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よく晴れた朝、施設の門を出ていつも通りに学校へと向かう。
この街は至る所に落書きがあって、喧騒に満ちている。とてもじゃないけれどいい環境とは言えない。普通の子供ならこんなところで暮らしたいとも思わないだろう。
でも、両親を亡くした自分には今の施設で暮らす他ない、頼れる親戚も居ないのだから。
通学路から見える公園では、またどこかの悪童たちの小競り合いが繰り広げられている。
「朝から元気なやつらだなぁ…」
そう呟いたとき、視線を奪われた。
颯爽とスカートを翻すロングヘアーの女子高生が不良共を薙ぎ倒していったからだ。
その長い脚から繰り出された蹴りはまるでダンスを踊っているかのように軽やかで見事だった。
「あれ、風鈴の制服じゃん。」
「うわぁ、ボウフウリンに手え出すとかありえねー!あいつ等終わったな。」
通りすがりの学生たちが冷ややかな言葉を吐く。
『風鈴って、確か喧嘩の強い高校?あそこ女子も通えるのかぁ。』
自分を守れるのは、自分だけだと秘かに鍛錬していたことをやっと活かせる場所が見つかった気がして、心が躍った。
その日からは、クラスの自称一軍女子たちのマウントや勘違い野郎の冷やかしも耳には届かなくなって、風鈴高校への入学を夢見て、身体を鍛えることに集中した。
もともと、168センチもある恵まれた体格なので自然と力がついた。
ある時など、腰を曲げたお爺さんが何本も角材を運ぶのを手伝ってみたりして、
「こんなに、いいんですか?」
「いい。孫が手伝いしてる先でもらってきた野菜だ。食べてくれ。」
ちょっとぶっきらぼうな口調で袋に入った野菜をで渡された。
いい事するといいことがあるものだと思えた。
風鈴高校の入試はあまりに簡単で拍子抜けした。
はっきり言えば、小学の高学年程度の学力で合格できそうだった。
テスト中、前の席の男子は五分くらいするとゆっくり眠りについた。赤い珠のついたタッセルピアスがゆらゆらと揺れて、気持ち良さそうだったと思ったことを思い出す。もう1つ思い出すと言えば、受験生が男子ばかりだったことに若干の違和感を覚えたくらいだ。
春、自分が大いなる勘違いをしていたこと知らしめられた。
入学式の数日前に高校から呼び出された。校長室で入学の意思を確認されたのだ。
「ウチは男子校だけど、それでも入学するのかい?」
「えっ?」
「まぁまぁ、今は多様性の時代ですしねぇ、校長先生。」
「それもそうだねぇ、教頭先生!」
「女子いますよね…ロングヘアーの子が。」
「あぁ、椿野くんのことかい?あの子は男子だよ。」
色々と勘違いはあったが、入学する意志を伝えた。そうと決まれば、混乱を避けるために肩まである髪をショートにし、この三年間を男子として過ごすための準備をしなくてはいけない。そんなことを考えながら廊下を歩いていると何かを大きなものにぶつかった。
「痛っ…ひっ!」
「…」
そこには、猫背で長身の目付きの悪い男子が不機嫌そうに立っていた。その手には、その雰囲気には不釣り合いな野菜の苗を持っていた。
「ごめんなさい。前をちゃんと見て無くて…」
「………っ。」
何かを呟いたようだが、低く小さ過ぎる声は聴き取るには難しかった。
長い髪で表情もわからない相手だったが、ただ野生動物のような強さは感じ取ることができた。
流石は風鈴といった感じだ。
軽く頭を下げ、その男子はのそのそと去っていった。
あの日から入学式まではそれなりに忙しくしていた。長らく過ごした施設を出て、東風商店街にある青果店で下宿させてもらうことや生活費の足しにするためポトスという喫茶店で週に何度かバイトをすることになった。
そこには、ことはさんというお姉さんがいて、さっぱりした性格でとても感じの良い人だった。
自分が男装して風鈴に入ることにも協力してくれると笑顔で応援してくれることに感謝した。
風鈴の制服に袖を通しボウフウリンの一員となるべく、意気揚々と校門をくぐると何故か多くの視線を感じた。キョロキョロと周りを見回すが、何も変わった様子は無い。
『気のせいかな?男装は完璧だってことはさんも言ってくれてたし!』
他の新入生たちは
『めっちゃ可愛い子いる!』
『あの子の周りだけ、キラキラして見えるぜっ!」
眩しい!』
『ふえっ、ここ男子校じゃねーの?新たな扉開いちゃうかも!』
それぞれに甘酸っぱい想いを抱きながら入学式の会場へ向かった。
入学式を終え、一年一組の教室へと向かう途中、ボウフウリンの総代梅宮一さんの変わった校内放送があった。変わってはいたがとても良い心意気の伝わる言葉だった。
教室の扉を開けると、驚く光景があった。
数日前に廊下でぶつかった野獣みたいな男子と小学生の頃のクラスメイトだった桜遥がしかめっ面で握手を交わしていた。
「えっ、どういう状況?」
「仲直りの握手ですよ!って、君あの…えっと…」
手に小さなノートを持ったソバカスの少年が慌ててページをめくっている。
「わたっ、いやっオレ、森川日和(モリカワヒヨリ)。春からこの街に来たんだよ」「あぁ、だからデータが無かったんすねぇ!オレは楡井秋彦。よろしく、森川さん」
「日和でいいよ。楡井くん」
楡井くんは自己紹介をしながら、ノートに何やら書き込みをし始めた。
『こんなキレイな顔の人いるんだなぁ、女の子って言っても全然わからないよ…』
少し顔を赤らめていると、隣からすっと顔を出して
「僕は蘇枋隼飛。よろしくね、日和さん」
「よろしく。」
ニコリと微笑みを浮かべた眼帯の男子は受験の時に前で居眠していた人物だった。
その後は、次々とクラスメイトたちが自己紹介してくれたが、あまりの勢いに頭には入ってこなかった。
いやただ、一人に目を奪われていたからかもしれない。
乱暴に擦った鼻血の跡と鋭い目付きの男子は一度だけ、こちらを見たがすぐに目をそらして仏頂面をしていた。その姿から目を離せなかった。