夕陽が街をオレンジ色に染めるころ、彰人はいつものように路地裏を歩いていた。ストリートライブの練習を終え、汗と疲れを纏ったまま、頭の中では次の歌詞を考えていた。そんな時、前方から軽やかな足音が近づいてきた。
「あ、弟くん!やっと会えた!」
声の主は瑞希だった。ピンクの髪を揺らし、いつもより少し興奮した様子で駆け寄ってくる。彰人は眉を上げ、いつもの皮肉っぽい口調で返す。
「暁山? なんでここにいるんだよ」
「え〜別にいいじゃん♪」
「それに、こんな時間にうろついてると、変な奴に絡まれるぞ」
「ボクを心配してくれるなんて珍しいね。でも大丈夫だよボク、意外と強いんだから!」
瑞希は笑顔でそう言って、彰人の隣に並んだ。二人は自然と歩調を合わせ、夕暮れの街を歩き始める。普段なら彰人は一人でいる時間を好むが、なぜか瑞希が側にいると落ち着く瞬間があった。自分でもその理由はよく分からない。
「弟くんってさ、最近ちょっと優しくなったよね。昔はもっとトゲトゲしてたのに」
瑞希が突然そんなことを言い出した。彰人は一瞬ムッとして、彼女を睨む。
「何だよ、それ。オレは昔からずっとこんな感じだろ」
「えー、全然違うよ!ほら、この前だってボクが何の服買うか悩んでた時、弟くんが『お前なら何でも似合うだろ』って言ってくれたじゃん!あれ、すっごく嬉しかったんだよ?」
瑞希が頬を少し赤らめてそう言うと、彰人は言葉に詰まった。あの時の言葉は、ただ何となく口に出ただけだったのに、こんな風に覚えられているなんて予想外だ。
「…お前、変なとこで真面目だな」
「えー、それ褒めてるの?貶してるの?」
瑞希が笑いながら彰人の腕をつつく。普段ならうっとうしく感じるその仕草が、今日はなぜか心地よく思えた。彰人は小さくため息をつき、空を見上げる。夕陽が沈みかけ、街灯がポツポツと灯り始めていた。
「なぁ、暁山」
「ん、?どうしたの?」
「…お前とこうやって歩いてると、なんか変な気分になる」
彰人が珍しく素直な言葉を口にすると、瑞希は一瞬目を丸くした。でもすぐにニヤリと笑って、彼の肩を軽く叩く。
「あはは、弟くんってば照れてる?可愛いとこあるじゃん!」
「誰が照れてるんだよ!」
彰人が慌てて反論すると、瑞希は笑いながら少し先を歩き出した。その背中を見ながら、彰人は小さく笑った。胸の奥で何かが温かくなるのを感じながら彰人は瑞希の後を追いかけた。
夕暮れの街に、二人の笑い声が響き合う。
それは2人だけの、特別な時間だった。
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