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#TL
瀬名 紫陽花
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#初心者
ゆいぽん
446
こころん

26,033
グゥ、と少し鳴った腹を慌てて抑えた。
空腹感を紛らわせようと、水筒を掴み、茶を喉に流し込む。
「(我慢しろ)」
そう脳に暗示をかけた。
しかしそれで腹が満たされるわけではない。
ため息を着く。
彼女の名は櫻田萩(さくらだあき)。
女子野球部でキャッチャーを担当している、クラス孤立オドオド系中学2年生。
彼女の幼馴染によると、静かに見えるが実は元気で面白い一面もあるとか…。
そんな萩は、昼休みの昼食時間に、いつも栄養調整食品やゼリー飲料しか口に入れていなかった。誰しもに少食だと思われている。
……のだが。
「(……っ足りるわけないっ!!)」
萩は空腹で若干イライラしていた。
腹をさする。
胃が泣いているように感じた。
「……我慢できない」
呟く。
そして決意を固め、快速電車に乗り込んだ。
がたんごとん。がたんごとん。
その音が刻一刻と空腹感を追い詰める。
プシュー。
4回目にドアが開く音を聞き、萩は電車を降りた。
予め調べておいたコンビニへ足早に向かう。
入る。涼しいというか最早寒い冷房の風を浴び、目に付いたパンをカゴにポンポン入れて、会計を済ませ、店を出る。
再び腹が、グゥ、と鳴った。
「(……ゴクリ)」
やはり、もう待ちきれない。
公園のベンチに座る。
萩はカツサンドの袋を開き、周りに知人がいないことを確認してからぱくんと半分口に突っ込んだ。
パンのほどよい甘みとカツの肉汁が口の中で溢れる。
萩はもう半分も口に入れ、リスかまたはハムスターのように両頬をパンパンにしてカツサンドを咀嚼した。
7〜8回噛んだところで飲み込む。
傍から見れば喉に詰まりそうなシーンだが、萩の喉は強いのかまたは無理をしているのか、普段から詰まったことはなかった。
次のパンを取り出す。
ぱくん。もぐもぐ、ごくん。
次のパンを取り出す。
ぱくん。もぐもぐ、ごくん。
次のパンを取り出す。
ぱくん。もぐもぐ、ごくん。
それでも空腹感は消えず、萩は野球をしている時のように一心にパンを食べ続けた。
食べることが大好きな萩は、小学生時代、とにかく食べた。
食べて、勉強して、食べて、野球して、食べて、昼寝して、食べて、テレビを見る。
口をパンパンにする感覚とか、食道を通って胃に落ちていく感覚とか、脳が動き出す感覚とか、そういうものが大好きだった。
始まりは、『人は食べなければ死ぬ』という本を読んでからだっただろうか?
とにかく、給食を山盛りおかわり、などというのは日常茶飯事だったのだ。
──それが、弱き者の無垢な心をくすぐることになる。
その日、いつものように給食を口に運んでいた。周りの人と比べて3倍近くはある。
それを(例によって)リス状態で噛むものだから、もう名前も覚えていないが、クラスメートの少年が笑ったのだ。
「櫻田、女なのにそんな飯食うの、なんかおもしれー!」
萩はハッとした。周りの目に。
他の少年が話に乗る。
「確かに!櫻田体育も大体見学なのに、そのままだとデブっちまうぞ!」
「豚田萩、なんつって」
ゲラゲラゲラ!笑い声が飛び交った。
流石に担任の先生が咎める。萩を庇うような言葉が発せられた気がする。
しかし萩の耳には届かなかった。
──沢山食べるのは、変なこと?
急に、目の前の給食が酷く膨大な量に見えた。普段は食べれているのに喉を通らない。
隣で友人が心配そうに声をかける。
萩は箸を置いた。
その日、初めて給食を残した。
そんなことを特大の焼きそばパンを咀嚼しながら萩は少し思い出す。
あの時、少年達にはなんら悪気はなかっただろう。でもこの場合、その方がタチが悪い。
自分の趣味を、行動を、なんの策略もなく笑われるというのは子供心に深く傷をつけるものだ。
焼きそばパンの、残ったパンの部分を最後に口に放り込み、萩は立ち上がった。
──その時だった。
「あれ、櫻田さん?」
背筋が凍る。
バッと振り向くと、そこにいたのは案の定クラスメートだった。
水沢和眞。クラス委員長。数々の場面でのまとめ役で、人気者。萩は彼と会話という会話をしたことがなかった。
今、萩の両手には家に持ち帰ろうとしたパン類が大量に入っているビニール袋がある。
そして和眞の視線の先は、その袋だ。
萩はサーっと青くなった。
「(見られた見られた見られた見られた!!)」
頭の中を埋め尽くすのは、幼少期の思い出。
萩は何も考えずその場から逃げ出した。
和眞が伸ばした手は、萩に届かなかった。
コメント
1件
読んだわ…第1話、めっちゃ刺さった。 萩の「食べることへの愛情」と「食べることを隠さなきゃいけない気持ち」のギャップが苦しくて、でもパンを頬張るシーンはめちゃくちゃ美味そうで、こっちまで腹減ったわ。特に「リス・ハムスター状態」の描写、細かくて好き。 過去の給食のトラウマが、今の隠れ食いに繋がってるのも切なかった。最後の水沢に見つかって逃げるところ、胸がぎゅっとなった。続きが気になる…!