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#異能力バトル
聖杯
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いや~もうね、第20話読み終わって放心状態なんだけど!?!?😭💕💕 白い少女の「願いは消してはいけない」って言葉から始まって、イリヤが「終わりたい」と「生きたい」の矛盾する願いを自分で解いたシーン、マジで涙腺崩壊したよ…!!「前の願いがあったからって、今の願いを縛らないで」って台詞、強くて美しすぎる😭✨ それに士郎が自分の「救わなければならない」っていう義務化された願いを鋏で切り分けるところ、めっちゃエモかった…。自分自身の願いを取り戻すってそういうことなんだなって。 そしてみんなそれぞれの「〜なければならない」から解放されていく流れ、鳥肌立ったよ!特にアーチャーの「後悔だけが全てではないらしい」って台詞、じーんときた…。 白い少女が最後に「うん」って自分自身の返事をした瞬間、もう完全に心持ってかれたわ…!!次回、神杯の本体との決戦、楽しみすぎて眠れないかも💫🌸
第二十話 白き器、願いは燃えず
冬木の空に、白い少女が立っていた。
黒い神杯の亀裂から落ちた光の中。
白と黒の境界に浮かぶように、その少女は静かに世界を見下ろしている。
白い髪。
白い肌。
白い衣。
けれど、その瞳だけは黒かった。
夜よりも深く、海よりも暗く、願いが燃え尽きた後の灰のような黒。
彼女の背中からは、無数の糸が伸びていた。
糸の一本一本には、誰かの願いが結ばれている。
生きたい。
戻りたい。
忘れたくない。
許されたい。
終わりたい。
救いたい。
愛されたい。
壊したい。
守りたい。
それらは星のように輝きながら、同時に燃えていた。
願いの糸は神杯へ繋がり、黒い杯の中で燃料になっている。
少女は言った。
「願いは、消してはいけない」
その声は幼かった。
だが、響きは空虚だった。
まるで長い長い時間、同じ言葉だけを繰り返し続けた機械のように。
「消えた願いは、なかったことになる。忘れられた願いは、死んだことになる。叶わなかった願いは、誰にも届かない」
士郎は空を見上げていた。
身体が重い。
いや、身体ではない。
心が重い。
少女の言葉は、否定しきれない。
叶わなかった願いが忘れられてしまうのは、悲しい。
誰にも聞かれなかった祈りが、最初から存在しなかったことになるのは、あまりにも残酷だ。
だから、彼女は願った。
消えないでほしい、と。
その祈りが、神杯を生んだ。
そして神杯は、願いを消さないために、願いを燃やし続ける黒い炉になった。
凛が宝石板を握りしめる。
「神杯核、完全起動に近い……! 冬木全域の願望反応を糸で引き上げてる!」
メディアが杖を構えながら言う。
「このままだと、街に残ってる小さな願いまで全部吸われるわ。生きたいとか帰りたいとか、そういう日常レベルの願いまでね」
イリヤが胸元を押さえた。
豊穣の種が震えている。
「私の中にも、糸が来てる」
士郎はすぐに振り返る。
「イリヤ」
「大丈夫。まだ、取られてない」
イリヤは怖がっていた。
でも逃げてはいなかった。
彼女は空の少女を見上げる。
「あの子……泣いてるみたい」
士郎ももう一度少女を見た。
表情はない。
涙もない。
けれど、確かに泣いているように見えた。
願いを守ろうとして、願いを燃やし続ける少女。
自分が何を壊しているのかも分からないまま、ただ最初の祈りだけに縛られている器。
アルターエゴが静かに言った。
