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午前8時25分。
学校という名の刑務所に今日も入所する。
さて、憂鬱な1日の始まりだ。
「おはよ〜!」
「昨日放送されたあれ見た?」
「見た見た、最高におもろかった!」
登校中の生徒の会話が弾む中、私は一人校門から校舎に向かってひたすらに歩く。
私の学校は妙に広い。
いわゆる部活動で使用しそうな設備は全て完備されている、はずだ。
校門から校舎にたどり着くまでにも少し時間がかかるし、大きな駐輪場が堂々と鎮座している。
隙をみて陽が差し込んでくる。
桜の花びらはもう散り切って、ひどい寒さは十分なほどに緩和されていた。
ほんのり暖かく心地よい日だ。
木々からは緑の蕾が顔を出し、せっかちな子はもう体まで見せてくれている。
さらさらと吹抜ける風は、肌への触れ心地がとても良い。
有線イヤホンでお気に入りの曲を聴きながら重い足取りで歩き続ける。
アップテンポな曲を聴いても足取りが重いのは変わらないという点が悩みどころ。
そそくさと 履き慣れた上履きに履き替えて校舎へ入る。 本日も無事入所完了。
私は瀬ノ間麗
都内の共学高校に通う高校3年生。
慣れ親しんだこの校舎に通うのも3年目、 学校に新鮮味は感じないが安心感はある。
この校舎は、私が入学した年に建て替えられたので、どこを見ても清潔。その点はとても良い。
そして窓からは街並みと木々が見える。こちらもとても良い。
校舎の一階。
多くの生徒が顔を合わせる場。
アーチ状になされる生徒の会話をくぐり抜け、1フロア辺り2箇所しかない階段に向かう。
「はぁ。」
ため息が出る。私の教室は4階だ。
通い始めて3年目、この学校に対しては何個も改善してほしい問題を見つけてきたが、
今その中でも特に思うのはエレベーター がないことだ。
まだ春だからいいが、これが夏だったらと思うとゾッとする。
きっとどんなに足掻いても汗をかくだろう。
私は汗をかく行為が大嫌いだ。
4階分上り切った頃には軽く息が切れていた。
息を整えながら廊下に向かう。
薄暗かった室内は、窓から見える青空で明るく照らされていた。
再び生徒達の会話が聞こえ始める。
朝のホームルーム前だ、通り抜けるのも一苦労なくらいに廊下には生徒が溢れていた。
うまく人混みを掻き分けて、上がってきた階段から順に数えて4つ目の教室に向かう。
「あ、麗じゃん、おは〜」
教室に入る手前、同級生が挨拶をしてきた。
「うん、おはよう。」
有線イヤホンの片方を外して挨拶をし返す。
もう片方の耳からは音楽が聞こえなくなった。
丁度曲が終わったのだろう。
耳からイヤホンをはずし、丁寧に巻きつけて片す。
机に座って会話をしている男子生徒や、女子の膝に座っている女子生徒。
多種多少の生徒が私のクラスを構成する。
教室の真ん中辺りが私の座席。
今日も迷わずそこに向かう。
スクールバッグを肩から下ろし、ようやく座って一息つける。
すると、私が腰を下ろしたと同時に前から勢いよく話しかけられた。
「ね、麗、生徒会長でも校則を変えることは難しいの?」
そう私に声をかけるのは、同じクラスの早坂明音。
いつもスカートを短くして生徒指導の先生に怒られては同級生に、 「まじきもーい」と文句を言っている。
誰に対しても平等に接する姿には、男女問わず惚れ惚れしている。
いわゆる陽キャ女子。
「無理よ。」
「えー、全部じゃなくていいからさ、スカートの丈だけでも!」
「無理なものは無理なの。」
明音の切実そうなお願いに対して、私はきっぱりと断る。
生徒会長だからと言って、全ての問題を解決できるわけではないのだ。
それに、似たような話はすでに何回か話している。
まぁ、自分に利益があるような願いは何回だってしたくなるのが人間だろう。
すると彼女は「ちぇ〜」と唇と尖らせて自席に戻った。
一人で私の元にきた明音が自分の席に戻った瞬間、再び大勢に囲まれる。
いつもにこやかでクラスの雰囲気を和やかにしてくれているのだと感じる。
あと10分ほどでホームルームが始まる。
1時間目の準備でもしながら時間を潰そう。
「第2次世界大戦ではな〜・・」
本日最後の授業は歴史で終わるらしい。
お昼の直後ではないが、絶妙に体がだるくなる時間に歴史という睡眠推薦剤は、生徒にとってはかなり厄介だ。
プールの後にある現代文の授業に匹敵するのではないか。
辺りを見渡すと ほとんどの生徒はぐっすり眠っている。
だが、唯一背筋をピンと伸ばして先生の話を聞いている生徒がいる。
白谷桜子。
桜子は普段ほとんど一人で過ごしているし、他の生徒とも会話をしないので、いまいちどんな人物像なのかイメージが浮かばない。
ただ、以前一度だけ体育のペアワークで同じ時を過ごした。
私達の会話は無に等しく、アイコンタクトで全て解決してしまっていた。
覚えている範囲で会話した内容を再現するなら、
「桜子、これ。」
「あ、うん、向こう。」
かな。
まぁ、そんな桜子ならどんな授業でも真面目に受けるだろう。
という私も大概だが。
先生のトーンが少し落ち着いた頃、 時計を見ると、授業の半分が過ぎていた。
今日の時間は過ぎるのがとても遅い。
普段は内職をしながら話を聞くこともあるが、どうも本日はその気力がない。
何をして時間を潰そうか考えていた。
あまり音のしないボールペンをカチカチと反復して押す。
だが、ここで校内放送が鳴った。
「連絡いたします。3年4組、瀬ノ間麗、至急職員室に来てください。繰り返します。3年4組〜・・・」
私?
