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「デ……デスナイト!?」
それは、魔物学の授業で習った高位のアンデッド。
九条が何を用意しているかを知っているからこそ、ネストは生徒たちにアンデッドを中心とした授業を履修させていた。
教えずとも畏怖を覚える見た目には変わりないが、より詳しく知ればその恐怖も倍増する。
テスト前になると不自然に問題を教えてくれる『ここテストに出ます』というアレだ。
屈まなければ部屋へと入れないほどデカイ身体。その手に持たれている極太の大剣は、生徒たちの身長以上の長さを誇る。
なぜこんな魔物が出て来るのか……。これはただの試験なんじゃないのか……。色々な事が頭を巡り、生徒たちの思考回路はパニック寸前であった。
「グォォォァァ!!」
腐敗した口を大きく開け、咆哮する。大きく振りかぶられた大剣。それが振り下ろされると、激しい金属音が鳴り響く。
バイスの盾に防がれたそれは、ガリガリと音を立てて火花を散らし、受け流された斬撃は床のブロックを粉砕した。
「なんでデスナイトなんているの! アンカース先生は四十層より下って言ってたのに!!」
「知らないよ! さっきのゴーストが呼んだんだ!」
「逃げよう! 僕たちの敵う相手じゃないよ!」
「でも試験が……」
そこで迷ってしまうのは仕方ないが、攻撃を防いでいるバイスの心中は穏やかではない。
(お前らに勝てるわけねーだろ! さっさと水晶割れよ!)
……とは言えないのが試験官の辛いところである。
もちろんデスナイトは本気じゃない。108番がコントロールし、死傷者を出さぬよう加減はしているが、リアリティを出すために試験管への攻撃はそれなりに強力。
バイスほどの実力者であれば、たとえデスナイトが本気であったとしても、全ての攻撃を防ぎきることが可能だろう。
防具の性能も申し分ない。ドラゴンの角を素材として用いた特注の盾。それは|灰の蠕虫《はいのぜんちゅう》渾身の体当たりを弾き飛ばすほどの性能と硬さを誇る。
だが、それを扱っているのは人間だ。ジリジリと消耗していく体力は、いずれ底を尽いてしまう。
(悩むのは構わねぇが、せめて補助魔法くらいは欲しいとこだな……)
バイスは、嵐のように振り下ろされる斬撃を全て弾きながらも、右手に武器は持っていない。その手には帰還水晶が握られているからだ。
生徒たちには知らされていないが、試験官の冒険者にも帰還水晶は配られている。
ただし、それを使うのは本当に緊急の時だけだ。それが使用される状態にまで陥ってしまった場合、試験は中止。いわゆる失格である。
「【|魔法の矢《マジックアロー》】!」
生徒の一人が放った魔法は、デスナイトの顔面にクリティカルヒットするも、状況は何も変わらない。
一瞬たりとも動きを止めず、当たったことにも気づかない様子で、一心不乱にバイスに向かって剣を振り続けていた。
「どうしようもねぇよ……」
「失格でもいい! このままだとみんな死んじゃう! 帰還しよう!」
激しい攻撃に晒されているバイスを見て我に返る生徒たち。もし、少しでもタイミングがズレて防御に失敗したら? バイスさんが倒れてしまったら自分たちはどうなる?
水晶を割りゲートが現れ、全員がそこを通るまでに何秒かかる?
その間、デスナイトは待ってはくれないのだ。
「バイスさん、帰還水晶を使います!」
バイスの後ろから聞こえたのはガラス片の割れる音。出現したゲートに我先にと飛び込む生徒たち。
「バイスさん! ゲートが出ました! 早く!!」
置いて行くわけにはいかない。授業で習った最低限のことは出来ていた。
「いいから先に行け!!」
バイスが大声で叫ぶと、最後の生徒がゲートを潜る。
(少しは加点してやるか……)
そう考えつつもデスナイトの攻撃を受け続ける。
帰還水晶が割れてから、ゲートが消えるまでの時間は二十秒。その間に通り抜けなければならないのだが、そこに魔物を入れてしまえば出口でまた戦闘になる。そうならない為にも、束縛系の魔法で魔物の足止めをしてからゲートを通り抜けるのが定石だ。
だが、それが出来なかった場合どうするのか? タンクが押さえ続けるのである。そして時間ギリギリでゲートを抜けるのだ。
もちろん失敗すればダンジョンに置き去り。本番であれば死が確定するだろう。今回の場合バイスも帰還水晶を持っている為それほど悲観的にはならないが、バイスはそれを使うつもりはなかった。
二十秒は身体が覚えている。水晶の割れた音が聞こえた時から、頭の中のタイマーがカウントダウンを始めているのだ。
(五……、四……、三……、今だっ!)