「類似性があります」
イリヤが彼女を見る。
「最初の器と?」
「はい。願いを持たぬよう設計された器。願いを保存するための機能。ですが、彼女は最初に自分の願いを持った」
アルターエゴは空を見上げる。
「その願いが、永続命令へ変換されています」
凛が顔をしかめる。
「つまり、“願いを消したくない”が、“願いを永遠に保存しろ”って命令になったわけね」
メディアが吐き捨てるように言う。
「魔術師の悪癖よ。人の言葉を術式に変える時、一番大事な揺らぎを削り落とす」
ジャンヌが旗を抱く。
「祈りを命令にしてしまったのですね」
その時、白い少女の背中の糸が一斉に動いた。
糸は空から降り、士郎たちへ向かって伸びてくる。
アテナから受け取った智慧の羽根が士郎の手の中で光る。
凛が叫ぶ。
「来る! 願望固定!」
糸が最初に士郎へ絡んだ。
右腕。
胸。
喉。
痛みはない。
けれど、声が流れ込む。
『衛宮士郎は、誰かを救わなければならない』
士郎の呼吸が止まる。
その言葉は、自分の奥にある。
助けたい。
救いたい。
手を伸ばしたい。
それは嘘ではない。
だが、糸はそれを変える。
助けたい、ではなく。
助けなければならない。
願いが、義務へ。
祈りが、呪いへ。
士郎の膝が揺れた。
アーチャーの声が飛ぶ。
「飲まれるな!」
アーチャーにも糸が絡んでいた。
『エミヤは後悔し続けなければならない』
アーチャーの顔が歪む。
凛にも糸が伸びる。
『遠坂凛は完璧でなければならない』
「っ……!」
凛が歯を食いしばる。
桜には別の糸。
『間桐桜は影を隠さなければならない』
桜の影がざわめく。
アルトリアには。
『アルトリアは王でなければならない』
ランスロットには。
『ランスロットは罪人でなければならない』
ジャンヌには。
『ジャンヌは裁定者でなければならない』
イリヤには、二本の糸が絡んだ。
『イリヤスフィールは終わらなければならない』
『イリヤスフィールは生き続けなければならない』
矛盾する二つの糸。
終わりたい願いと、生きたい願い。
神杯はその両方を固定しようとしていた。
イリヤが苦しげに胸を押さえる。
「やだ……違う……」
士郎は叫ぼうとした。
だが、自分の喉にも糸が絡んでいる。
助けなければならない。
救えなければ価値がない。
手を伸ばして、届かなければ意味がない。
その声が、士郎の中で大きくなる。
白い少女は空から言った。
「願いは、変えてはいけない」
糸が強くなる。
「変われば、前の願いが死ぬ。忘れれば、願った自分が消える。諦めれば、願いはなかったことになる」
イリヤが震えながら顔を上げた。
「違う……」
白い少女の黒い瞳が、イリヤを見る。
「違わない。あなたは終わりたいと願った。あなたは生きたいと願った。どちらも保存しなければならない」
「違う!」
イリヤの声が、今度ははっきり響いた。
「終わりたいって思った私も、嘘じゃない。でも、今の私は生きたい! 前の願いがあったからって、今の願いを縛らないで!」
豊穣の種が強く光った。
イリヤに絡んでいた二本の糸が震える。
終わりたい。
生きたい。
二つの願いは矛盾している。
だが、どちらかが偽物なのではない。
時間が違う。
痛みの場所が違う。
イリヤは両手で糸を掴んだ。
「終わりたいって思った私を、なかったことにはしない。でも、その私に今の私を決めさせない!」
糸が一本、ほどけた。
終わりたい願いは消えなかった。
ただ、燃料ではなく、彼女の過去として胸の奥へ沈んだ。
豊穣の種がそれを包む。
士郎は息を呑んだ。
イリヤが、自分で解いた。
助けられるだけではない。
