朝からソワソワして落ち着かない…。今日、1ヶ月ぶりにシンが帰ってくる。
部屋の掃除はした。
夕飯の買い物もしてきた。
今夜はシンの大好きなハンバーグ。
下ごしらえは既に済ませてある。
後は…
店で洗ってあるシーツを取りに行けば大方終わるはずだ。
束の間の一人暮らしの時間がもうすぐ終わりを迎えようとしている。
といっても、シンは毎日頻繁に連絡をよこしてくるので1人だなんて感じる暇などなかったが…。
湊の携帯の着信履歴はシンの名前で埋まっている。
LINEのやり取りはスクロールをしてもしても始まりがわからない程続いていた。
「どんだけだよ……」
見返しすと笑ってしまう。
そのお陰で淋しいなんて感じずに済んだが…やはり、ベッドで眠りにつく瞬間だけは1人だと、やはりシンが隣にいないのだと感じてしまう。
シンの温もりのない布団は冷たく寂しい。
寝付けない夜を何度やり過ごしただろうか…。
急激に襲ってくる淋しさにシンの枕を抱いて眠った夜もあった。
シンには絶対に言えないが…。
キッチンの椅子に座り部屋を見渡せば、至るところにシンの存在を感じる事ができる。
『湊さん』『湊さんっ!』『湊…さん』
湊を呼ぶ様々なシンの声が頭の中でこだまする。
「シン…」
1人つぶやき時計を見る。
まだ、予定の時間まで1時間以上ある。
「はぁ……」
とため息をつき机に突っ伏す。
「………早く…帰って来いよ……」
すっかり弱気になった自分に喝を入れようと
「しっかりしろっ。湊晃っ!」
頬をペチンっと叩いた。
「よしっ。シーツ取りに行くかっ」
立ち上がり店へと走った。
※
「おおっ。いい匂い…」
乾燥機から取り出した洗いたてのシーツは洗剤のいい匂いがしていた。
上機嫌でベンチでシーツを畳んでいると、1台の軽自動車が店の前に止まった。
「ん?」
朝からゴーゴーと吹き荒れる風の音に混じってバンッと車のドアが閉まる音が聞こえる。
体を傾け、ガラス戸から車の側頭部を見ると車体には、『はなぶさ鮮魚店』の文字が入っていた。
「よっ。アキラさん」
右手をあげて明日香が店に顔を出し、湊に挨拶をする。
「おぉ明日香。店の手伝いか?」
「まぁそうなんだよね。配達の途中なんだけど…」
明日香は眉をしかめ、車の方へ顔を向けると、
「英っ!俺より先に湊さんに話かけるんじゃねぇよ」
大きな荷物を抱えたシンが後から走って店に入ってきた。
「シンっ!?」
湊は目を見開き驚く。
「駅前でばったり会ってさ。送って行けっ!て…脅迫されて…」
明日香は、ひょいと肩を上げる。
「脅迫とは人聞きの悪い言い方すんな…」
「車のボンネットに手ついて、送るまでどかないぞっ!て脅してきたのはどこのどちら様でしょうか?」
「暇そうに携帯いじってたじゃねぇか」
「次の配達先確認して…あっ、配達途中だった!またねっアキラさんっ!」
「おおっ。ご苦労さん」
後部座席に積んであるシンのバックを下ろすと明日香は車に乗り込みエンジンをかける。
「気を付けて…って、早えぇな…」
湊が言い終わらない間に、明日香の乗った車は去って行った。
「湊さん…」
明日香が去って、残されたのはバックと、大きな荷物を抱えたシンだった。
予定外の嬉しい誤算。
シンは、抱えていた荷物をベンチに置くと湊に近づき、
「ただいま…」
そう言って優しく湊を抱きしめた。
「シン…誰かに…」
それ以上は口をつぐんだ
見られても良い…。
突き放せない。
待ち焦がれた温もりと感触が今、確かに此処にある。
ゆっくりとシンの腰に腕をまわし抱き返す。そして、
「おかえり…」
そう言って腕に力を込めた。
※
アパートに帰るとすぐに夕飯の準備に取り掛かる。
エプロンの腰紐を結ぶ湊の隣にシンが立った。
「湊さん。俺も手伝います」
「今日は、いいから」
「でも…」
「疲れてるだろ?」
「平気です」
エプロンを着けている湊の姿を見られるのは自分だけだと思うと特別感が増す。
つい触れられずにはいられない。
「おい…こらっ…」
腕を伸ばし、頬に触れそのまま抱き締める。
「1秒でも早く、湊さんとこうしたくて英を使って帰って来たんです…」
「ったく…明日香脅すと高くつくぞ…」
「明日から暫くは魚料理が食卓に並びます…」
抱えてきた大きな荷物を指差す。
その荷物の中身は、明日香から買い取った魚が入っていた。
「取引したのか?明日香のやつ…案外、商売人に向いてんじゃねぇか?」
「俺もそう思います」
「乗せられたお前が言うな…」
