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「……なんか日常がいきなり帰ってきました。
すべてが眩しいです」
明るすぎる駅の構内を遅い時間だというのにたくさんの人が行き交っていた。
「ちょっと腹減ったな。
軽く食べて帰るか」
と蓮太郎に言われ、はい、と頷く。
駅近くのパスタ系のファミレスに歩いていった。
駐車場を見ながら唯由は言う。
「そういえば、以前、ファミレスの駐車場にポルシェがずらっと並んでたときがあって。
全部、別々に来られた家族連れとかだったんですよ。
今日、ポルシェ安い日なのかなって思いました」
「……全員がその日に買ったわけじゃないだろう」
と言う蓮太郎の後をついてファミレスに入る。
その背中を見ながら、唯由は思い出していた。
花火をする蓮太郎が、湧いて来たおじさんたちと話していたとき、練行が小声で唯由に言ってきた。
「あれはいい男だな」
「えっ?」
「わしがクワを振り上げても、一歩も引かなかった。
お前とのことを認めて欲しいという気持ちが強かったからだろう」
……いや、一歩も引かなかったのか、フリーズして動けなかったのかわかりませんけどね、と思いながらも、唯由は照れたように笑った。
練行が嬉しそうにしていたことが、唯由にとっては、嬉しいことだったし――。
「そういえば、この間、エコバッグ開けたら、蚊が出てきたんですよね~」
と言うしょうもない話をしながら、席に向かっていたら、
「蓮形寺さん」
とあの自転車の人が手を振ってきた。
男ばかりのテーブル席にいたようだ。
「あ、……ああ、こんばんは~」
唯由は名前がわからないことを笑顔でふんわりと誤魔化した。
「こんばんは。
この間のコンパのとき、途中から合流した人ですよね?」
自転車の人が蓮太郎に笑顔を向けて、そう言ったので、
「えっ? 覚えてるんですか、すごいっ」
と唯由は驚いたが、彼は苦笑いして言う。
「こんな目立つ人、忘れないよ。
あの、俺、蓮形寺さんと家近いみたいで、たまに朝会うんですよ。
今度、またみんなで呑みに行きませんか?」
そう自転車の人は誘ってくれたのだが、蓮太郎は、
「いや、結構だ」
とすげなく断る。
雪村さん、雪村さんっ。
断るにしても、もっと穏便にっ、と唯由は思ったが、蓮太郎は彼に向かい言い放つ。
「お前、蓮形寺に気があるだろう。
駄目だ」
いや、なに言ってんですか~っ。
唯由は蓮太郎を蚊の入ってるエコバッグにしまって持ち帰りたくなった。
だが、自転車の人は、
「はい」
と言う。
「それで、あなたが蓮形寺さんと付き合ってるのか、ただ食事に来ただけなのか、探りを入れようかなと思って」
あっけらかんと言う彼に、蓮太郎が言いかけた。
「蓮形寺は俺の愛……」
だが、さすがの蓮太郎も外で若い娘を愛人呼ばわりするのは、外聞がよくないと気づきはじめたようで、なんとか誤魔化そうとした。
「愛……
愛する人だ」
『愛人』という言葉を分解してみただけのようだが。
その意味は濃厚だった。
「そ、そうなんですか」
と自転車の人の方が照れたように答えていた。
「お前のように爽やかで感じのいい奴、また一緒に呑みに行ったら、唯由がお前を好きになってしまうかもしれん」
何故、そっちを誉め殺しっ、と思ったが、蓮太郎は相変わらず、ただただ見たままの感想を言っているだけのようだった。
「お前、世に言うイケメンとかいう奴だろ。
駄目に決まってる」
いや、あなたの方がものすごいイケメンですよっ、と自転車の人と唯由は一緒に驚愕した。
この人、おのれを知らなさすぎるっ!
