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私がオークションで狙うのは、ロッキナ・アースという名の【岩飾りの娘】だ。彼女こそが一年後に凄腕の金細工師としてデビューし、貴族界に一大ムーヴを引き起こす宝飾作品を連発してくれるのだ。
だけれど彼女がどういった容姿なのかまでは知らない。だからこそ彼女を引き当てるためには、オークションで売り出される【岩飾りの娘】全員を買い占めなければいけない。
でも今回、私が使える資金は全部で金貨100枚だけ……。
これ以上使ってしまうと今後の活動資金のために必要な経費が足りなくなってしまう。
そう肝に銘じて、私は奴隷商人リブラ・レブラに教えてもらった【奴隷オークション】の会場へと足を運ぶ。
入口はなんてことはない武器屋だ。
だけどカウンターのいかついおじさんに招待状を見せると店の奥へと連れて行かれ、地下へと続く螺旋階段を降りる。
そこには見下ろし型の劇場みたいな広間があり、すでに客席はそこそこ埋まっていた。みんな、舞台で紹介される奴隷がどのような逸品なのか心待ちにしている様子ね。
【奴隷オークション】は別に違法ではない。なのにどうしてこのようにコソコソ行われるかといえば、高額な奴隷を取引する場所では、奴隷や顧客の逃げ道を塞ぎやすい場所を選ぶ。
このように地下劇場であれば、不測の事態が起きた時でも武器屋への入り口のみ塞げば、盗難や不正行為に対処しやすいというわけ。
だからここに集った顧客たちも、わざわざ面倒事を起こす気にはならない。
「マリアお嬢様。あの男性は……」
アンが視線だけで客席の一角を示す。
私もそちらに目を向けると、そこには孤児院にいちゃもんをつけてきた三人組のうちの一人がいた。孤児にリンゴを盗まれたから金貨10枚をふっかけ、払えなければ奴隷商に売り払うと豪語していた連中の一味だ。
ここはあのようなゴロツキも出入りできる場所なのか?
いや、待て……あの男の傍にいる人物は確か……。
【三角獣の剣】男爵?
となるとあの男はトライホーン男爵の臣下、いや、金で雇われた間柄だろうか?
よくわからないけど面倒事だけは避けたい。
「ねえ、マリア」
トライホーン男爵たちから離れた席を選ぼうとしていると、隣からユーシスの声がかかる。
「あそこの連中とは離れた席にしよう。できる奴がいるよ」
そちらにも目を向けると……なるほど、あれは色々と厄介だ。
まず、トライホーン男爵よりも上等な服、そして雅なマントを羽織った男が二名。
中央の三人の脇を固めるように座っている。おそらく護衛だろう。
そして一番厄介そうなのが、護衛に守られた三人だ。
多分アレは……真ん中が少年、いや青年? それに壮年男性と青年?
どうしてハッキリしないのかと言えば、彼らはかなり強力な認識阻害の仮面をつけていたからだ。
あれを身に着けた者は、なんとなくぼんやりと認識できるものの、その容姿の詳細がぼかされてしまう代物だ。
何者だ?
精霊力を駆使して覗いてみる……いや、この場の【光精霊】だけじゃ足りないわ。となると鍵魔法で正体を暴くこともできるけど、それは目立ちすぎる。
とにかく正体を隠す必要のある大物であるとだけ認識していればいいか。
わざわざ自分から厄介事に首を突っ込むより、今は【岩飾りの娘】の確保に集中しよう。
「……あの二組も気になるけれど、アン、ユーシス。【深緑を守る大鹿】伯爵家の手の者がいないか、注意深く警戒してほしいの」
「承知いたしました」
「【深緑を守る大鹿】? なにかあるのかな?」
「高確率で私と競ることになるわ」
「へえ、マリアの邪魔する奴ね。じゃあ、それとなく事故死に見せかけろってこと?」
薄い笑みを浮かべながら怖いことを言うユーシスに、ピシャリと小声で否定しておく。
「違うわよ、何言ってるの駄犬。身なりを見れば、どれだけの軍資金があるかだいたい把握できるって話よ」
「ん? あーなるほどね。マリアのお小遣いを上回りそうなら、早めに諦めた方が無駄遣いしなくて済むもんね」
「そうよ」
ここはオークション。
同じ奴隷を狙っている者がいたとして、相手の資金が潤沢であればあるほど値も吊り上がり、私の懐は痛い打撃を受ける。
だからこそ、席につくまでに【深緑を守る大鹿】の手の者が誰か把握したかった。
しかしそんな願いもむなしく、オークション開幕の合図が鳴り響いた。
◇
(王子ミカエル視点)
ここが奴隷オークションか。
【鋭利なる巨石】子爵に案内されて来た場所は、ぼくが想像していたよりもひどいものではなかった。特に奴隷の扱いについては、高額な値がつく以上、商品価値を下げないよう丁寧に扱っている印象を受けた。
帝国はこれのどこに不満を抱くのだろうか?
