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草原を横断するような道を歩いていくと、辺境都市クレントスの大きな門に辿り着いた。
大きな門とは言っても人通りはまばらだ。
街の大きさ的に考えれば、きっと他にも門はあるのだろう。
「ようこそ、辺境都市クレントスへ。身分証の提示をお願いします」
門を通り抜けようとすると、優しそうな騎士の青年が声を掛けてきた。
元の世界では騎士になんて会ったことが無いから、この会話すらも新鮮な経験だ。
「こんにちは、身分証……ですね」
思わず口に出しながら、無意識に腰の鞄に手を伸ばす。
そう言えば身分証みたいなカードが鞄の中に入っていた……よね?
鞄の中をまさぐってから、1枚のカードを静かに取り出す。
手にしたのは免許証くらいの大きさの、白金色の綺麗なカード。
右上には小さな青い石が埋め込まれており、私には慣れない、高貴な雰囲気を漂わせている。
……これって、身分証だよね?
表面には神様からもらった名前の『アイナ・バートランド・クリスティア』が書かれてあるし。
「えっと……これで、大丈夫ですか?」
心配しながら、カードを恐る恐る騎士に見せてみる。
「うん? えっと……このカードは――……お、おい?」
騎士は他の騎士を呼んで、少し遠くで何やら話し始めてしまった。
しかししばらくすると、心なしか緊張した面持ちで戻ってくる。
「大変失礼いたしました! カードをお返しいたします!
まったく問題ありません! 良いご滞在を!!」
騎士はカードを仰々しいほどに丁寧に返してくれて、私を街中へと促した。
その様子が何だかおかしく思えてしまったので、私もついつい満面の笑みを浮かべてしまう。
「ありがとうございます。騎士様も、良い一日を」
挨拶をしてから、促された通りに街中へと進む。
……何だよ、『騎士様も、良い一日を』って! どこかのご令嬢かよ!!
そんなツッコミを激しく自分にしていたのは、他の誰にも内緒である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――さて、まずは宿を探そう。
何せこの世界は、元の世界よりもファンタジーな感じに満ち溢れている。
つまり、元の世界よりも恐らくは不便なのだ。
夜になっても宿が取れていない……というのは、さすがに初日からは避けたいところである。
「とはいっても、土地勘も常識もまったく分からないからなぁ……」
そう呟きながらのんびり街中を歩いていると、大きな声で楽しそうに遊ぶ男の子と女の子を見つけた。
どこの世界でも子供は純真なものだ。ちょっと話を聞いてみようかな?
「キミたち、ちょっと良いかなー?」
「え? なぁに、おねーちゃん」
「なんですかー?」
可愛い! どこの世界でも子供はやっぱり可愛い! これはもう真理だね!
子供たちの前まで近寄って、しゃがんで目の高さを合わせてから話し始める。
「こんにちは。お姉さんね、この街に初めて来たんだけど、泊まるところを探しているの。
どこか泊めてくれるところ、知らないかなー」
「お泊りするのー?」
「それだったら、この先にルイサおばちゃんの宿屋があるよ!」
お、あっさり見つかりそう?
とりあえず行ってみて、良さげだったら今日はそこに決めてしまおうかな。
「本当に?
遊んでるところごめんなさいなんだけど、案内してくれるかな?」
「ロナちゃん、いーい?」
「うん! おねーさん、こっちです!」
ロナちゃんが私の手を握って引っ張り始める。
か、可愛い……!
負けじと男の子も、残った私の手を握ってくる。
くぅ、こっちも可愛い……!
「ぼくの名前はアーサーだよ! よろしくね!」
元気に自己紹介するアーサー君。
アーサー……と言えば、元の世界には有名な物語があったよね。
うん、実に勇ましい名前だ。
「……おねーちゃん、どうしたの?
ぼくの名前、おかしかった?」
気が付けば、心配そうに私の顔を覗き込んでくるアーサー君。
あれ、そんな変な顔しちゃってたかな……。
「あ、ごめんね!
お姉さんの住んでいたところにね、『アーサー王伝説』っていうのがあって。かっこいい名前だなって思ってたの」
「え! それ本当? ぼく、王様と同じ名前なの!?」
「そうそう、だから驚いちゃったの。ごめんね」
「よかったね、アーサー! 冒険者になるのが夢だもんね!」
「うん! ぼく、絶対に強くなるから!」
おお、冒険者というのも存在するのか。やっぱり魔物とかもいるのかな?
