夢の中、唯由はひとり、真っ暗なあの道に立っていた。
練行が空をサーチライトで照らすと、黒い空に白くてまんまるな月が現れた。
そこから天女な月子が舞い降りて、暗闇なので気づかなかなったが、少し前を歩いていたらしい蓮太郎を迎えに行った。
いやいや、ちょっと待ってっ、と思う唯由に蓮太郎が振り向いて言う。
「王様ゲームはもう終わったんだ、唯由」
なんで、今、唯由って呼びますかーっ、と思っているうちに目が覚めた。
「あっ、唯由ちゃんだっ。
ここ、座っていい?」
月曜日。
いや~、片付け、手間取ってるうちにみんなに置いてかれちゃってさ~と言いながら、社食で紗江が前に座ってきた。
「お疲れ様です。
どうぞ~」
唯由も昼休みをつぶして、お客様の応対をしていたので、ひとり遅れて食べに来たのだ。
すでに一時を回っているので、社食は空いていた。
「紗江さん、がっつりですね」
ハンバーグにグラタンにパンにとたっぷり並んだ紗江のトレーを見ると、
「歳のわりに食べるのよ、私~」
と笑って言う。
確かに学生並みの食欲だな、と思っていると、
「そういえばさー、れんれん、唯由ちゃんに言いたいことがあるみたいでさー」
と何故か最初にゼリーの蓋を開けながら紗江は言ってくる。
言いたいこと?
唯由はぎくりとする。
夢の中、他人を見るような目で自分を振り返り言った。
「王様ゲームはもう終わったんだ、唯由」
という蓮太郎の言葉を思い出していたが、紗江は瀬戸内レモンゼリーを食べながら、真逆なことを言ってきた。
「れんれん、唯由ちゃんの料理、食べてみたいけど、自分からは言い出せないみたいだよ。
まあ、本人が言わないのに、私の口から言うのも悪い気がするからさー。
私は教えないんで、自分で、れんれんから、なにか悩みでもある~? とか言って訊き出してみて~」
……いや、全部言っちゃってますけど。
「瀬戸内レモンってつくと、なんでも美味しそうなの、なんでだろうねえ」
と言う紗江とホッとしながら、楽しく食べた。
でも、なんでホッとしたんだろうな。
王様ゲームが終わりなら、それでもういい気がするのに。
もうこの下僕が王様に振り回されることもなくなるのに。
そう思いながらも、家に帰った唯由は、日曜日に買った料理本を眺めていた。
そういえば、なにが好きなのか知らないな~。
呑み会のとき……
ピスタチオよく食べてたな。
ピスタチオか。
あとはカシューナッツ。
ナッツばっかりだな。
そんなことを考えながら、うとうとしていたら、電話が鳴った。
蓮太郎だった。
「今、なにしてるんだ」
「料理の本見ながら寝てました」
寝ぼけていたので、そう言ってしまい、あ、しまった、と思う。
そっと話題を振るつもりが、思い切り、殴りかかる感じに言ってしまった。
「……そうか。
俺は今、仕事終わったんだが。
夜食でも食べないか? 今から」
「何処ですか。
迎えに行きますよ」
とつい言ってしまい、
「まだ迷ってない。
会社出てないから」
と不機嫌に言われる。
はっ、寝ぼけていたせいか。
思っていることを包み隠さず言ってしまうっ。
いや、この勢いに乗って、思っていることを言うべきか?
と思った唯由は、じゃあ……と言った。
「じゃあ、うちに食べにこられますか?
軽くなにか作りますよ」
寝ぼけていたな、完全に。
スマホを切ったあとで、唯由は正気に返って焦る。
作りますよって今、言った? 私。
え? なにを作るつもりですか、私。
材料ありましたっけ? 私。
動転しながら、唯由は義母に電話する。
「お義母様、まだ起きてらっしゃいました?」
「唯由さんなの?
あなた、なにをして……」
「お義母様、私が作る夜食、なにがお好きでしたっ?」
唯由は何度も振り返りながら、早口に訊く。
今にも蓮太郎の車が入ってきて、ヘッドライトで窓が明るくなりそうな気がしたのだ。
「え?
シンプルに中華粥とかかしらね」
「そうですか。
ありがとうございますっ」
と唯由はスマホを手に頭を下げた。
「いや、ちょっとなんなの、あなたっ。
いつ帰ってくるのっ?
あなたがいなくなったせいで、私は外食ばかりよっ」
いや、呼び戻した腕のいいコックがいるではないですか……。
だが、相手が誰であれ、その目的がなんであれ。
必要とされるのは嬉しい。
「……今度、三条になにか届けさせますよ」
そう言って、唯由はスマホを切った。
窓の外が明るくなり、チャイムの音が鳴る。
蓮太郎が自転車の人に連れられ、現れた。
「いや、この人、その辺で迷ってたから」
自転車で車を先導してくれたらしい。
すみませんすみません、と唯由は頭を下げ、上がってお茶でもと言ったのだが。
「いやいや、そんな野暮はしないから。
じゃ」
と苦笑いして、彼は帰っていった。
蓮太郎と連絡先の交換をしたあとで。
「どうぞおあがりください」
と唯由は蓮太郎に上がるよう促す。
「いや~、今、寝ぼけて、夜食作りますって言ったけど。
正気に返って焦っちゃって。
なに作っていいかわからなくて。
お義母様に電話しちゃいましたよ」
ははは、と笑ったあとで、
「中華粥でいいですか?」
と言ったのだが、蓮太郎は呆れたように言う。
「それ、どの時点でも正気に返ってなくないか……?」
と。
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