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(すい・中学一年)兄のゆいと離れてから、もう三年が経った。
母に引き取られたすいは、母と二人で暮らしている。
けれど、母は離婚後、昼も夜も働き詰めで家にいないことが多かった。
家は静かすぎた。
兄がいないだけで、こんなにも音のない世界になるんだと、何度も思った。
最初の一年は、まだ我慢できた。
寂しくても、勉強を頑張ればまたゆいに会えるかもしれない、って信じてたから。
でも――その希望は、二年目で消えた。
父と暮らすゆいからの連絡は一度も来なかった。
電話をしても、「忙しいから」と母に止められる。
写真だって送ってもらえない。
“もう、あっちの家の人なんだから”
母の言葉が、胸に突き刺さった。
――どうせ、あたしなんか、もう必要じゃないんでしょ。
その頃から、すいは変わっていった。
◇
中学一年の冬。
すいは初めて“先輩”に連れて行かれた。
校舎裏の自販機の前で、たむろする上級生たち。
スカートを折り曲げ、ルーズソックスを履き、煙草を吸っている子までいた。
「お前、離婚組なんだろ? だったらうちらとつるめばいいじゃん」
そう声をかけられたとき、なぜか救われた気がした。
ここにいれば、寂しくないって思った。
それから、すいはどんどん“悪い”ことを覚えていった。
門限を破るようになり、授業をサボるようになり、家で母と顔を合わせる時間はほとんどなくなった。
母には何度も怒鳴られたけど、もう素直に謝れなかった。
「うるさい」
「ほっといて」
「どうせお兄ちゃんばっかりでしょ」
そんな言葉ばかり口から出て、ますます母との溝は深くなっていった。
◇
中学二年の春、すいは初めてケンカをした。
きっかけは、クラスでちょっかいをかけてきた男子。
「お前の兄貴、親に捨てられたんだってなw」
その一言で、頭の中が真っ白になった。
気がついたら、その男子を壁際に押し付けていて――
拳が震えるほどの力で、何度も殴っていた。
止めに入った先生に引き離されたとき、手は血だらけだった。
なのに、涙は一粒も出なかった。
その日を境に、「すいはヤバい女だ」という噂が一気に広まった。
男子には絡まれなくなったし、周りも勝手に距離を取るようになった。
でも、それでよかった。
誰かに近づかれると、きっとまた傷つくから。
◇
中学三年の夏。
すいはもう、完全に“学校一の問題児”になっていた。
授業をサボってコンビニにたむろし、夜中まで帰らず、停学処分も数えきれないほど。
そんなある日、夜の公園で先輩たちとダラダラしていると、同級生の男子に絡まれた。
「お前、また停学? マジでやべぇな」
からかうような声に、すいは無表情で近づき、胸ぐらを掴む。
「……殴られたい?」
声は低く、冷たく、ぞくりとするほど落ち着いていた。
――その瞬間、周りの空気が凍った。
気づけば、すいは“喧嘩最強”と呼ばれるようになっていた。
けど、心の中はいつだって空っぽだった。
「……お兄ちゃん……」
夜中、布団に潜り込んで、誰にも聞こえないように名前を呼ぶ。
返事なんてあるはずないのに、それでも呟かずにはいられなかった。
会いたい。
でも、会えない。
そんな日々を繰り返しながら、すいは高校生になっていく。
――そして、すいは知らない。
もうすぐ、その“会えない兄”と、運命の再会を果たすことを。