彼女はもう、自分の願いを選べる。
その光景が、士郎の中の糸にも亀裂を入れた。
助けなければならない。
違う。
助けたい。
でも、一人で決めない。
届かない時もある。
それでも、手を伸ばしたことまで呪いにしない。
士郎は喉に絡んだ糸を掴んだ。
「俺は……誰かを救わなきゃいけないんじゃない」
声がかすれる。
だが、続ける。
「救いたいと思った。だから動く。でも、それを神杯に命令にされるつもりはない!」
智慧の羽根が光る。
士郎は投影する。
剣ではない。
火でもない。
小さな鋏。
糸を断つためではない。
絡まった部分だけを切り分けるための、不格好な鋏。
「投影、開始」
士郎は自分の糸へ鋏を入れた。
願いを切るのではない。
命令へ変質した部分だけを切り離す。
糸が弾けた。
胸が軽くなる。
同時に、痛みも残った。
願いは戻った。
だが、責任も戻った。
助けたいという願いは、軽いものではない。
それでも、それは士郎自身のものだった。
◆
士郎が糸を解いた瞬間、他の者たちも動き出した。
凛は自分に絡んだ糸を睨みつける。
『遠坂凛は完璧でなければならない』
「うるさいわね」
凛は宝石を握りしめる。
「私は完璧じゃない。失敗もする。見落とすこともある。桜のことだって、全部分かってたわけじゃない」
桜が凛を見る。
凛は続けた。
「でも、分からなかったからって、これからも分からないままでいるつもりはない!」
宝石が砕け、赤い光が糸を弾いた。
桜も自分の糸を見る。
『間桐桜は影を隠さなければならない』
桜は静かに首を横に振る。
「隠したい時もあります。でも、隠さなきゃいけないわけじゃない」
彼女の足元から影が広がる。
その影は糸を飲み込むのではなく、そっと包んだ。
「影も私です。だから、神杯には渡しません」
糸がほどける。
アルトリアは自分の糸を見つめた。
『アルトリアは王でなければならない』
彼女は聖剣の柄に手を添える。
「私は王でした。今も、その責任から逃げるつもりはありません」
ランスロットが彼女を見る。
アルトリアは続ける。
「ですが、王であることだけが私のすべてではない。私はアルトリア・ペンドラゴンとして、この剣を振るいます」
聖剣の光が糸を焼いた。
ランスロットは黒い糸を握りしめる。
『ランスロットは罪人でなければならない』
彼は目を閉じる。
「私は罪を犯した。裏切りも、後悔も消えない」
そして、目を開く。
「だが、罪人であることだけを名にするつもりはない。私は騎士だ。今一度、王の隣で剣を取る」
黒剣が糸を断つ。
ジャンヌは旗を掲げる。
『ジャンヌは裁定者でなければならない』
「いいえ」
彼女の声は優しかった。
「私は裁くためだけに祈るのではありません。迷う者の隣で、祈り続けるためにここにいます」
旗の白光が糸をほどく。
アーチャーは自分の糸を見て、皮肉げに笑った。
『エミヤは後悔し続けなければならない』
「まったく、的確で腹立たしい」
士郎がアーチャーを見る。
アーチャーは静かに言った。
「後悔は消えん。消す気もない。だが、それだけが私の全てではないらしい」
彼は弓を作る。
「少なくとも今は、過去の自分が進む道を援護する程度の役目はある」
矢が糸を射抜いた。
アルターエゴは自分に絡む糸を見つめていた。
『アルターエゴは完成しなければならない』
彼女は首を横に振る。
「否定。私は未完成を選択済み」
糸はさらに強くなる。
『未完成は価値がない』
アルターエゴは一瞬だけ揺れる。
だが、イリヤが彼女の手を握った。
「未完成でも、名前がなくても、ここにいていいよ」
アルターエゴはイリヤを見る。