しかも授業中に?
放送を聞いて授業を止めた先生に目配せをすると、先生はただ頷くだけであった。
私は音を鳴らして椅子を引いたが、寝ている生徒が起きる気配もなく、こちらに視線を向けるのは桜子のみ。
一体何の話だろうか。
白い教室の扉を開けて廊下に出る。
すると窓から見える空がやけに赤く見えた。
どうしてか分からないが、ものすごい胸騒ぎを感じた。
トントントン
「失礼いたします。」
2階にある職員室の扉を叩く。
すると、中からすぐに「どうぞ。」という男性の声が聞こえた。
妙に重たい引扉を開けると、生暖かい風がブワッとふいた。
少しコーヒー臭い職員室には、この時間で授業を持たない先生がずらっと円になって何かを話していた
「いかがなされたのですか?」
私を呼んだのは、おそらく私が生徒会長であるから。
今までも呼び出しはあったが、授業中に呼ばれたのは初めてであった。
「これを生徒たちに渡して欲しいんだ」
そう言って立ち上がり私に一瞬背中を見せた。
声からして先程私に「どうぞ。」と言ったのはこの先生だ。
机に積まれたありえない量の封筒を重たそうに運ぶ。
「これは、?」
「お国からのお願い、というより命令だ。」
「国から?命令ですか?」
普段馴染みのない単語の組合わせで思わず教頭先生に聞き返す。
配布物の中身に目を通す間も無く、ただ無機質な茶色の封筒を眺める。
「あぁ。とりあえずこれを配ってきて欲しい。」
「この量を各教室にですか?」
「そうだ。」
一学年7クラス。
三学年もあればその3倍。
これを一人でってかなり嫌なお願いだ。
「もし同じ中身なのであれば、校内放送を用いるのではいけないのでしょうか?」
一度で全員に伝わる校内放送なら、この量を運ぶ手間も省ける。
何より効率が良い。
「まぁそうだよな。その方がいいだろう。配布物は各クラスの担任に渡して置く。君は封筒を一つ持って放送しろ。」
「授業中ですよ?今ですか?」
「あぁ、今すぐにだ。」
“国“、“命令“、“今すぐに“
この三つが並ぶだけでもおかしくなりそうだ。
「分かりました。すぐ取り掛かります。」
封筒の中身が何かはわからない。
ただ、かなり大ごとであることには間違ないだろう。
私は封筒の山から一つ手にとり、職員室のお隣にある放送室へ向かった。
封筒が汚く破れないように丁寧にノリを剥がす。
時計の針は5時間目が終わる15分前を指していた。
きっと生徒たちも授業の終わりにかけて目が覚め始める頃であろう。
放送機器の電源を入れ、三つあるマイクのうち、一つ目のマイクの音量を上げる。
慣れた手つきで放送を知らせるボタンを押せば、ドアの向こうから聞き慣れた、「ピンポンパンポーン」という音がする。
音が鳴り止んだ頃、私は封筒に入っていた紙を取り出し、マイクに唇を近づける。
「全校生徒の皆さん。生徒会長の瀬ノ間麗です。これから生徒の皆さんにお知らせしたいことがありますので、耳を傾けてください。」
“国から“というわけのわからない全く感情のこもっていない文字に目を通す。
「政府から、全国の高等学校、大学に通う生徒及び学生の皆様に命令を下します。」
「本日から、生徒及び学生の皆様には、今後起き得る緊急事態に備え、国家を防衛するための訓練を受けていただきます。」
「ただいまより、あなた方は国家のためにいのt…」
次の文字が目に入った瞬間、思わず言葉を飲み込んだ。
意味を理解するのには時間がかかるであろう。
ただ、何も考えず最後まで読むのだ。
「…、ただいまより、あなた方は国家のために命を預けなさい。」
「放送を…繰り返します。 政府から〜」
全く内容が理解できないまま、羅列された言葉を読むbotのようだった。
“国家を防衛するために訓練を受けていただきます。“ “命を預けなさい。“
日本国憲法を一度でも呼んだことがあるのであれば、どれだけ異常なことかわかるだろう。
私は放送を繰り返すのに必死であった。
そして、校舎が生徒の混乱した声で振動するのを感じた。
#余命
コメント
1件
すごかった…!! 最初の「学校という名の刑務所」って表現からもうグッときたんだけど、麗の憂鬱な日常がすごく丁寧に描かれてて、その空気感にどっぷり浸かったよ〜。 そしたらまさかのラスト!「命を預けなさい」って…え、待って待って、何この急展開!!😭💦 生徒会長だからって重すぎる役目すぎない?!続きがマジで気になりすぎるんだけど!次話いつ?!教えてちょかさん!!🔥