が悪い分、むしろ先輩より怖いイメージがある。
だけど彼は、相手のことを考えて動いている。
本当の優しさは、彼みたいに行動で示してくれることではないだろうか。
二十歳の時に気付けば良かった。
戻れない過去に、私は頭を彼の肩に預ける。
「あのさ……」
「あ?」
「私のような女性が、あなたの元に来ると言ってたよね? その時は、どうしているの? ノミがどうとか言ってるの?」
「当たり前だろ? 持論なんだよ。まずは話を聞く。誰にも話せなかったことを打ち明けたことにより、過去と決別出来たと帰って行くのが大半だな」
「……それって、施術を希望したらどうするの?」
「まあ、それが俺の仕事だからな。記憶を上書きして、前を向いて生きてくれたらそれで良いんだよ」
彼の遠くの空を眺めながら微笑む姿に、胸がどんどんと締め付けられていく。
彼はセラピスト。私だって、施術を受けていたじゃない?
それなのにどうしてこんなに痛いの? 苦しいの?
身を焦がすような熱い想いを、私はただ否定する。
好きになってはいけない、本気になっても未来はないと。
空を見上げれば東雲色に染まっていて、ホタルは草むらへと消えていった。
「じゃあ、そろそろ行くか?」
その言葉にポケットからスマホを取り出して眺めると、時刻は四時二十分。
そうだ。夜が明ければ、この約束は終わる。
だって彼は、「一夜の恋人」なんだから。
好きになってはいけない。本気になっても、未来はない。だって彼は、セラピストなんだから。
私より遠ざかっていく背中。待って。行かないで。私は……。
自制心と感情は相反していて、気付けば彼の元に駆け寄り、後ろからその温かな背中を抱き締めていた。
「……延長、出来たよね? お願い。あなたの時間が欲しいの……」
好きなんて言ってはいけない。
愛が欲しいなんて、もっと言ってはいけない。
ただ、思い出が欲しい。
それだけが、私の許された願いだった。
私の手を振り払うように体を離したかと思えば、正面から強く包み込んでくれる両腕。輝く星のような瞳に吸い込まれてしまった私は近付いてくる唇に、もう争うことはなかった。