「名前」
「うん。まだ決まってないけど」
「では、未定のまま継続」
「そうそう」
アルターエゴは小さく頷く。
「私は、未定であることを選びます」
糸がほどけた。
クー・フーリンは槍を肩に担ぎながら笑う。
『クー・フーリンは戦わなければならない』
「そりゃ戦うのは嫌いじゃねぇが、誰かに槍の振り時を決められるのは趣味じゃねぇ」
赤槍が糸を裂く。
バゼットも拳を握る。
『バゼットは決着を求めなければならない』
「決着は求めます。ですが、自分の戦いは自分で選ぶ」
拳が糸を砕いた。
ギルガメッシュは糸が触れる前に、王の財宝から放った宝具で消し飛ばした。
「我を定義しようとは、度し難い」
エルキドゥは柔らかく笑う。
「ギルらしいね」
エルキドゥに絡んだ糸は言う。
『エルキドゥは神の道具でなければならない』
彼は静かに答えた。
「僕は造られた。でも、今は友の隣にいる。それで十分だよ」
天の鎖が糸を包み、ほどいた。
リチャードは糸を見て笑った。
『リチャードは王の物語でなければならない』
「物語は好きだ! だが私は今も書き足している途中だ!」
剣が糸を払う。
メドゥーサは糸を静かに見つめた。
『メドゥーサは怪物でなければならない』
桜が彼女の手を握る。
メドゥーサはわずかに目を細める。
「私は怪物と呼ばれた。ですが、今はサクラの傍にいる者です」
鎖が糸を断った。
願いの糸が次々とほどけていく。
空の白い少女は、それを理解できないように見ていた。
「なぜ」
彼女の声が震えた。
「願いが変わったら、前の願いが消える」
士郎は空を見上げる。
「消えない」
「消える」
「消えない。変わっても、前に願った自分は消えない」
白い少女の瞳が揺れる。
「嘘」
イリヤが一歩前に出た。
「嘘じゃないよ」
白い少女はイリヤを見る。
イリヤは胸元の種を押さえながら、ゆっくり言った。
「私、終わりたいって思った。生きたいって思った。切嗣に会いたかった。怒りたかった。許したくなかった。でも、今は明日卵焼き作りたいって思ってる」
白い少女は何も言わない。
イリヤは続ける。
「どれも私だよ。消えてない。ただ、今の私は、今の願いを選んでる」
アルターエゴも隣へ立つ。
「願望変化は、願望消滅ではありません」
白い少女の背中の糸が震える。
士郎は言った。
「願いは保存するものじゃない。持ち主の中で変わるものだ」
白い少女は両手で自分の胸を押さえた。
「でも、忘れられたら」
声が小さくなる。
「誰も覚えていなかったら」
その声は、初めて少女自身のものに聞こえた。
「願いは、どこへ行くの?」
士郎は答えられなかった。
簡単に答えてはいけない気がした。
忘れられた願い。
叶わなかった願い。
持ち主がいなくなった願い。
それらをどうすればいいのか。
神杯は保存することで答えにした。
だが、それは間違っていた。
なら、士郎たちは何を返せるのか。
その時、イリヤの豊穣の種が光った。
イリヤは自分の胸を見て、そして少女を見た。
「種にするんだよ」
白い少女が瞬きをする。
「種?」
「うん」
イリヤは言う。
「全部すぐ叶えなくていい。全部覚えてなくてもいい。でも、消したくないなら、燃やすんじゃなくて、眠らせればいい」
デメテルの言葉が、そこにあった。
実りは、次の命へ渡すためにある。
アテナの智慧の羽根が士郎の手の中で光る。
士郎は続けた。
「願いを燃料にするんじゃない。眠れる種に戻す。いつか、誰かの中で別の形に育つかもしれない。育たないかもしれない。でも、少なくとも燃やし続ける必要はない」
白い少女は呆然と士郎を見る。