振り下ろされた大剣に、タイミングよくシールドバッシュを重ね合わせると一層激しく鳴り響く金属音。
タイミングは完璧。弾き返された大剣の重みで体勢を崩すデスナイト。その姿を見ることなく、バイスは後方へと飛んだ。
縮小を始めたゲートに飛び込み、地面にごろごろと転がると、すぐに体勢を立て直す。
バイスの目の前に広がっていたのは、長閑な農村であるコット村の景色。ゲートが完全に閉じ切るのを見届けると、ようやく肩の荷が下りたとばかりに気を抜いた。
「ふぅ……」
待っていたのはネストと先に脱出していた生徒たち。
無事脱出できた安堵からか、腰が抜けヘロヘロと地面に座り込む生徒たちの表情は、まだほんの少しの恐怖を宿していた。
「おかえりなさいバイス。どうだった?」
「俺は一昨年の試験内容しか知らんが、今年は大分歯ごたえのある内容だな。まあ、ウォーミングアップにはちょうどいいくらいだ」
あんなことがあったばかりなのに、ネストとバイスの会話の内容に生徒たちは驚きを隠せなかった。
ネストはバイスのことを全く心配もせず、バイスはあれを準備運動と言い放つ。
生徒たちは焦りと恐怖から、体中汗びっしょりなのにもかかわらず、バイスは顔に汗一つかいておらず、笑顔を見せる余裕すら感じられる。
それが生徒たちと命を賭けて戦っている冒険者との差なのだ。調子に乗っていた生徒たちは、恥ずかしさと情けなさに涙が滲み出てしまうほど。
バイスがネストへの報告を終えると、落ち込んでいるであろう生徒たちに歩み寄る。
「おつかれさん。粗削りだが、初めてのダンジョンにしてはなかなか動けてた方だ。そう悲観的になるな」
手甲を外した乾いた手でわしゃわしゃと頭を強く撫でる。
「でも……」
恐らく気を使ってくれているだけ。お世辞だ。今の生徒たちには、それが痛いほどよくわかる。
驕っていたのだ。学院内だけの物差しで見ていた。世界を知らな過ぎたのである。
「嘘じゃないぞ? 失敗することは悪い事じゃない。そこから何も学べなければ意味はないが、お前たちはそれを次に生かせるはずだ。貴族として家督を継ぐのか、冒険者になるのかはわからんが、今日のこの経験がいつか自分を助けてくれる時が来る――。そうは思わないか?」
それに無言で頷く生徒たち。目に涙を溜める者もそうでない者も、それは力強く気概に満ち溢れていた。
「具体的に言うならもう少し判断力を身につけた方がいいな。それを間違えれば責任の追及は免れないが、そう判断させたのは仲間たちの責任でもある。責任逃れのために判断を誰かに押し付けるのは一番やってはいけない事だ。意見があるなら言え。それを踏まえて判断すれば、パーティ全体の責任だ。誰も責める奴はいないし、迷いがなくなる。一人一人が同じ目標に向かって歩み、力を合わせればその成功率は格段に上がる。それがパーティだ。仲間を信じ、仲間を裏切るな」
先輩冒険者からのアドバイス。もちろんそれは生徒たちに向けたものであるのだが、フィリップにも言って聞かせてやりたいとバイスは唇を噛み締めていた。
「はい……」
消沈しながらも頷いて見せる生徒たち。そんな生徒たちを見て、バイスは笑顔を見せた。結果を受け入れ反省したのであれば、辛気臭い話はここで終わりだ。
「まあ、偉そうなことを言ったが、最終的な採点をするのはネストだ。点数はまだ教えてやれないが、失格ではないから安心しろ」
「えっ!? でも、僕たちは帰還水晶を……」
「ああ。お前たちの試験は終了したから教えてやるが、今回は帰還水晶の使用については減点されないんだ」
「「ええ!?」」
帰還水晶を使うことは最大の減点である。例年通りであればそれが普通だった。それを使う必要がないほど簡単な試験であったのだから。
だが、今回はむしろ使う方向で調整されている。
試験だから死ぬことはないだろう――という甘い考えを払拭させる事こそが、教師としてのネストの狙いだった。
「逆に聞くが、あのデスナイトに勝てるパーティがいると思うか?」
「「あっ!」」
ようやく気付いた生徒たちにニヤリといやらしそうな笑みを浮かべるバイス。
「アンカース先生の策に見事ハマったな?」
「なんだぁ……。なら最初から悩まずに使っておけばよかった……」
「あの時、お前たちが水晶を使わなきゃ俺が使ってた。その場合試験は失格だった。良かったな、選択を間違えなくて」
それを聞いた生徒たちには、ほんの少しだけ笑顔が戻った。失格は免れたという安堵が大きかったのだろう。
失格になった……なんてことが親に知られたら、どやされるなんてもんじゃない。家の恥だと追い出されかねない出来事である。
そして全員がバイスに礼を言った。心からの言葉だ。彼らはバイスのおかげでまた一つ成長できたのだから。
「「ありがとうございました!!」」
こはる