──菜子さんに話したように、貴仁さんとの生活はあまりに幸せすぎたから、実際私も何も問題など起こるはずもなくてと考えていた。
けれどその時は、突然に降りかかった──。
お酒の席で指輪が話題に上がっていたこともあって、ふと彼の指に目をやった私は、そこにマリッジリングがないこと気づいて、
「貴仁さん、指輪は?」
と、何気なく尋ねた。
「……うん?」と、自らの左手の薬指を見やった彼が、「……嵌まってないな」と、ポツリと呟く。
「どこかで外されたんですか?」
「そうだな……、外すとしたら、顔を洗う時くらいだが……」
考え込むように口にした後に、彼は室内のバスルーム続きの洗面所を見に行ったが、
「ないようだ……」
と、落胆した顔つきで戻って来た。
「……どこに行っちゃったんでしょう?」
身近に思い当たる場所にはないことがわかると、途端に不安に駆られるのを感じた──。
「部屋の掃除の時になかったか、源じいに尋ねてみようか」
「はい……」と不安を隠せないまま頷いて、貴仁さんと連れ立って源治さんのところへ訊きに行った。
「……結婚指輪ですか。いえ私は、見ておりませんが。部屋の掃除に入った他の者にも聞いてみましょうか?」
「ああ、頼んだ」
彼が短く返して、「……すまないな」と、立ちすくむ私の手をギュッと握った。
「ああいえ……すまないだなんて」
私自身の胸騒ぎが彼にも伝わってしまっていたことを汲んで、なるべく感情を表には出さないよう笑みを浮かべて応えた。