……私は魔物と戦うのなんて、絶対に嫌だけど。
「おねーさん! ここがルイサおばちゃんの宿屋です!」
ふむふむ、これが宿屋か。
入口にあるシンボリックな看板は、きっと宿屋を意味しているのだろう。
「教えてくれてありがとう!
それじゃ、ここでお別れ――」
「ルイサおばちゃん、こんにちはー!!」
別れの挨拶をしようとすると、アーサー君はそれを気にせず宿屋の中に挨拶をした。
タイミングを逃した私は、そのままアーサー君に連れていかれることになってしまったのだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おや、アーサーじゃないか。
うん? こちらの方は、知り合いかい?」
中に入ると、ふくよかな40歳ほどの女性が応対をしてくれた。
「宿屋を探していたのですが……、アーサー君に案内してもらいまして」
「そうかい。アーサー、ありがとね。
それじゃおばちゃん、このお姉さんの案内をするからね」
「うん、よろしくね! おねーちゃん、ばいばーい!」
「おねーさん、ごゆっくりです!」
アーサー君とロナちゃんはそう言い残して、元気よく去っていった。
……子供ならではの、あの元気さ。
いつになっても、見ていて清々しいものだ。
「改めて、いらっしゃいませ。
それで、本当にうちで良いのかい? アーサーたちがあんな調子だと、断り難かっただろう?」
ルイサさんは少し困った感じで微笑んだ。
「いえいえ!
特に問題なければ、このままお世話になろうかと」
「そうかい?
うちは普通の部屋で銀貨7枚、良い部屋で金貨1枚だよ。
普通の部屋の方で良いかい?」
……!
そういえばここは宿屋。もちろん対価……つまり、お金が必要となるわけだ。
「すいません、ちょっと待ってください」
そう言いながら、慌ててお財布の中身を確かめてみる。
そこには初めて見る硬貨が何種類か入っていた。
金色、銀色、銅色……。金貨というからには、絶対に金色の硬貨のことだろう。
ちなみにそれは、20枚ほど入っていた。
「普通の部屋と良い部屋って、結構違いますか?」
「そうだね、良い部屋は貴族様を迎えるときによく使うんだよ。
広さは少し物足りないけど、置いているものは良いものばかりだからね。
あとはお風呂付きだから、一人で安心して入ることが出来るよ」
……お風呂!
元の世界では日本人は普通に湯船に入るけど、外国人はあんまり入らないんだよね。
それなのに、まさかの異世界にお風呂があるなんて!
「では、良い部屋でお願いします!」
「金貨1枚だけど大丈夫かい?
それじゃここに名前を書いてもらって……あと、冒険者カードかギルドカードを見せてもらえるかい?」
冒険者カードかギルドカード――
……街門で見せたカードでも大丈夫かな?
「このカードでも大丈夫ですか?」
「うん……?
お……、プラチナカードなんてずいぶん久し振りに見るね……。
それじゃ、良い部屋の方を選ぶわけだ……」
何かを感心するように呟いてから、ルイサさんはカードを丁寧に返してくれた。
……プラチナカード?
このカード、何か特別なのかな?
「それじゃ、案内を呼ぶから待ってておくれ」
そう言うとルイサさんは、足を引きずるようにしてカウンターの奥に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……案内されたのは二階の奥の、立派なお部屋。
いわゆるホテルのスイートルーム……みたいな感じではあるけど、さすがに元の世界のテレビで見たようなものよりは数段落ちる。
「そもそも文明レベルが違うしね……。
でも、お風呂があるのはありがたいや」
この部屋は、1日あたり金貨1枚。
金貨は20枚あったから、単純計算だと20泊出来る……のだが、こんなところで全財産を食い潰しても仕方が無い。
とりあえず2、3日くらいはここに泊まって、その間に今後のことを決めることにしよう。
「……そうとなれば、もう少し街を散策してみようかな。
まだ夕方にもなっていないし」
陽の高さからして、今は13時といったところだ。
適当に街に繰り出してみて、お昼ごはんでも食べることにしよう。