「燃やさないと、消える」
ジャンヌが静かに言う。
「眠ることは、消えることではありません」
桜も言う。
「隠れているものが、なかったことになるわけじゃありません」
アルターエゴが続ける。
「未定状態は、失敗状態ではありません」
アーチャーが少しだけ口元を緩めた。
「ずいぶん妙な説得だな」
士郎は苦笑する。
「でも、今の俺たちらしいだろ」
白い少女の背中の糸が、さらに激しく揺れた。
だが、その奥から黒い神杯の声が響く。
『願いを保存する』
黒い杯が脈打つ。
『燃やせ。記録せよ。固定せよ。変化を許すな。忘却を許すな』
白い少女の顔が苦痛に歪む。
彼女自身の願いと、神杯の命令がぶつかっている。
士郎は叫んだ。
「今だ! 神杯とあの子を切り離す!」
◆
戦闘が始まった。
黒い神杯から、無数の願いの糸が槍のように降る。
セイバーが聖剣で切り払う。
ランスロットがその横を守る。
クー・フーリンの槍が糸の束を貫き、バゼットの拳が神杯の固定術式を砕く。
ギルガメッシュの宝具が空を覆い、エルキドゥの鎖が白い少女の背中から伸びる糸を縛る。
凛とメディアは術式を展開する。
「遠坂、霊脈制御!」
「分かってる!」
「私は神代文字で願望燃焼式を逆流させる!」
「言い方は怖いけど任せた!」
ジャンヌの旗が願いの糸を優しく包む。
切るのではなく、暴走しないよう押さえる。
桜の影が地面から広がり、落ちてくる願いの糸を受け止める。
影は燃えない。
影は、眠るものを抱ける。
イリヤの豊穣の種から、金色の根が伸びる。
アルターエゴはその隣で演算する。
「願望糸、燃料化前に種子化可能。必要要素、終末記録、祝祭余韻、裁き拒否、愛憎解放、創造未定、死の受容、王権拒否、月影統合、豊穣核、狩猟解除、因果保留、海底錨、智慧羽根」
凛が叫ぶ。
「全部じゃない!」
メディアが目を見開く。
「今までの層で得た要素を、全部使う必要があるってことね!」
士郎は頷く。
終末神の記録。
酒神の宴の余韻。
境界神の鍵。
愛憎のほどけた糸。
鍛冶神の創造片。
冥王の死の鐘。
王権の砕けた冠。
桜の月影。
イリヤの豊穣の種。
アルテミスの狩猟解除の矢羽。
因果の楔。
海王の錨。
アテナの智慧の羽根。
それらは、ただの戦利品ではなかった。
士郎たちが各層で取り戻してきた願いの証。
士郎は手を伸ばす。
「全部、ここに繋ぐ!」
投影する。
今度は一つの武器ではない。
器。
杯ではない。
炉でもない。
箱でもない。
土。
願いの種を眠らせるための、小さな畑。
形としては、ただの浅い器だった。
不格好で、ひび割れていて、神秘としてはあまりに未熟。
だが、その器に豊穣の種の光が入る。
桜の影が土となる。
智慧の羽根が記録を刻む。
海王の錨が流出を止める。
因果の楔が固定を避ける。
狩猟の矢羽が標的化を外す。
王権の砕けた冠が支配を拒む。
冥王の鐘が死者の願いを静かに眠らせる。
創造片が器の形を保つ。
愛憎の糸が矛盾した願いをほどく。
境界の鍵が燃料と種の境を開く。
祝祭の余韻が終わった願いを穏やかに送る。
終末の記録が、終わりを恐れすぎないよう見守る。
すべてが、士郎の不格好な器へ集まる。
メディアが叫ぶ。
「士郎! それ、器としては脆すぎる!」
「分かってる!」
凛が宝石を砕く。
「補強する!」
アーチャーも同じ器を投影し、士郎の器へ重ねる。
「お前一人の器では足りん」
エルキドゥの鎖が器の外周を支える。
ジャンヌの旗が祈りを注ぐ。
アルターエゴが記録式を調整する。
イリヤが両手を伸ばす。
「私の種も、使って」
士郎は振り返る。
「イリヤ、それは――」
