慧太は、セラフィナを探してアジトの食堂に来た。
銀髪のお姫様は、机を挟んでリアナと食事をしていた。
彼女は慧太の姿を見ると、何故かホッとした表情を浮かべる。
「メシ、食べれた?」
慧太が歩み寄りながら声をかければ、セラフィナははにかんだ。
「ええ、まあ。量は少なめでしたけど……」
「長い空腹期間の後、いきなりたくさんの食事をとるとお腹が痛くなる」
リアナが珍しく長い言葉を吐いた。
その金髪の狐人少女は、揚げ物を食べていた。……何を揚げたものについてかは、言わないのがセラフィナのためだろう。
獣人の食生活は、人間のそれとは異なる場合も多々あるのだ。
セラフィナは苦笑する。気を使っているような雰囲気だ。リアナは無口系だから、とっつき難いのだろう。……その様が目に浮かぶ。
「座っても?」
慧太が相席していいかと問えば、セラフィナは「どうぞ」と頷いた。
適当な椅子を掴んで、向かい合う二人の女性の間に置く。
こほん、と咳ばらい。
「あー、えー、と。セラフィナ姫さまにあら、あらせられましては――」
「何です? 急に」
唐突に改まった態度の慧太を見やり、セラフィナは目を瞬かせた。
「そのー、えー、あなた様はお姫様で、あるわけで――」
「ああ、言葉遣い」
合点がいったのか、セラフィナは小さく微笑んだ。
「普通でいいですよケイタ。あなたの話しやすいように」
「……助かる」
肩の荷が下りた。お上品な会話術を持ち合わせていないのが恨めしい。日本語が通じるなら、きちんとお姫様に対応した言葉遣いができるのに……。
「じゃ、お言葉に甘えて。……セラフィナ、あんたのライガネンまでの旅だけど、オレも同行していいか?」
「同行……?」
セラフィナは不思議そうな顔をした。同時に困惑も覗かせる。
「その、何故です?」
「あんたを助けたい」
「えっ?」
困惑の色が濃くなる。慧太もちょっと直球過ぎたかな、と思った。
「聖アルゲナムの話を聞いた。魔人に滅ぼされたって」
セラフィナは、かすかに驚きに目を見開いた。だがすぐに伏し目がちになり、声を沈ませた。
「どうしてそれを……?」
「ここは傭兵団だから色々な情報が入るんだよ」
情報収集は、荒事の多い傭兵団にとっては死活問題である。仕事の効率を高めるためにも、自分達の安全を守るためにも。
「それで、あんたはライガネンを目指しているのは……魔人に対抗するためだよな?」
「ええ……魔人の軍勢、レリエンディールは、この大陸の支配のために動き出しています。私はライガネンにそのことを伝え、魔人に対抗する勢力を作らないといけない……亡き父のためにも、多くの、同胞たちのためにも――」
セラフィナが唇を噛み締める。
聖アルゲナム陥落の光景がよぎっているのだろうか。
魔人の侵略でおそらく多くの仲間、民が犠牲になったことは想像するのは難しくない。
ぎゅっと握り締めた拳。彼女の目もとにうっすらと涙がたまる。
「それを聞いちゃ、黙っているわけにもいかないよな」
慧太は首を小さく振った。
「同じ人間として」
一瞬、舌の先がざらついた。だがもう決めたのだ。自分の心は偽れない。
「ライガネンへの道中、オレがあんたを守る」
「ケイタ……」
はっと息をのむセラフィナ。胸が詰まり、しかし戸惑いを見せる。
「お気持ちは嬉しいのですが……私はいま、あなたに何もできません。何のお礼も用意もできないのです」
躊躇いがちに言う。巻き込むのは心苦しいとばかりに。
「報酬はいらないよ。オレがしたいと思ってることだから。だから手伝うと決めた」
「無報酬でよいというのですか?」
セラフィナは信じられないといった顔になる。
「あなたは傭兵ですよね? 傭兵がタダで手助けするなんて、聞いたこともありません!」
「あー、そりゃそうだな。オレ、おかしな申し出をしているかもしれない」
慧太は髪を掻いた。
リアナは沈黙を守っている。
「じゃあ、こうしよう。報酬はもらう。あんたにお金があって、払ってもいいって思った時に。……それでどうだ?」
「それは……私が払いたくないって思ったら無報酬でいいって契約ですよね?」
セラフィナは首を横に振る。
慧太は、他人事のような顔になった。
「まあ、そうなるか」
「そんなあなたにとって不利な話――」
「どうかな、あんたはお礼ができる時は必ずお礼してくれそうな気がする」
慧太は真面目ぶった。これまでの言動を見る限り、彼女は誠実な人物に思える。
「まあ、口約束だし。反故にされることなんて、この業界じゃないことでもないし」
「だとしても――」
セラフィナは開いた口が塞がらないようだった。しばし考え、銀髪のお姫様は意を決したように言った。
「本当に……よいのですか?」
ああ、と、慧太は頷いた。彼女の青い瞳を逸らすことなく見つめ――何だか心の底でむず痒いものを感じた。もう、一、二秒長ければ、逸らしてしまうところだった。
「わかりました。ケイタ、あなたを雇います。ライガネンまで、私を護衛してください」
「引き受けた」
一応、形だけでも雇うんだ――慧太は席を立った。このあたり律儀だと思う。
黙って話を聞いていたリアナが右手を軽くあげた。
「ケイタが行くなら、わたしも行く」
「ああ、そう言うと思ってた」
慧太は頷けば、セラフィナは目を丸くした。
「リアナ、さん……?」
「わたしとケイタは相棒。止めても無駄」
金髪碧眼の狐っ子は淡々と言うのだった。
「止めないさ。むしろ歓迎」
慧太が拳を突き出せば、リアナは同じく拳をタッチすることで応えた。
「あと、今のうちに言っておくけど、ユウラも同行する……構わないよな?」
青髪の魔術師の名前を出せば、セラフィナは頷いた。
「いいも悪いもないですが……。よろしいのですか? 私のために、人を割いてもらって」
「まあ、親爺はいい顔しなかったな」
団長の熊人が、拗ねていたのを思い出す。何故なら――
『うちの団の主力をごっそり持ってくんだぞッ!? 戦力半減! うちの団の稼ぎが大幅に減るっ!』
ちなみに、リアナが抜けることも団長は折り込み済みである。慧太に、ユウラ、リアナの三人でハイマト傭兵団の戦力半減――まあ、事実なので団長が拗ねるのもわかる。
「手伝うと言ったオレが言うのも何だけど、この世界の地理には詳しくなくてね。知識も情報量も多いユウラがいないとスムーズな旅は無理だと思う」
「同感」
リアナが真顔で首肯した。慧太はセラフィナの顔を見た。
「そうと決まればライガネンに行くための旅支度をしないとな。……今夜は休むとして、出発はどうする? やっぱ、早いほうがいいか?」
「ええ。……こうしている間にも、レリエンディールの魔人たちは攻撃の計画を練っているかもしれません。できるだけ早く」
「わかった。なら、明日の朝か昼には、ここを出発しよう」
慧太は宣言した。
さすがに今すぐ、と言わないだけお姫様は話のわかる人物だと思った。武器以外何もないのも影響しているだろうが……実は、ちょっと心配していた慧太である。
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