テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
……そんなに見つめられると、ちょっと照れちゃうわね」
「!?」
言われて、思わず顔を上げた。
いつの間に近づいたのだろう。
先ほどまで遠くにあったはずの、あの赤い唇が目の前にある。
「んぇ!? へ、は?」
「あらあら。暴れると危ないわよ?」
くつくつと笑う声。
その人は、俺を片手で抱き抱えたまま、楽しそうにこちらを見ていた。
「アンタ、面白い子ねぇ。人のことを木みたいによじ登ってきたかと思えば、突然顔を赤くしたり青くしたりして♡」
……何を言っているんだ、この人は。
それにしても。
近い。
そして、やっぱり大きい。
改めて間近で見ると、その身体の大きさがよく分かる。
頭からすっぽりと布を被っているせいで顔はほとんど見えないが、それでも分かるほどに身体が大きい。
そんな彼女……いや、彼が言うには、たまたま近くを通りかかっただけの一般人らしい。
「……軍の人じゃ、ないんですか?」
「そうよぉ。アタシは軍とは関係ないわ♡」
「じゃあ、どうして……」
ここにいるのか。
そう尋ねる前に、その人はあっさりと答えた。
「辛そうな声が聞こえたから」
「……」
それだけ。
それだけの理由で、軍施設に入り込んだらしい。
「それで、壁を越えて止めに来たのよ♡」
「……」
待て。
ちょっと待て。
俺は軍施設の外周を思い浮かべる。
ここは侵入者対策のため、高い壁で囲まれている。
その高さは、確か十メートルほどあったはずだ。
(……どうやって入ったんだ?)
普通に考えれば、入れるわけがない。
門から入ったのなら話は別だが、目の前のこの人は「壁を越えて」と言った。
……十メートルだぞ?
そんな疑問が顔に出ていたのか、その人は楽しそうに笑った。
「……あら。どうやって入ったのか気になる?」
「……はい」
「ふふっ。じゃあ、特別に教えてあげる♡」
その人が俺を抱えたまま、倒れている上官へ視線を向ける。
「……どうやら、お兄さんは寝ちゃったみたいだしねぇ」
「……?」
見ると、上官は白目を剥いたまま気絶していた。
そして、その頭には。
先ほどまでなかったはずの、靴跡がくっきりと残っている。
(……見なかったことにしよう)
「……何を、教えてくれるんですか?」
そう尋ねると、その人は片手で俺を抱えたまま、もう片方の手を頭へ伸ばした。
そして、頭から被っていた布を後ろへ払う。
「……!」
現れたのは、七色に輝く、丸い月のような虹色の髪。
その上から、ぴんと立った長いウサギの耳が伸びている。
そして何より目を引いたのは、頭を右から左へ貫くように刺さった小刀だった。
(……情報量が多い)
思わず固まっていると、その人は少し困ったように笑う。
「驚かせちゃったかしら?」
「……えっと」
「アタシは虹色ウサギ獣人よ。その純血種♡」
そう言って、にっこりと笑う。
「だから、あんな壁くらいなら軽く越えられるのよ」
「……」
なるほど。
いや、なるほどじゃない。
十メートルある壁を「軽く」と言ってのける時点で、いろいろとおかしい。
けれど、その身体能力を目の前で見せられた後では、否定することもできなかった。
さっきだって、上官を片手で持ち上げていたのだから。
「アタシらの種は、外敵が多いのよ」
俺の考えていることが分かったのか、それとも単なる説明なのか。
その人はそう言うと、気にしないでと言うように、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
そして、からからと笑う。
「……さて」
ふと、その笑みが少しだけ変わった。
「そろそろ行かないとね」
「?」
「あと五分くらいで、別の人間がこっちに来るわ」
その言葉に、俺は周囲を見回す。
「アナタも早くここから離れなさい。面倒なことになる前にね♡」
そう言うと、その人は俺をそっと地面へ降ろした。
そして再び布を頭からすっぽりと被る。
(……なるほど)
確かに、あの頭は目立つ。
というか。
(小刀のほうがよっぽど目につくんだけどな……)
そんなことを考えていると、その人は俺へ向かってひらひらと手を振った。
「じゃあね、可愛い子♡」
「……」
「お互い生きてたら、またどこかで会えるかもしれないわね」
そう言って、少しだけ笑う。
「それまで、元気でね♡」
「……ありがとうございます」
俺も反射的に手を振り返した。
その時だった。
「ぐえっ……」
「……?」
何か聞こえた気がした。
振り返る。
倒れている上官以外に、特に変わった様子はない。
(……気のせいか)
そう思うことにした。
再び前を見ると、その人はまだこちらへ手を振っている。
「あの!」
「?」
「名前……!」
聞き返すと、その人は少しだけ振り返った。
布の隙間から、赤い唇が覗く。
「……ヴィーよ」
そして、楽しそうに笑った
。
「じゃ、またね!」
次の瞬間。
ヒュッ、と風を切る音がした。
「……え?」
目の前から、姿が消えていた。
慌てて空を見上げる。
すると、夜空に浮かぶ満月。
その月を横切るように、一瞬だけ大きな影が見えた。
七色の髪。
長いウサギの耳。
そして、ひらりと揺れる布。
それもほんの一瞬。
すぐに夜の闇へと消えていった。
俺はしばらく、その空を見上げていた。
あの人が何者なのか。
なぜ、あんな場所にいたのか。
どうやって十メートルもの壁を越えたのか。
何一つ分からない。
ただ一つだけ分かったことがある。
あの人の名前は、ヴィー。
それだけだった。
なお、この一件の後。
軍内部では、こんな噂が流れることになる。
――上官が女に手を出し、返り討ちに遭ったらしい。
その証拠として、上官の頭には女物と思われる靴跡が、しっかりと残っていたという。
……誰も、真相を知る者はいなかった。
コメント
1件
ちょっと待って、めちゃくちゃカッコいいやつじゃないですか…!ヴィーさん、壁10mを軽々越えて上官片手で気絶させるのヤバすぎる。あと布脱いだ時の七色の髪とウサギ耳、小刀が刺さってるビジュアルが情報量多くて脳が追いつかなかったけど、すごく好きです。最後の軍の噂話もニヤリとした。続き気になる…!
#初心者だからつまんないかも....
935
虹執事
161