テラーノベル
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春山麗奈・優香の双子姉妹がホームレスに襲われた日から1週間が過ぎた。
金曜日の午後6時。
セントラルビルの1階では、仕事を終えたサラリーマン達が帰宅するためにゾロゾロと動き出していた。
「お待たせしました。」
「おっそーい、晶さん!サイテー!」
「…………1分前に着いたばかり。」
「もう、優香はいつも一言余計!」
「はは……じゃあ、さっそく行きましょう。」
三人は先週の約束どおり集まっていた。
三人が向かうのはセントラルビルから徒歩数分の古めかしいビル。
そのビルの横から階段を下りた半地下の階の一角に、渋さをたくわえた分厚い木の扉が見える。
その扉には、「BAR NightFlower 」と書かれた木製の看板が貼り付けられていた。
扉を開けると、中はオレンジ色の照明に照らされた、こじんまりとしたショットバーであった。
扉と同じ色の木でできたカウンターの中で、五十過ぎだろうと思われる男のバーテンダーがグラスを磨いていた。
「いらっしゃいませ……。」
バーテンダーは黒い髪をオールバックにまとめ、綺麗に整えた口髭を蓄えていた。
その立ち姿は、まるで一本の棒のように直立不動だった。
バーテンダーは目だけを動かすと、
「ああ、坊っちゃん……。いらっしゃい。」
「…………お久しぶり、マスター。」
「わぁー!渋い!」
「…………。」
「お二人共、こういう感じの店は初めて?」
「うん、初めて!ホテルのバーなら行ったことあるけど、こういうドラマに出てくる感じは初めて!」
「私、時々…。」
「え?そうなの?優香さんをここで見たことない。」
「…………違う店。ここは初めて。」
「ああ……そうでしたか。」
三人は、晶を挟む形でカウンターに並んで座った。
「ねぇ〜、晶さん!優香なことはいいから、晶さんのオススメは何?」
「ああ、そうだね、…最初は王道のマティーニから。」
「じゃあ、私も同じで!」
「優香さんも同じものでいい?」
「ゴールデンキャデラック……。」
「…………じゃあ、マスター、マティーニ2つとゴールデンキャデラックね。」
「かしこまりました。」
バーテンダーは流れるようにシェイカーに材料を注ぎだした。
「ほんと優香は周りと合わせないよね〜…。」
「…………私のルーティン。」
「まぁまぁ、優香さんみたいに自分を貫くというか、ブレないって、いいと思いますよ。」
「………………。」
「晶さん、優香ってね、いつもこうなの!マイペースで、協調性がないのよね。会社の飲み会も全然参加しないし、参加しても全然喋んないのよね。今日一緒に来たのも奇跡みたい。」
「………………。」
「へぇ~、優香さん普段はそんな感じなんだ?今日はわざわざ来てくれるなんて、嬉しいな。」
「ん?ちょっと、私は?」
「え?もちろん、麗奈さんと一緒にここまで来れて嬉しいですよ!」
「ホントに〜?」
「本当ですよ。さっき、1階で集まった時なんか、麗奈さんの同僚らしき人達から『誰あいつ?』、『なんであんなのが麗奈さんと一緒?』とか言われてて、なんか気不味かったですよ。」
「え〜、そうだったの?誰だろ?晶さんを悪く言うなんて。」
「そりゃ、こんな高嶺の花二人と一緒だから、仕方ないですよ。」
「でしょ〜?!でも、優香はオマケ!」
「でも、何だかんだ二人は仲いいんですね?」
「…………別に。」
「ちょっと、優香!?私がいつもあんたをリードしてあげてるんだからね!」
「…………私が合わせてあげてるだけ。」
「何よ?」
「ははっ…!仲がいいのか悪いのか……姉妹か……うらやましいな。」
「え?そう?てか、晶さんは兄弟いないの?」
「一人っ子です……それに、今は両親もいない。」
「え………そう……。」
「…………。」
「あ、いや、別にいいんですよ……。幸いにも周りの人達に恵まれて、今はこうして自立出来てますから!」
少し気不味い空気になりかけたところを、晶は慌てて取り繕った。
「お待ちどうさま…。」
少ししんみりとした空気を和らげるように、マスターがマティーニとゴールデンキャデラックを出す。
