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「今日は、5月末に行われる移動教室の流れを説明していきます。日程と時刻は手元の冊子の通りです。班やチェックポイントは無いので、好きな子と好きな所回ってもらって大丈夫です、注意事項とかもそこに書いてるんで、適当に目通しといて下さい。 」
5月も半ばに差し掛かった頃、僕らは、移動教室として東京・横浜へ行くための準備を始めていた。この学校では夏休みに、移動教室で東京と横浜を訪れるのだそうだ。
気怠そうな雰囲気で説明する委員長に、スマホをいじるもの、課題をするもの、真剣に聞くものと、十人十色だ。教師がいない分、こういう時に性格が出る。勿論僕は生真面目な優等生と言うわけではないので、窓辺の席で外を眺めているだけなのだか。
目線を黒板に移すと、斜め右に座る崎野が視界に写った。 先週出かけたきり、崎野とは会話出来ていない。だが、相変わらず真面目な顔をして委員長の話に耳を傾けていた。
崎野の秘密を知ってから、崎野が毎日学校に登校しているのを見ると、ああ、今日も生きているのだ、と安心する。
放課後、ようやく学校から解放された僕は、足早に図書室へ向かっていた。
今日は午後から雨が降り出したから、古びた旧校舎はいつも以上に黴臭い。それだというのに、崎野は毎日のように図書室に通っている。
木のスライドドアを開けようとすると、ギギッと嫌な音がしたので焦った。
どうにか頑張ってこじ開け、図書室に足を踏み入れる。雨音が部屋に響いていて、まるで現実世界から隔絶されたような不思議な空間だった。
「久しぶり、君、来たんだ」
「うわっ、びっくりした」
「私の方こそ、扉ががたがた揺れていたから驚いたよ。まあ、こんな古臭い図書室に来る人なんて、君くらいだもんね」
本のページを捲りながら、崎野は言う。
「何の本読んでるの?」
「地政学の本」
てっきり、女子高生がよく読みがちな、感動的に人が死ぬといった、ありきたりな物語でも読んでいるのかと思っていた。
「好きなの?地理とか、歴史とか」
「お父さんが書いた本だから読んでるだけだよ。本当は微塵も興味なんて無い。 」
「お父さんが書いたの?凄いね 」
「…そうかもしれないね」
崎野は、そう言って目線を落とした。少し落ち込んでいるように見えたが、きっと雨で憂鬱なのだろうと思うことにした。
崎野は、読みかけの本をぱたんと閉じ、鞄に詰める。ブラウンのスクールバッグは、飾りも何も無い落ち着いたもので、でもそれが崎野に似合っていた。
「今日、一緒に帰らない?」
「帰る」
心臓が跳ねる。反射的に答えてしまったことに、自分でも驚いた。
もしかしたら、 僕は、心の奥底で、彼女に誘われることを期待していたのかもしれない。
「崎野の家ってどこなの?」
「一人暮らしで、四丁目のアパートに住んでるよ」
「一人?」
「そう」
一人暮らしだと聞いて、聞き間違いかと耳を疑ったが、どうやら本当らしい。
「どういうこと?」
「待ってね、帰りながら話そう。」
崎野が鞄を肩に掛け、僕らは図書室を後にした。僕らの学校は1足制だし、崎野と二人で帰っているところを誰かに見られたら、あらぬ噂が立ちそうだから、裏口から帰ることにした。
傘をさして、二人で海岸沿いの道路に 出る。車が通ることは滅多に無いから、センターラインの上を、綱渡りにみたてて歩いていると、崎野に、小学生みたいだと笑われた。
崎野の声と、雨音しか聞こえない。振り返るともう学校は見えず、生徒どころか、人が1人も歩いて居ないことに気がつく。
夕方の雨は綺麗だなあなんて呑気な事を考えている時、崎野は、図書室でしていた話の続きなんだけどね、と、前置きを置いて話し始めた。