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その日の夜。


夕飯の時も、お母さんに「どうしたの? ぼーっとして」と言われるくらい、私の心はテニスコートに置き去りにされたままだった。


​ 部屋に戻り、明日の準備を済ませてから窓を開ける。


夜の冷たい空気が、火照った顔に心地いい。


ふと隣の家を見ると、遥の部屋の明かりもついていた。


​「……起きてんのかよ」


​ ガラッと窓が開いて、遥が顔を出した。


昼間、泣きじゃくる私の隣にいた時とは違って、いつもの不機嫌そうな顔だ。


​「……起きてるよ。……昼間は、ありがと。袖、汚しちゃってごめん」


「別にいいよ、洗えば。……それより、まだマネージャーとか諦めてねーのか?」


​ 遥は窓枠に肘をついて、暗い夜空を見上げた。


​「……わかんない。成瀬先輩、本当に素敵だったから。私があそこにいても、先輩の邪魔になっちゃうだけかなって」


「……」


​ 遥はしばらく黙っていた。


すると、彼は自分の部屋の机から何かを取り出し、窓越しにひょいと投げてきた。


​「わっ!?」


​ 慌ててキャッチしたのは、コンビニの小さなチョコバーだった。


​「……糖分摂って、そのバカな頭冷やせ。お前は、兄貴に似合う女になりたいのか、それとも兄貴を支えたいのか、どっちなんだよ」


​ 遥の問いかけに、私は言葉を失った。


『似合う女』になりたい。でも、あんな風に隣で笑える自信はない。


​「明日も待っててやるから、さっさと寝ろ。……おやすみ」


​ パタン、と遥の部屋の窓が閉まる。


チョコバーを握りしめたまま、私は遥が閉めた窓を見つめていた。


あいつ、たまに私の核心を突くようなことを言うから、本当に腹が立つ。

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