テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
10,059
柚猫ゆう
280
272
562
2限目が始まる直前、チャイムと同時に雨草くんがなんとか「あ、次の世界史、先生が怖いから……宿題忘れたら怒られる……ッ!」と別のベクトルで恐怖した。
そのおかげで、教室内はなんとか曇天程度に収まった。
空井くんには僕の非常食(チョコ味)を無理やり口にねじ込んで事なきを得た。
だが、床に無惨に転がった焼きそばパンの残骸を凝視する僕の心は、まだ完全に梅雨入りしたままだ。
そしてやってきた昼休み。
僕の胃痛の友、蓮が購買で買ってきてくれたお詫びのジャムパン(蓮の奢りだ。持つべきものは常識人の友である)を一口齧ったところで、案の定、奴らが僕の机の周りに集結した。
「花ちゃん、購買のパンなんてそんな安物の炭水化物、体に良くないよ。おれが作ったお弁当、食べる?」
襲がどこからともなく取りしたのは、漆黒の三段重。
開けられた蓋の隙間から、料亭のそれとしか思えない見事な飾り切りのタコさんウインナーと、金箔の乗った出し巻き卵が見えた。
「……襲、お前これどこで作った」
「今朝4時に起きて、花ちゃんの健康を祈りながら。おれの愛が詰まってるよ」
「重い。物理的にも感情的にも。あと愛言うな」
僕が頭を抱えていると、今度は背後から「あ、あの……」と申し訳なさそうな声がした。
「累くん、これ……! さっき購買の争奪戦に巻き込まれたんだけど、奇跡的に1個だけ残ってたんだ!」
福無くんが差し出してきたのは、なんと、僕が朝失ったものと全く同じ『150円の焼きそばパン』だった。
ビニール袋はおそろしくボロボロにシワが寄っているが、中身は奇跡的に無事だ。
「福無……! お前、これ僕のために?」
「うん! 買いに行こうとしたら、なぜか購買の前の階段でバナナの皮に滑って、そのまま転げ落ちた拍子に、購買のオバチャンの手からこのパンが僕の胸の中にスポッて収まったんだ! そのあと焼きそばパンのワゴンが謎のショートで爆発したから、これが最後の一品だよ!」
「不運のピタゴラスイッチがすぎるだろ!!」
蓮がすかさずツッコミを入れる。
ワゴンが爆発する購買ってなんだよ、戦場か?
しかし、福無くんが命(と尊厳)を懸けて勝ち取ってくれたパンだ。
僕は感動に震えながら「ありがとう、福無」と手を伸ばした。
その時だった。
「……あ。……それ……」
窓際から、フラフラと陽炎のように立ち上がった影があった。空井くんだ。
彼はうつろな目で僕の手元の焼きそばパンを見つめ、じりじりと距離を詰めてくる。
「……焼きそばの……ソースの匂い……。炭水化物……。お腹、すいた……。僕、もう、お日様だけじゃ……動けない……」
「空井! お前は絶食家だろ! 光合成はどうした!」
「……今日は、雨草くんのせいで……日照不足……。充電、切れる……」
バタリ、と空井くんが僕の机に突っ伏した。本当に死にそうな顔をしている。
くっ、このままでは僕の教室で餓死者(自称・植物)が出てしまう。
僕は泣く泣く、福無くんが勝ち取ってくれた焼きそばパンを半分にちぎり、空井くんの口へと放り込んだ。
「ほら、食え! 生き返れ空井!」
「……はぐっ。……美味美味(もぐもぐ)……。あぁ、細胞が歓喜している……」
みるみるうちに空井くんの頬に赤みが差し、目がらんらんと輝き出す。効果てきめんかよ。
しかし、それを見た襲の目が、一瞬でマイナス180度くらいに冷え切った。
「……へえ。空井。花ちゃんが他人にパンをあーんしてあげるなんて、おれ聞いてないな。ねえ、その口、おれが今すぐ洗剤で滅菌消毒してあげようか?」
「ひっ……! 狂信者がナイフ(※お弁当用のマイ箸)と石鹸を構えてる……! 雨草くん、助けて!あと石鹸はトイレに戻してあげて!!」
「えぇ!? 僕に振らないでよぅ! あ、危ない、襲くんが怒ると僕、また緊張で雨が……!」
雨草くんの頭上に、再び教科書通りの小さな積乱雲が形成され始める。
教室内をにわかに吹き抜ける、湿った不穏な風。
「おい待て! 昼休みに室内で降水量記録すんじゃねぇ!!」
「累、止めろ!止めてくれ雨草を!!」
もう一度、何度でも言おう。
僕、花瀬累は、どこまでも平凡な高校生だ。
ただ、この大騒ぎの中で、半分になった焼きそばパンを美味しそうに咀嚼する空井と、それを本気で羨ましそうに見つめている福無の顔を見て、ほんの少しだけ、胃の痛みと共に、まあ、退屈だけはしないか、なんて思ってしまう。
もちろん、そんな殊勝な感想は、襲が「じゃあ、おれは花ちゃんに口移しで」と不穏なことを口走った瞬間に、5月の青空の彼方へと消え去ったわけだが。
コメント
1件
読了したよ〜!📖✨ いやもう最高すぎて叫ぶわ😭💕 焼きそばパンを巡る争奪戦、購買が戦場と化してるの笑ったwww 福無くんの不運ピタゴラスイッチ、ワゴン爆発とかワロタww でもそこから空井くんの光合成充電切れ→あーんパン→襲くんの嫉妬逆上→雨草くんの室内降雨レーダー、この流れ完璧すぎん?? 最後の「退屈だけはしないか」からの襲くんの口移し宣言で全部吹っ飛ぶとこ、最高のギャグだった😂👏 はるさん、毎話このテンション保っててすごい!続き待ってます🔥