コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「えっと……」
女の涙、それも元生徒が泣いているときにどうすればいいのかなんて分からない。
俺がおろおろとしていると、リーナは袖で顔をぬぐう。
それで、もう切り替えたらしかった。
頬はまだ赤いままだったが、背筋を伸ばして、理事としての真面目な目つきへと変わる。
「先生、私とともに行きましょう。王立第一魔法学校へ。私だけじゃない。あなたを必要としている人が多くいます。あなたの教える喪失魔術を世界が待っているんです」
そして、再びのスカウトだ。
同時に、すでにリーナの理事としての印が押された契約書も提示される。その額面を見れば、目が飛び出そうになった。
かなりの高賃金、そして休暇やその他福利厚生も充実していた。
「規定により、まずは副講師から始めてもらいますが、待遇はかなりいいものでしょう?」
「あぁ、今とは比にならないな」
「私の本気が伝わればなによりです。これなら、目の下にクマもできません」
その指摘には空笑いしかできない。
なんせ今は残業代も出ず、手取り12万ベルほど。家を借りられるだけいいほうで、あとは極貧生活を強いられている。
だが、それよりなにより胸に刺さったのは、彼女の言葉だ。
ここまで純粋な期待をかけられたことは、いまの職場ではいっさいない。
なにより、こき使われるだけの環境にいたから、純粋に期待されるのは素直にうれしいことだ。
そのうえ、かつてのように研究や生徒指導をできるというのだから、やりがいしかないだろう。
そりゃ、引き受けたい。
けれど、いろいろと障壁は残っていた。
「話はありがたいけど、俺は一度、学会を追放された身だ。そうそう戻れるわけがないさ」
「いいえ、そんなことはありません。さっきも言ったでしょう? 私はあなたの居場所を取り戻すために理事になった、と。
私の強い要望により、本学では今年からすでに『喪失魔術学』の授業を再開しております。
今は私が担当するか、風属性魔法の教授が片手間に、歴史や簡単な使い方を指導している状況ですが、アデル先生さえ入れば、それは変わります」
「……王都への出入り禁止は」
「それもすでに解けています。学校での採用案を通すと同時に私が解除しておきました」
彼女は、俺が挙げる懸念点を次々に退けていく。
「けど、俺にはこの学校での契約も残っているし」
最後、こんな理由をしぼりだせば……
「そのことなら、心配いりませんよ」
「え。どういうことだよ、それ」
「数日も経てば分かりますよ。とにかく、そこは問題ありません」
リーナがあまりにはっきりと言い切るから、俺はそれ以上聞けない。
しんと二人きりの応接室が静まり返る中、しばらくして彼女はおもむろに席を立った。
「今日は突然すいませんでした。その数日後、再度お伺いいたします。そのときにご決断いただければ嬉しいです。どうか、ご英断を」
こう彼女は深々と頭を下げ、応接室を後にする。
俺はしばらく茫然としたあと、はっとした。今の俺はあくまで事務員なのだ。
高貴な来客を一人で帰すわけにはいかない。
慌てて校門まで走って、姿が消えるまで見送りを行った。
その後、いつもの雑務に戻る。
「なんで君のような雑用係が、リナルディ理事様に面会できるんだ!!」
学長にいつもより苛烈にいびられながら、リーナとの再会も勧誘も、夢か幻のようにすら感じていたが……。
それから3日後、彼女の言っていたとおり、とんでもない事件が起きた。
不当に安い労働や無賃金での残業を強制した罪など、複数の理由で、学長が捕まったのだ。