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3月だと言うのに雨もあり、今年度1番では無いかと言う寒さの金曜日に事は起こった。

「え」

私の家のドアの前には見慣れた姿が立っていた。しかし問題はそこでは無い。

「今日…ご飯の日じゃ無いよね?」

昨日私の家で食べたよな?そういう気持ちを込めて彼を見る。

「まちこの家に鍵忘れた」

かなり長い間待たせてしまったらしく鼻の先が赤い。

「えっ!!」

ちょっと待ってと言い残し私の家の鍵を開けソファの上やら机の上やらを引っ掻き回すとやっと銀色の鍵と黒い物体(エントランス用の鍵)を見つけて慌ててまた彼に渡す。その時触れ合った手の氷のような冷たさにうわっと声を上げた。

「連絡してくれればよかったのに!」

「連絡したわ」

「まじでか。気がつかなかった、ごめん。じゃあ電話は?」

「俺が忘れたのにそこまでして呼び出すのもあれかと思ったんよ」

「変なとこで気使うなよ〜今度は電話してね。おやすみ」

「悪かったな。おやすみ」

_____________________

『悪いんやけど今日一緒に飯食えない』

騒がしかった昨日から目を覚ますと一件の通知が来ていた。

『了解👍なんかあった?』

『何も無い』

女の何も無いは当てにならないけれどコイツの何も無いも当てにならない。

女の勘がすぐさま何かあると騒ぎ出しその勘に従って電話をかけた。

「もしもし?」

「まちこ、悪いけど今日…」

途中で言葉が途切れ咳き込む音が聞こえる。

声だって掠れていた。

「何も無く無いじゃん」

「…」

「なんかあったら隠そうとする癖やめな?家行くから鍵だけ開けて欲しい」

「うつる…」

「なるべく近づかないようにするから大丈夫」

そう説き伏せマスクをして手袋を装着し裕太の家に入る。

「冷えピタとかある?」

掠れるような彼のリビングの棚、という声を聞き取りなんとか探し出す。

それと勝手に拝借したタオルを濡らしポカリスエットを持って寝室に突入する。

「熱測った?」

「8.4」

「割と高いな。おでこ借りるよ〜」

軽く汗を拭き取り冷えピタを貼って本日初めてしっかりみた裕太の顔は真っ赤だった。

「病院行ける?」

「車…」

「私が運転しよっか?」

残念ながら私自身は車を持っていない。裕太の車を借りるかタクシーを呼ぶかの決定権は彼に委ねる。

「かぎ、玄関の棚」

「わかった。保険証どこ?」

「テレビの下の引き出し」

前々から思っていたが悠太の部屋は物があまり無い。そのおかげか迷うことなく探し出すことができた。

「起き上がれる?」

掴まれるようにと手を出すがそれは使われずに起き上がった。

「大丈夫?肩使う?」

「いらん」

「えぇ…」

今にもへたりそうになりながらなんとか外に出る。

「車回してくるね」

人の車を使うという経験が無いので緊張しながら車に乗り込む。椅子の位置を前に移動させて決してどこにもぶつからないように注意を払いながら彼の前まで車を持って行き後部座席に乗せる。

病院に行く車の中も、病院から帰る車の中も彼は終始無言だった。

____________________

「コロナとかじゃなくてよかったね」

幸い裕太はインフルでもコロナでもなくただの風邪だった。頭痛の薬と解熱剤を医者からはもらい3日もあれば治ると言われた。原因は確実に昨日寒い中私の家の前で待たせてしまったあれだろう。

「なんか食べられる?」

「自分で作る」

「ここまできて強がんなよ〜お粥作るね」

自分も一緒にお粥にしてしまおう。

卵もお粥に入れちゃおう。

どこかほこほこした気持ちで台所に立った。

_____________________

「ほい」

「ん?」

裕太の風邪が無事に治って暫くぶりに彼の家でご飯を食べる日だった。

手のひらにひんやりとした感触の硬い物。

「何これ…」

「鍵」

「どこの?」

「俺の家のスペアキー」

突然スペアキーを渡されて戸惑う。

「風邪の時家来てくれたやん。そのお礼?的な」

「要らないんだけど。てか不用心すぎじゃない?」

「俺まちこ以外に渡さんし大丈夫」

おいおい天然たらし発動すんなよと心の中で呆れる私とちゃんとたらされそうな私が葛藤する中なんとか平静を保つ。

「はい」

お返しだとでもいうように彼の手に私のスペアキーをのせた。

「お前も大概不用心やな」

「私も裕太以外渡さないし。それにこの前みたいに家の前で待ってて風邪引かせちゃったら可哀想でしょ?」

「…貰っとくわ」

「今日のメイン何ー?」

「鮭のホイル焼き」

「私玉ねぎ多めね!」

「少なめか」

「裕太お米少なめがいいんだ?」

「ごめん玉ねぎ多めにするからそれはやめて」

あったかい家の中に時々悲鳴と唸り声。それ以外は常に笑い声が広がる。

その日食べたホイル焼きの玉ねぎはいつもより少しだけ甘く感じた。

ガチャリ

自分の家のドアの鍵を閉めてそのままずるずるとしゃがみ込む。手のひらにはエントランスの鍵と俺の家の鍵と、もう一つ。隣の家の鍵がある。

「まじかよ…」

まさか自分もスペアキーをもらえるとは思っていなかった。

「裕太以外渡さないし」

その言葉が頭の中を反芻する。

それだけ信頼してくれているというのは嬉しい。けれど___

「ってか、何考えてんだ」

彼女とはご飯を作り合うだけの関係。

それ以上はあり得ない。

ぽこぽこ

スマホの通知音が鳴り、開くとニキから連絡が届いていた。

『明日撮影だから忘れんなよ』

『了解』

それだけ返して風呂に入る準備をした。

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