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節分の朝。教室に入った瞬間、いつもと違う空気に琥珀は気づいた。
「ねえ琥珀!今日、節分だよ!豆まきあるよね!」「鬼役どうする?ジャンケンかな!」
莉子と優香が朝からテンション高く騒いでいる。机の上には小袋の豆、黒板には「節分」の文字。
「そんなに盛り上がることかな……」琥珀は苦笑しながらも、胸の奥が少しだけそわそわしていた。
理由は、ひとつ。窓際の席で、蒼真が友達と話しながら笑っている。その横顔を見るだけで、心臓がきゅっと音を立てる。
(今日も、普通に話せるかな……)
「琥珀、鬼役やりなよ!」突然、優香が言い出す。
「えっ!?やらないよ!」「でも絶対似合うって〜!」「ちょっと、やめてよ……」
顔が熱くなって俯いた、その瞬間。
「琥珀」低くて優しい声。顔を上げると、蒼真がすぐ近くに立っていた。「鬼、無理しなくていいよ」
そう言って、ふっと微笑む。
「……蒼真」名前を呼ぶだけで、胸が跳ねる。
「じゃあ俺がやる」蒼真はさらっと言った。「え?」「蒼真、マジ!?」「絶対似合うじゃん!」
教室が一気に沸く中、蒼真は琥珀を見て言った。
「逃げる側の方が、楽しいだろ?」その一言が、ずるい。琥珀は小さく頷くしかなかった。
豆まきが始まり、蒼真は鬼の面をつけて教室に戻ってくる。
「きゃー!」「鬼は外ー!」笑い声と豆が飛び交う中でも、琥珀の視線は自然と蒼真を追ってしまう。
鬼の格好なのに、怖くない。むしろ、目が合うたびに優しく笑うから。(こっち見ないで……)
そう思った瞬間、蒼真が一歩近づいた。
「わっ……!」
慌てて後ろに下がった琥珀の足元に、豆。
つるっ。
「きゃっ——!」
体が前に傾いた、その瞬間。
強い腕が、しっかりと支えた。
「……危ない」蒼真の胸に、すっぽり収まる形になる。近すぎて、息がかかる距離。
(え……近……)
心臓が、今までで一番うるさい。
「だ、大丈夫……?」蒼真の声が、耳元で響く。
「……う、うん」顔が熱くて上げられない。蒼真の腕の温度が、はっきり分かる。
「ごめん……」「謝らなくていい」
蒼真はそう言って、ゆっくり琥珀を離した。でも——すぐには離れない。
「今日は俺の近くにいなよ」「また滑ったら危ないから」
それは命令でも、冗談でもなくて。当たり前みたいな言い方だった。
「……うん」琥珀は、小さく頷いた。ちょっと!距離近くない!?」莉子がニヤニヤしながら割り込んでくる。
「完全に守ってたよね」優香も頷く。
「そ、そんなこと……!」琥珀が慌てると、蒼真は少し照れたように頭を掻いた。
「転ばれたら困るだけ」でも、その位置は変わらない。
豆まきの間、ずっと。蒼真はさりげなく前に立って、琥珀を庇うように動いていた。
片付けの時間。
「俺、拾うよ」蒼真がしゃがむ。
「私も——」「いいから」視線が合う。
「今日は、無理しない」その一言が、胸にじんと沁みた。
「……蒼真」
「ん?」
「ありがとう」
蒼真は一瞬驚いてから、柔らかく笑った。
「どういたしまして」
そして、小さく付け足す。
「守れる距離にいられてよかった」
琥珀の心臓が、また強く跳ねた。
節分の日。
豆まきは終わって、教室はいつもの日常に戻る。
でも——琥珀の世界は、少しだけ変わった。蒼真が隣にいる距離が、前よりも、ずっと近く感じられて。(……好き)
その気持ちを、豆の数だけ胸に抱えたまま。
節分の日は、**恋がひとつ、前に進んだ日**になった。