「全部じゃないよ。少しだけ」
イリヤは笑った。
「私、生きるために受け取った。でも、生きるって、少し渡すことでもあるんでしょ」
デメテルの言葉が響く。
受け取りなさい。
差し出しなさい。
ゆっくり根を張りなさい。
イリヤの豊穣の種から、小さな金色の光が器へ入った。
器の中に、土が生まれた。
黒い神杯の糸がそこへ触れる。
燃えない。
糸は小さな種へ変わる。
一つ。
また一つ。
願いの種。
叶わなかった願い。
忘れられかけた願い。
持ち主を失った願い。
それらが燃料ではなく、眠る種へ変わっていく。
白い少女は、その光景を見つめていた。
「消えない……?」
イリヤが答える。
「消えない。でも、燃え続けなくていい」
アルターエゴも言う。
「保存ではなく、休眠」
士郎は空の少女へ手を伸ばす。
「お前の願いも、燃やさなくていい」
白い少女の黒い瞳が揺れる。
「私の願い」
「ああ」
「私にも、願いがあった?」
士郎は頷く。
「消えないでほしいって願ったんだろ」
「それは、命令」
「違う」
イリヤが言った。
「それは、あなたの最初の願いだよ」
その瞬間、白い少女の瞳から、黒が少しだけ薄れた。
彼女は初めて、自分の胸に手を当てる。
「私の……願い」
黒い神杯が激しく震えた。
『願いを保存する』
白い少女の背中の糸が、強引に引かれる。
彼女の身体が神杯へ戻されそうになる。
士郎は叫んだ。
「エルキドゥ!」
「分かってる!」
天の鎖が少女の背中の糸を縛る。
ギルガメッシュが宝具で神杯の黒い根を撃ち抜く。
「雑種、今だ!」
士郎は走る。
空へ向かって。
桜の影が足場を作り、イリヤの豊穣の根がそれを支える。
アーチャーの矢が士郎の進路を開く。
セイバーとランスロットが降り注ぐ糸を切り払い、ジャンヌが守護を張る。
凛とメディアの術式が神杯との接続線を可視化する。
士郎は白い少女の前へ辿り着いた。
少女は彼を見る。
「私は、何になればいいの?」
士郎は息を切らしながら答えた。
「今すぐ決めなくていい」
「決めないと、私は器のまま」
「だったら、器じゃなくなるまで一緒に考えればいい」
少女の瞳が揺れる。
士郎は手を伸ばした。
「名前は?」
少女は首を横に振る。
「ない」
イリヤの声が下から届く。
「じゃあ、今は“白い子”でもいいよ!」
凛が叫ぶ。
「雑!」
イリヤがむっとする。
「じゃあ後で考える!」
アルターエゴが静かに言う。
「名称未定仲間」
白い少女は、初めてほんの少しだけ表情を変えた。
それが笑みだったのか、戸惑いだったのかは分からない。
でも、空っぽではなかった。
士郎は彼女の背中の最後の黒い糸を見る。
神杯核と彼女を繋ぐ中心線。
これを切れば、神杯は大きく崩れる。
だが、ただ切れば願いの逆流が起こる。
だから、切るのではない。
繋ぎ先を変える。
神杯の炉ではなく、士郎たちが作った願いの畑へ。
「投影、開始」
士郎は小さな接ぎ木の道具を作った。
植物の枝を別の幹へ繋ぐための道具。
神杯の黒い糸を、願いの種の器へ接ぎ替える。
メディアが叫ぶ。
「そんな繊細なこと、即席投影でできるわけないでしょう!」
士郎は叫び返す。
「だから手伝ってくれ!」
「最初からそう言いなさい!」
メディアの神代術式が士郎の投影を補助する。
凛の宝石が接続の魔力を安定させる。
アテナの羽根が記録の整合性を取る。
アルターエゴが演算する。
イリヤの豊穣の種が受け皿になる。
白い少女が、自分の胸に手を当てた。
「願いは、燃えなくてもいい」
その言葉と同時に、士郎は接ぎ木の道具を差し込んだ。
黒い糸が切り替わる。
神杯の炉から、願いの畑へ。