隣にいる護衛騎士のフレイに目を向けても、彼から返答が来るはずもない。
また、スティングストン子爵だって自領でこのようなオークションが開かれていることを重々承知の上でぼくに案内を買って出てくれている。
それだけ後ろめたいことがない証だ。
敗者が奴隷として売られるのは世の常だ。
だからこそ僕ら王族は民を導く者として、民を守護する者として、誰よりも己を高めてゆかねばならない。
僕らが怠惰になったら、民があのような扱いを受ける日が来てしまう。
「殿下……あまりキョロキョロされぬようお願い致します。認識阻害が強力な【出会えぬ仮面】があるとはいえ、不慣れな態度を取られては周囲に侮られてしまいます」
「わかった。泰然としていればよいのだな」
「はい」
万が一の危険に備えて、僕たちはお忍びでこの【奴隷オークション】に足を運んでいる。
スティングストン子爵と護衛騎士が2人、僕とフレイ、計5人までの入場制限がかかっている徹底ぶりに最初は驚いたものの、中に入ればその理由にも納得がいく。
奴隷を品定めする客たちからは異様な空気が流れている。
きっと後ろ暗いことを生業とする者もいるのだろう。殺伐とした者や、欲に溺れた者、どの奴隷がどれだけ使えて、自分の得となるかを全力で吟味しているのだ。
そんな者たちが好きなだけ手下を同行できてしまったら、確実に揉め事が起きる。その被害も大きくなるだろうから、1グループ5人までの入場制限なのだろう。
「さあさあ、お次は今ではとんとお目にかかれない珍しい奴隷です! なんと、南の石切り場の洞窟に隠れ潜んでいた【岩飾りの娘】でございます! その数なんと10人! たったの10人だけでございます!」
司会の者がそう発表すると、周囲の客たちは色めき立った。
【岩飾りの娘】といえば身体が小さい種族だったとしか記憶にない。そんな種族に対し、なぜここの者たちはそこまで熱を帯びるのか理解できない。
「スティングストン子爵。あの奴隷種はなぜ人気なのか?」
「殿下……【岩飾りの娘】は成人しても体躯が小さきままでしてな……その、いわゆる少女趣味の者共には人気が高いそうです」
スティングストン子爵のその説明に納得がいった。
壇上にてその姿をお披露目された【岩飾りの娘】たちは、どれもみな少女と変わらない体つきだった。それでいて、容姿もそれなりに整っている。
手先も器用な種族だったか?
なるほど。家事をさせたり、その他で楽しむための……愛玩用に近い奴隷というわけか?
この会場で彼女たちを狙うギラついた眼差しが、そこかしこで交錯している。
「では! まずはこちらの【岩飾りの娘】から! 金貨1枚でスタート!」
「金貨1枚と銀貨20枚!」
「金貨1枚と銀貨50枚で買おう!」
「金貨2枚だ!」
「き、金貨3枚でどうだ!」
「金貨3枚と銀貨10枚……!」
男たちの醜い争いが始まった。
「私は金貨5枚だしますわ!」
そんな中、銀鈴を転がすように澄んだ音色が唐突に舞い降りた。
その声音は忘れたくても忘れられない。
ここ最近、焦がれ続けてきた少女の声そのもので————
いや、まさか彼女が……フローズメイデン伯爵令嬢がこんな場所にいるはずないとかぶりを振る。
きっと彼女を無意識下で想うあまりに、幻聴でも聞いてしまったのだろう。
「ならばこちらは金貨10枚で買おう!」
「……ッ! でしたらッ、私は金貨11枚ですわ!」
しかし、そこには————
キッと厳しい表情で、【岩飾りの娘】を男共の魔の手から救おうと必死に抗う彼女の横顔があった。
曇りなき銀髪を流麗になびかせ、欲望渦巻く場へと果敢に挑むその姿は————
やはり女神のように可憐で、そして凛々しかった。
「えっ、フローズメイデン伯爵令嬢?」
僕の極々小さな呟きに反応できたのは、王族近衛騎士のフレイだけだった。
「ふふっ、殿下は運命を感じられていますな?」
面白そうに小声で笑う炎髪の貴公子に、僕は押し黙る。
僕はこの国の王子だ。
だから、どんな時も冷静沈着に対応しなければいけないんだ。
でも、だけど————
心臓の音は鳴りやまなかった。