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皆様ごきげんよう、『マルテラ商会』本店のロビーで待機しているレイミ=アーキハクトです。
上役と思わしき人物に農産物を試食していただき、会長と会うための交渉は上手く事を運ぶことが出来ました。今は椅子に座って連絡を待ちながら周囲を観察しています。
西部最大の商会の本店だけあって、人や物の出入りが激しい。それに、明らかに身なりの良い人物もちらほらと見えます。
『マルテラ商会』はレンゲン公爵家の御用商人でもありますから、必然的に貴族との取引も多いのでしょう。となれば、彼等は貴族の使者に他なりません。
マーサさんから密命として、可能な範囲でどんなものが取引されているか調べるように言われています。耳に入る程度ではありますが……新鮮な食品についての問い合わせや取引が多いように感じますね。
『黄昏』では、私が用意した溶けない氷を使った冷凍保存が一般化しているので、生鮮食品の保存期間が抜群に長くなっています。これは帝国において途轍もないアドバンテージを持つことを意味します。新鮮な食べ物などは産地だけ。後は塩漬けされたものが一般的ですからね。
お話を耳にする限り、この辺りでも『黄昏』産の農作物は猛威を振るうことになるでしょう。
しばらく周りを観察していると、先ほどの男性が此方へ駆け寄ってきました。走らなくても良いのに。
「お待たせ致しました、会長がお会いになります。此方へ」
「ありがとうございます」
私は彼に案内されて三階へと向かいます。まさかいきなり会長に会えるとは思いませんでした。農作物のリンゴと手付け金を渡したとは言え、多少は疑われることを覚悟していたのですが。
或いは、会長自らが調べるつもりでしょう。
今回私は武器を持ち合わせていません。丸腰です。下手に警戒されたり無用に威圧するのを避けるためですね。武器がなくても魔法がありますから、いざとなっても切り抜けられる自信はあります。
階段を登り三階へ辿り着きましたが……あー……。
「会長は些か独特な感性をお持ちでして、ご理解を頂ければ幸いです」
「はい、趣味趣向は人それぞれですから」
いや、三階に来た瞬間内装が黄緑一色。カーペットまで黄緑ですよ?目がチカチカする……。
いやまあ、マーサさんのピンク趣味で慣れてますけどね。
「ありがとうございます。では此方へ」
黄緑一色の空間を歩いて、これまた黄緑一色の扉の前にやって来ました。彼がノックしています。
「会長、お連れしました」
「お通しして」
これは……女性の声ですね。
扉が開かれて私は中へと招かれました。
「失礼します。『黄昏』から参りましたレイミと申します。本日は急な事であるにも関わらずお時間を頂きまして、ありがとうございます」
私は深々と一礼して相手の言葉を待ちます。
「構いませんよ、さあ此方へ」
私はゆっくりと頭を上げて相手を……ーっ!?
そこに居たのは、綺麗な若草色の髪を腰まで伸ばした美人さんでした。しかし、なにより目を引くのは背中にある髪と同じ若草色の大きな二対の翼。それだけで彼女が人間では無いことを示していました。いや、『暁』には人間以外の種族も在籍していますし、シェルドハーフェンにも少なくない数の他種族が居ますが。
まさか、マーサさん以外に商会を取り仕切るほど人間社会に溶け込んでいる方が居るとは。
私が驚いていると、彼女は柔らかく笑みを浮かべました。
「うふふっ、驚いた?初対面の人間さんは私を見て驚くものよ」
「あっ……失礼しました」
「構わないわ。さあ、座ってちょうだい」
私は彼女の薦めに従ってソファーに腰掛け、彼女も前に座りました。そしてゆったりと足を組んで、私に視線を投げ掛けます。
「ふふっ……わざわざ村娘みたいな格好をして。自分の正体を隠したいのね?」
「何の話でしょう?」
「隠し事は無しにしましょう?私がその魔力に気付けないと思ってる?勇者の妹さん?」
っ!?
「待ちなさい、別に敵対するつもりはないわ。初めまして、勇者の妹さん。私の名前はチェルシー、『マルテラ商会』を率いる者。見ての通り人間じゃないわ。あなた達が魔族と呼ぶ種族よ」
魔族……確かに彼女からは強い魔力を感じていますが……いや待て、魔族で私を知っていると言うことは。
「ご明察。私の忠誠は魔王様に、マリア様に向けられている。貴女達姉妹の事は同僚から聞いているわ」
心を読んだ!?
「ああ、ごめんなさい。別に読心術を使ってる訳じゃないわ。ただ、貴女顔に出やすいみたいだから」
あっ、笑われた。むぅ。
「それを聞けて安心しました。まさかこんな場所でマリアさんのお知り合いと会うとは思いませんでした」
お姉さまは嫌悪感を露にしていますが、私個人としてはマリアさんに含むところはありません。むしろ弱者救済のために頑張っている姿は尊敬すら覚えます。
「お互いに素性を晒したことだし、本題に入りましょう?今回は商売の挨拶だと聞いたけれど」
「はい、新たに西部にも品を卸そうかと考えております。そのため、先ずはマルテラ商会へご挨拶に参りました」
私が用件を伝えると、チェルシーさんは薄く笑みを浮かべました。
「それは建前でしょう?」
ハッキリと言われた言葉に、私は少し動揺してしまいました。腹芸は余り得意ではありませんし、こんな時だけはお姉さまの無表情が羨ましくもなります。
「販路の新規開拓、それは分かるわ。でも、それなら尚更『黄昏商会』の人間が来るべきよ。なのに、代表の妹である貴女が来た。誠意を示すためと言えば納得する人も居るでしょうけど、別の目的があると見た方がしっくりと来るわ」
ううむ、腹芸は苦手ですし勝ち目がありません。むしろ開き直った方が良いのかもしれませんね。
「何だと思います?」
「そうねぇ……まあ、一番可能性があるのは、レンゲン女公爵様と会うため、かしら。多忙を極めるし、面会を望む人は山ほど居るわ。正攻法で申し込んでも、数ヶ月。下手をすれば一年は待たされるかもしれないわね」
チェルシーさん曰く、それならば御用商人である『マルテラ商会』を頼れば飛び入りで面会を行うことが出きると。あっさり見抜かれてしまいましたが、話が早いとも言えますね。
「そこまでお分かりならば、話が早い。女公爵様との面会を斡旋して頂けませんか?」
「タダで、とは言わないわよね?貴女個人に恨みはないけれど、貴女の姉はマリア様を、お嬢様を不愉快にさせる存在。簡単には手を貸さないわよ」
でしょうね。ならば、本来はカナリア様相手の取引道具でしたがそれを使うことにしましょうか。
最愛の姉と因縁のある相手を前にして、レイミは静かに切り札を切ることにした。