私の大好きなひと……
「あなたも一児の母となったのですからもう少し落ち着きを持ってもいいでしょうに」
呆れた口調だけど、表情はいつもの愛に溢れた静かな笑顔。
私の大好きな笑顔……
珍しく遅くに起きたのかな?
いつものシスター服じゃなくて、簡素なネグリジェに身を包んでる。
陽の光を浴びてたたずむシスターは静謐で神秘的なのに、窓から吹き込む風に彼女の輝く金色の髪と白いスカートがはためく姿はとっても艶めかしい。
同性の私が見てもドキッとするくらい綺麗……
「ふふふ……シスターって、ホントお母さんみたい」
気恥ずかしくなってきちゃった。
誤魔化すようにシスターの胸に飛び込んで、私は手を彼女の背に回してぎゅっと抱きついた。
とっても落ち着く懐かしい胸。
嗅ぎ慣れた花の様な良い匂い。
私の大好きな匂い……
私はこの胸に抱かれて育った。
その彼女も今日で40歳になった。
それは私の前世のお母さんと同じ歳。
前世――
そう……私にはシエラとして生を受ける前の記憶があるの。
「もう、まるで大きな子供よ」
「私はずっとシスターの娘だよ」
私は子供の時にそうしたように、彼女の胸に顔を埋める。
辛い時、悲しい時、何度この胸の中で慰められただろう。
とっても優しく温かいシスター・ミレ……今の私の大好きなお母さんは若々しくて、とても綺麗で、楚々としている。だけど同時に未だにシスターを狙っている男共がいるくらい蠱惑的でもある。
それはやっぱり彼女が『悪役令嬢』だから?
悪役令嬢――
シスター・ミレは本名をミレーヌ・クライステルという。
ミレーヌは前世で遊んだ『乙女ゲーム』に登場する、いわゆる『悪役令嬢』なのだ。そして私はそのゲームの続編の『ヒロイン』なのよね。
ゲームの中のミレーヌは典型的な貴族の聖女で、市井で聖女として人望を集めた庶子の前作『ヒロイン』を蔑み、なじり、最後には婚約者をたぶらかしたと誤解して殺害を企む悪女である。
だけど私はもう知っている。
ミレーヌはもういないと……
ううん、違うわね。
悪役令嬢ミレーヌなんて最初から存在しなかった。
私を優しく抱き締めてくれる彼女は悪役令嬢ではない――
「シスターは私の自慢のお母さん……そして、誰よりも素敵な女性だよ」
――彼女は私の大好きなシスター・ミレ……
「シエラは本当にとても良い子ね」
シスターが私の頭を愛おしそうに撫でてくれる。
その手にはいつも愛情がたっぷり詰まってるの。
私の大好きな抱擁……
私の大好きな愛撫……
彼女は厳格で真面目で融通が利かないけれど、とても努力家でいつだって一生懸命に生きている。
そして、誰よりも誰よりも愛情が深い素晴らしいひと。
だから私はもう知っているの……
私もシスターも既に乙女ゲームのストーリーから大きく外れ、それぞれ自分の『物語』の中で生きているんだって。
私がとうの昔に『ヒロイン』ではなくなったように、シスター・ミレはもう『悪役令嬢』なんかじゃない。
このひとは大切な私のお母さん……
だから、シスターは私の大好きな……
この世界で誰よりも大好きなひと……
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