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魔法が解けたのは、夢が叶ったその夜だった。
ないこは、あの武道館のステージに立っていた。無数のペンライトが揺れ、何千という声が自分の名前を呼んでいた。照明が落ち、音が止み、最後の一音が会場に響いた瞬間、彼は静かに目を閉じた。
それは、あまりにも美しく、あまりにも現実離れしていた時間。まるで夢の中にいるようだった。
彼はその夢を、現実に変えてしまった。
◇◇◇
ないこは、6人組歌い手グループ「いれいす」のリーダーだ。ふざけ合い、歌い合い、時にぶつかり合いながらも、仲間たちと一緒に走ってきた。
最初はただ、「好き」を届けたかった。ネットの向こうにいる誰かに、心を込めて歌を届けたかった。やがて、ファンが増え、舞台は大きくなり、いつしか本気で口にするようになった。
「武道館、行こう」
それは冗談のように聞こえた。でも、ないこは本気だった。誰よりも強く、誰よりも遠くをみつめていた。仲間は笑いながら、「 ないこが言うなら、やってやるよ」と背中を預けてくれた。
何度も挫けそうになった。思うようにいかない日々も、数字に縛られた夜もあった。でも、そのたびに思い出すのは、画面越しに涙を流してくれたリスナーさんのこと、一緒に曲を作った夜のこと、コンビニ帰りに夢を語った仲間の顔だった。
そして、武道館の夜。
その全てが報われた。夢が現実になった瞬間。
◇◇◇
だが、それは同時に「終わり」の始まりでもあった。
ライブが終わったあと、ないこは一人、ステージの隅に立っていた。照明が消えた客席を見渡しながら、胸の奥にぽっかりと穴が開いているのを感じていた。
「もう…届いてしまったんだな…」
燃えるような情熱、張り詰めた緊張、全てが終わりを告げた。そこに残されたのは、強烈な喪失感だった。
“憧れ”は追い越された。
“夢”は現実になった。
“魔法”は、解けた。
それでも、ないこには一つだけ変わらなかったものがあった。
日々の痛みを持ち寄って彼らと息をした。
あの頃、何も無かった部屋で、声だけで繋がっていた。夜が明けるまで何度も話した。「無謀だ」って言われても、「やれるだけやろうぜ」って笑っていた。仄暗い寂しさを分け合い、傷を見せ合いながら、何度も立ち上がってきた。
その全てが自分をここまで連れてきた。
◇◇◇
ライブから数週間が過ぎたある日、ないこはひとり、雨上がりの街を歩いていた。水たまりに映るビルの灯りが、まるで別世界のように揺れていた。ふと見上げた空は、変わり映えしない曇り空。でもその下には、いつに増して明るい彼らの声があった。
「ないちゃん、次はどこまで行こうか?」
メンバーの一人が言った。いたずらっぽい笑みで。
「世界でも目指すか?」
「いや、まずは今日の収録からやろ笑」
ないこは笑って頷いた。
「ははっ、そうやな笑」
今日も、君と息をする。
たとえ、魔法が解けても━━━
この道を選び続ける限り、彼らは止まらない。
憧れの先に、新しい夢がまた生まれていく。
そして、その度に夜は明ける。
君とともに。
𝑒𝑛𝑑