呆れ顔で苦笑する湊に釣られるように
「…ですね」
そう言ってシンも笑った。
「今夜はお前の好きなハンバーグだ」
「嬉しすぎます湊さんっ」
「だろ?ほらっ。さっさと手洗いうがいして邪魔だから座ってなさいっ」
シンの腕を振り払い背中を押す。
「はーい…」
邪魔者扱いされたのは少し解せないが、湊に言われた通りに手洗いとうがいを済ませ椅子に座る。
一緒に料理をしたかったが、座ってじっくりと湊の姿を見るのも悪くないと思った。
こんな可愛いエプロン姿の湊を凝視できる機会は滅多にない。
テーブルに頬杖をつき、会いたくて仕方なかった愛しい人を見つめる。
ーー帰ったら……。
交わした約束を思い出しながら、今は、まだこれだけで我慢しようと微笑んだ…。
鍋に蓋をすると
「これでよし…」
独り言のように湊は呟く。
準備の最中、痛いほど背中に刺さる視線を浴びせ続けた持ち主を振り返ると、湊を見つめるその目と目が合う。
シンは机に頬杖をついたまま微笑み
「…可愛い」
うっとり呟く。
そのひと言で湊の顔が赤く染まる。
「……っ!」
慌てて視線をそらしたのは、たった1ヶ月見ないうちに、また大人びたシンの顔を直視できなかったから。
「照れてる湊さんも…可愛い…」
「う…うるせぇ…」
シンは立ち上がり俯く湊に近づく。
そんなシンを交わし
「そうだ…シーツ…」
思い出したかのように言うと、寝室へと向かおうとした。
が、シンは湊の腕を掴み足を止めさせた。
「シーツ洗ったんですか?」
その声はちょっとだけムッとしていた。
「なんだよっ。洗いたての方が気持ち良いだろ?」
「湊さんの匂い付きが良かった…」
「はぁ?」
「そういえば…」
「なんだよっ」
シンの言葉に身構えてしまう。
「枕…心なしか潰れているように見えましたけど?」
「はっ……んな訳ねぇだろっ」
湊の目がおよぐ。
「居ない間、俺の枕に抱きついてました?」
「……」
「図星ですか?」
「し…してねぇよっ……」
必死で隠したつもりだったが、動揺する口調でシンにバレてしまった。
「何度電話しても、LINEしても、『淋しい』って一度も言わなかったのは、俺の代わりを枕がしてたから?」
「……」
「湊さんが、ひと言『淋しい』って言ってくれたら俺は新幹線に飛び乗る覚悟してました…」
「だから…言わなかったんだよ…。お前は貴重な休みを潰して、俺を優先するだろ…?」
「当たり前です。俺はアンタ以外に大切なものなんてないんですから…」
「もう少し自分の体を大切にしろっ。今だって目…充血してんじゃねぇか。それに…少し痩せたみたいだ…」
シンの頬に手を添え、続ける
「お前が俺を大切だって思ってくれてるのと同じように、俺だって…同じくらいお前の事大切なんだから…な……」
言いながら照れる。
「だから…はぁぁもうっ。どうして、そんな可愛い事言うんですかっ…せっかく我慢してたのに…」
湊を抱き締め、唇を重ねる。
「んっ…シン……やめっ…」
「…むり」
「まだ…んっ……だめだ…」
「待てない…」
シンの唇が湊の首すじに触れると、コンロにかけていた鍋がグツグツと沸騰し始めた。
「どけっ」
シンを押しのけて火を止めた。
そして、背中越しに見つめるシンに向かって
「約束…ちゃんと覚えてるから。だから、もう少しだけ待てって…」
首すじを手で押さえ恥ずかしそうに言った。
事を急ぎたくない…。
シンは背中から湊を抱き締める。
「食後の楽しみに取っておきます…」
「俺はデザートか…?」
笑いながらシンの手に自分の手を重ねる。
「とろけてしまいそうなほど甘いデザートです…」
耳元で囁くシンのその声は甘く、今にも湊をとろけさせてしまうほどだった…。
【あとがき】
もう短編集じゃねぇよ…
と、突っ込みが聞こえそうなので自ら突っ込みました笑
書き始めたらとまらず…中編書いてしまいました…。
後編は、只今手直し中です。
終わり次第投稿しますね♪
後編は、「ずっと隣で…。番外編」にて投稿します。
それでは後ほど…。
2025.3.14 (happy White day)
月乃水萌
コメント
7件
めっちゃいいですね♡♡ 寂しくて湊さんシンの枕抱いてしまう所とか可愛いすぎます😍 シン歯止めきかなくなっちゃいそーですね💕︎
寂しくて枕抱いて寝る湊さん、可愛すぎますね💕🤦♀️ シン、歯止め効かなくなっちゃうのでは..?笑
きゃーーーー🫣🫣🫣 やばい久しぶりの供給尊すぎる🤦🏻♀️✨🫶🏻