静かな怒り
(すい・高1/ゆい・高3)放課後、校舎裏。
すいは三人組の男子生徒に囲まれていた。
「なぁ、すいちゃんさぁ、また停学になりかけたんだって?」
「へぇー、マジで喧嘩強いんだ? ちょっと見せてもらおうかな」
にやにやとした笑い声が耳障りだ。
「……鬱陶しい」
低く吐き捨て、すいは男子の一人を鋭く睨む。
「絡むなら、タダじゃ済まさないけど?」
その瞬間、男子たちの顔色がわずかに引きつる。
だけど、すぐにリーダー格っぽい男子が口角を吊り上げた。
「おー、怖ぇ怖ぇ。けどなぁ、女一人じゃ――」
「……お前ら、何してんだ」
低く、冷たい声が、すいの後ろから響いた。
男子たちが振り返ると、そこにはゆいが立っていた。
無造作にポケットへ手を突っ込み、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「え、三年の……?」
「やべ、ゆい先輩だ……」
一気にざわつく男子たち。
だけど、ゆいの顔は感情を一切浮かべていなかった。
目はただ、氷みたいに冷たく光っている。
「……すい、何やってんだ」
「別に。こいつらが勝手に絡んできただけ」
すいはツンと横を向く。
けど、兄の声を聞いた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなるのを隠せなかった。
ゆいはため息を一つ吐くと、男子たちに視線を移した。
「で、お前ら」
低い声が、空気を張り詰めさせる。
「俺の妹に手ぇ出したんだな」
男子たちは言葉を失ったように固まる。
その中の一人が、震えながら言い訳を口にした。
「い、いや、別にちょっと話しかけてただけで……」
ゆいは近づき、一人ひとりを見下ろすように視線を走らせる。
笑っていないのに、吐き気がするほどの圧力。
それだけで、男子たちの呼吸が浅くなる。
「――二度と、近づくな」
静かな声だった。
けど、その声は低く、重く、確実に脅しだった。
男子たちは慌てて頭を下げ、そのまま逃げるように走り去っていく。
◇
「……あーあ、また怖がらせて」
すいは呆れたように言いながらも、少しだけ口元が緩んでいた。
それを見たゆいは、眉ひとつ動かさずに答える。
「お前、ほんと喧嘩売りすぎ」
「別に。売られた喧嘩買ってるだけだし」
「次やったら停学だぞ」
「うっさいな。兄貴に言われたくない」
わざとツンとした態度を取るけど、胸の奥では――
“助けに来てくれてよかった”
その言葉が喉の奥まで出かかって、飲み込んだ。
そんなすいを見て、ゆいはふっと視線を逸らす。
そして、背を向けたままぼそりと呟いた。
「……困ったら、呼べ」
「え?」
「……それだけだ」
そう言って歩き去る兄の背中を、すいはしばらく見つめ続けていた。
――やっぱり、この人には敵わない。
でも、素直に「ありがとう」なんて、絶対言ってやらない。