「だが、お前が割り込む余地はもうないぞ」
せっかく得た愛人を失いたくないのだろう。
蓮太郎はいろいろ言ってくる。
「俺はもう、こいつとみだらな行為をして金を渡している」
「額にキスしてサイダーおごってもらっただけですよっ?」
自転車の人が吹き出した。
「さっき、こいつのおじいさんのところに挨拶に行ったら、生首にされかけたが、俺は一歩も引かなかった。
こいつを失うわけにはいかないからな」
あれ、引かなかったんだ……。
「おじいさんに挨拶に行ってみろ。
ボディガードに狙われるし」
狙われてません……。
「クワで襲われるし」
襲われてません。
「しまいにはバズーカで撃たれそうになったし」
あれ、懐中電灯です。
「それでも引かなかったんですね、ご馳走様です」
と何故か自転車の人は笑い出す。
「わかりました、わかりました。
蓮形寺さんは諦めます。
今度、二人で呑みに行きましょうよ」
と言って、自転車の人は、ぽん、と蓮太郎の方の肩を叩いていた。
なんだったんだ、と思いながら席に着く。
唯由は、なに食べよっかな~とメニューを眺めていたが、蓮太郎はメニューを広げたまま見る気配がない。
なにをしてるのかと思ったら、スマホを手に自転車の人たちの席を気にしていた。
「……連絡先、交換し忘れた」
一緒に呑みに行きたかったんですね……。
ソワソワした様子の蓮太郎に唯由は笑ってしまう。
帰り際、蓮太郎が唯由に言ってきた。
「あいつ、コンパのとき、お前の隣にいたから覚えてたんだ」
前もそんな感じのこと言ってましたけど。
あの人が私の隣にいたの、合流する前ですよね?
と夜道を歩きながら唯由は思う。
あの息が詰まるような星空はそこにはなく、昼間のように明るい街からは月くらいしか見えなかった。
サウナの電光掲示板をなんとなく眺める。
文字が流れていると、つい、読んでしまうのだ。
「サウナ、好きなのか」
「いや、熱いの苦手なんで。
デトックスによさそうですけどね」
いや、デトックスには効かないという説もあるが。
汗と一緒に、いろんな悪いものが流れ出ていきそうだ。
「俺もあんまり行かないな」
と言う蓮太郎に、
サウナに行って、悪いものとか、無謀なとことか、考えなしに行動するところとか流してくればいいのに、とつい思ってしまう。
自転車の人に会ったせいで、最初に会ったコンパの夜の強引さを思い出してしまったからだ。
だが、唯由の頭の中で、デトックスされて悪いものと強引なところがすべて流れ出てしまった蓮太郎は子どもの手で作ったおむすびくらい小さくなっていた。
つい、ははは、と笑ってしまい、
「……なにがおかしい」
とその妄想を察したように睨まれる。
「ところで、俺は明日は仕事なんだが、お前はなにしてるんだ?」
「そうなんですか。
大変ですね。
私はそうですねえ。
まだ引っ越してから、ゆっくり家の周りを見てないので。
新しい商店街やスーパーを探してみようかなと思っています。
あ、本屋さんにも行って、新しい料理の本でも買おうかな。
最初、料理ほとんどできなかったんで。
見様見真似で一ページずつ、全ページ作ってみたんですよ。
怪しい味付けになったりして、お義母様とか顔しかめて食べてましたね」
嫌がらせのために作らせているとはいえ、まずい料理を食べ続けるとは。
気が長くて我慢強い人なのかもしれないなと思ってしまう。
そういえば、いつも完食してくれていた。
お義母様たち、元気だろうかな、と思ったとき、横で、蓮太郎が、ふうん、と相槌を打った。
なにやら物言いたげだったが、らしくもなく言わなかった。
サウナの看板だけで、なにかがデトックスされたのだろうか……?
と思いながら、タクシーで送ってもらって別れる。
唯由だけ降ろし、去ろうとした蓮太郎にタクシーを覗いて言う。
「あのっ、今日はありがとうございました」
なにが? という顔で見られた。
「ちゃんと、おじいさまたちに挨拶に行ってくださって嬉しかったですっ」
「……そうか。
うん。
こちらこそ、ありがとう」
そう言って、蓮太郎は去っていった。
あれまだなにか考えてるようだな。
なんなんだろうな? と思いながら、部屋に戻り、風呂に入って寝る。