瞬間。
黒い神杯に、巨大な亀裂が走った。
◆
冬木の空が揺れた。
黒い杯から、悲鳴のような音が響く。
願いを燃料にする回路が、初めて途切れたのだ。
白い少女の背中から黒い糸が抜け落ちていく。
彼女の瞳から黒が薄れ、白とも銀ともつかない淡い色が戻る。
だが、神杯そのものはまだ消えない。
むしろ、激しく脈打ち始めた。
凛が宝石板を見て叫ぶ。
「神杯核、暴走寸前! 白い器との接続が外れたせいで、残った願望炉が自律稼働を始めてる!」
メディアが顔を険しくする。
「つまり、あの子を切り離した後の本体が暴れるわけね!」
黒い神杯の奥から、巨大な影が現れる。
それは人型ではなかった。
杯でもなかった。
無数の手。
無数の口。
無数の糸。
願いを燃やし続けるためだけに残った、願望炉の怪物。
神杯の本体。
白い少女は士郎の腕の中で震えた。
「あれは……私?」
士郎は首を横に振る。
「違う」
イリヤが下から叫ぶ。
「違うよ! あれは、あなたの願いを勝手に命令にしたもの!」
白い少女は目を閉じた。
そして、小さく言った。
「止めたい」
士郎は頷く。
「止めよう」
黒い神杯の怪物が、冬木全域へ糸を伸ばす。
凛が叫ぶ。
「最終防衛反応! このままじゃ、街中の願いを一気に吸い上げる!」
アーチャーが弓を構える。
「いよいよ最後というわけだな」
ギルガメッシュが笑った。
「長い前座だった」
アルトリアが聖剣を抜く。
「皆さん、ここが正念場です」
ジャンヌが旗を掲げる。
「祈りを、燃料にはさせません」
イリヤは豊穣の種を胸に、白い少女を見た。
「一緒に止めよう」
白い少女は少しだけ戸惑い、それから頷いた。
「うん」
その返事は、初めて命令ではなかった。
誰かに設定された機能でもない。
彼女自身の返事だった。
◆
夜の空で、黒い神杯が割れ始める。
しかし、まだ完全には壊れない。
その奥には、最後の核がある。
願いを燃やす炉そのもの。
そこへ辿り着かなければ、この戦争は終わらない。
士郎は白い少女を地上へ降ろした。
イリヤとアルターエゴが彼女の両隣に立つ。
名前を持たない三人。
器として扱われた少女。
死から戻った少女。
未完成を選んだ少女。
三人は黒い神杯を見上げた。
凛が宝石板を確認する。
「神杯核への道、開いた……! でも長くは保たない!」
メディアが杖を握る。
「次で決めるしかないわね」
士郎は頷いた。
黒い神杯の怪物が咆哮する。
冬木の空が、願いの糸で埋め尽くされる。
だが、士郎たちはもう知っている。
願いは燃やすものではない。
固定するものでもない。
支配するものでもない。
変わっていい。
眠っていい。
誰かの中で、別の形に育っていい。
士郎は剣を投影する。
今度は、ただの剣ではない。
これまでの層で得たすべての答えを、一本の未完成な剣として束ねたもの。
完全な宝具ではない。
神を殺す神器でもない。
だが、この戦いのためにだけ生まれた贋作。
願いを炉から切り離す剣。
士郎はその剣を握りしめた。
「行くぞ」
アルトリアが隣に立つ。
「はい、シロウ」
アーチャーも反対側に立つ。
「最後まで見届けてやる」
凛が笑う。
「ちゃんと帰ってきなさいよ」
イリヤが言う。
「卵焼き、次は甘くするんだから」
士郎は笑った。
「ああ。食べる」
黒い神杯の奥へ、道が開く。
第二十夜。
白き器は、初めて自分の願いを取り戻した。
願いは燃えなくていい。
願いは変わっていい。
願いは眠って、いつか別の形に育っていい。
だが、神杯の炉はまだ燃えている。
次なる夜。
神杯戦争は、ついに最終核へ至る。
第二十一話へ続く。