「…………あ、それじゃあ……乾杯!」
「晶さんに乾杯!」
「…………。」
晶と麗奈はグラスを合わせるが、優香は少し持ち上げて乾杯の意思表示をしただけだった。
カクテルを味わいながら話す間も、麗奈は晶の方ばかり向いているのに対し、優香は終始目線を下に落としたままだった。
マティーニで早くも顔を赤く染め上げていた麗奈だったが、晶に次の一杯を聞く。
「ねぇ〜晶さん、次は何にするの?」
「そうだね……じゃあ、マスター………彼女にレディ・キラーを。」
「かしこまりました。」
「え〜……何そのカクテル?いかにも過ぎない?」
「そうですよ。レディ・キラーは男が女をさっさと酔わせたい時に進めるカクテル。甘口で飲みやすい割に度数が高いんです。」
「ちょっと〜、晶さん!私達まだ会うの2回目だよ?気が早くない?」
そう言いつつも、まんざらでもない表情の麗奈。
「…………。」
一方の優香は、飲み始めと殆ど変わらないまま、黙ってマティーニをゆっくりと飲んでいた。
目だけが時々、晶の方に向くことはあったが……。
「…………ん〜。」
仕事終わりと言うこともあるのか、レディ・キラーを飲んで寝落ちしかけている麗奈。
「晶さぁ〜ん……。」
麗奈は晶に寄りかかりながら、すうすうと寝息を吐いていた。
麗奈が椅子から落ちないように気遣いながらも、晶は優香に話しかける。
「…………優香さん、もう一杯いける?」
「…………いける。」
優香の返事に晶は嬉しそうに微笑むと、待ってましたとばかりに次の一杯をオーダーした。
「マスター、ミリオンダラーを二つ!」
「……かしこまりました。」
バーテンダーが黙々とシェイカーに材料を注ぐ。
マスターがシェイカーを扱う間、二人は黙ったままだった。
しばらくして、二人の前にパイナップルのスライスを差した、オレンジ色のカクテルが置かれた。
「…………なんでこれ?」
「これは、俺の一番好きなカクテルなんです。いつか女の子とデートする時に、一緒に飲むと決めてた一杯なんですよ。」
「…………そう。」
相変わらず素っ気ない返事の優香だが、晶の言葉の真意はしっかり理解していた。
「…………優香さん。」
「…………なに?」
「近いうちに…二人だけで会えないかな?」
「……なんで私?」
「……普通は皆、麗奈のほうばかりにいく。」
「……誰も私を相手にしない。」
「なんで私と二人がいいの?」
「優香さんが綺麗だから……。」
「…………それだけ?」
「ん〜…なんて言うか、優香さんとなら楽しめそうな…予感がするからかな?」
「それに……。」
「…………それに……なに?」
「この前……初めて会った時から、優香さんのことばかり気になってたから……。ずっと、頭から離れない……優香さんのことが。」
「…………。」
相変わらず目を合わせない優香だったが、耳は紅くなっていた。
「…………。」
「…………。」
「…………水曜日。」
「?」
「…………来週の水曜日、麗奈は会社の飲み会に行く予定。その時なら…。」
「…………そうか……よかった!優香さんと二人だけでゆっくり話してみたいんだ。」
晶は嬉しそうな表情をしていた。
「……私も……あなたと話したいことがある。」
対する優香は無表情のまま、含みのある言い方をしていた。
その後、二人は何も語らずにミリオンダラーを飲んでいた。
二人の間には沈黙が漂っていた。
その沈黙は、気不味さによるものではないが……かと言って、「穏やかさ」とか「期待感」があるとも言い難い何かであったが。
#オリジナル
柿の木七味
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コメント
1件
ああ、読了しました!バーの雰囲気と三人の立ち位置がとても丁寧に描かれていて、特に優香さんの「無表情のまま耳だけ赤くする」描写に胸がときめきました。晶さんが「優香さんのことばかり気になってた」と告白するシーン、結構重めの空気の中で言うからこそ重みがありますね。それと「話したいことがある」という優香の含み、これからどう転ぶのか楽しみです。ゆっくり人間関係が動いていく感じ、いいですね。