パパイア 様より、先祖×逆行クズ日
※旧国
僕が高校生くらいの時、シングルだった母が再婚した。
相手は大きなお屋敷に住んでいるような名家で、そこの当主様だ。
薄い壁の小さなアパートから、そこらの会社員が生涯貯金しても買えないようなお屋敷に住むことになった。
引っ越しの時、僕らが持って行った荷物は限りなく少なくて、服も安いボロが多かったのに。
ここでは高くて綺麗な服を与えられ、ご飯もしっかり食べられる。
更には当主こと僕の義父には1人の娘がいて、その子は妹になった。
この家で血が繋がっているのは妹と、数いる親族たちだけ。
僕は母について来ただけの部外者だったから、あの子の義兄とはいえ大切にされることはなかった。
正確に言えば、意識されることがなかった。
だってただの部外者に時間を割くような、そんな心優しい寛容な一族ではないし。
一応肩書きは当主の息子に当たりはするから、それなりの教育は受けたけれど。
義妹は突然できた兄にも優しくできるほど良い子だった、でも物覚えが悪いらしい。
同じ教育を受けていたのに、あの子は何度も間違えた。
その度にご先祖様?はあの子にお仕置きをする。
蹴ったり殴ったりの暴力はもちろん、食事を抜いたり、もしくは残飯か生ゴミを食べさせたり、とにかくカワイソウな目に遭っていた。
けれどまあ…まともな直系は妹のにゃぽんだけだから。
頭が良くても、血の繋がらない僕は所詮他人に過ぎない。
あの子は当主になった。
羨ましくなんかない、むしろ同情する。
常にご先祖様から圧をかけられながら、右も左もわからぬ公務に没頭し、食事だってまともにしていないのだ。
時々参加する他の家との会合でも、あの子は自由に発言することすらできない。
相手はにゃぽんより少し年上で、僕と同じくらいだっただろうか。
聡明そうな人や無愛想な人、明るそうな人などたくさんいたけど、若い当主はみんなにゃぽんと同じ。
どこか自分を持っていなくて、みんなボロボロ。
そこで悟ったのだ、当主なんて都合の良い駒でしかないということを。
それに比べて、自分はなんと自由で幸せなのだろう。
余計な言動さえしなければ、生涯安泰なのだ。
キチガイ揃いの名家の屋敷。
血に拘り続ける古い価値観。
暴力主義者のご先祖様たち。
縛られた可哀想な子孫たち。
その中にいる僕は、ただただ恩恵だけを受けている!
きっと、あんな奴らの子孫たちの前世は極悪人だったのだろうな。
でないとここまで悪い環境に生まれるはずがない。
あぁ、幸せだ。
僕はとても幸せだ!
今通っている学校を卒業したら、そのあとはどこへ行こうか。
このままここに縋ってはいつか切られるので、きちんと進路は決めなくてはならない。
そもそも、この家に長くいたいと言う馬鹿はいないが。
「もうすぐ卒業…思ったより早かったな。荷物、まとめておくか」
あれから幾年かが経ち、僕は高校卒業を控える18の歳となった。
母はとっくに死んでいたが、好かれず嫌われず程度の猫を被っていたおかげで扶養はしてもらえていたのだ。
来週には大学の寮暮らしで、この屋敷を出る。
そんなに物を仕舞った覚えのない押入れを開け、ガサゴソと片っ端からゴミ袋に突っ込んでいく。
やっぱりほとんどはゴミだった。
「埃がすごいな……ん?なんだ、これ」
見覚えのない一枚の手紙。
古くて黄ばんだボロボロのものだったが、なぜだか無視してはならない気がした。
さっさと捨てでもよかったが、当主という面倒な席には妹がいるため、時間だけはあるのだ。
亡き母からの、自分宛の手紙だった。
少しくらいなら読もうか。
何が書いてあるのだろう?
「………は?」
思い出に耽ることができるかと思えば、目を疑うような内容がそこにはあった。
「…僕、が…前当主の…息子…?」
前当主…つまりは、本筋の息子らしい。
貧乏でバツイチ子持ちの母がなぜ、こんな名家と再婚できたのか。
その答えがこれなのだろう。
もし扱いが悪くなったり捨てられそうになったら、僕を本筋の息子だとでも言って、このDNA鑑定結果と共に屋敷中へ広める算段だったのかもしれない。
なるほど、母子揃ってクズなのか。
両親がどちらもクズだなんて、何の罰ゲームなんだ?
だったら、その血を受け継ぐクズとしての行動はただ一つ。
「…隠蔽しなきゃ 」
早速ライターを手に取り、誰もいないことをよくよく確認してから手紙を燃やした。
燃え尽きた灰をゴミ袋の中に突っ込み、また押入れの掃除を再開する。
流石に肝が冷えたが、僕はもうすぐ自由になる身。
こんなことで足を引っ張られ、人生を棒になぞ振りたくはない。
妹には悪いと思っているか?
答えはNOだ。そんなわけないだろう。
「お兄様、ご卒業、及び◯×大学への進学、御目出度う御座います。妹として当主として誇らしい気持ちで一杯です。お兄様の門出を祝し、僭越ながら贈り物をさせて頂きたいのですが、受け取って頂けますでしょうか」
つらつらと並べられる、高校生とは思えないほど丁寧な言葉遣い。
光を映さぬ瞳の奥は見えないが、心の奥底では僕を妬み、羨ましがっているのだろう。
いつも貼り付けている作り笑顔が引き攣り、贈り物だという箱を持つ手は震えていた。
ご先祖様が僕を見送ってくれるはずもなく、ここには僕と妹しかいない。
にも関わらず、その姿はいつも見かける“当主”のそれと変わらなかった。
この子のこういうところが不気味で仕方なかったから、最近は少し避けていたのだ。
「ありがとうございます、にゃぽん。実は私からも、 一つ贈り物があるのですよ。最後の贈り物かもしれませんから、これだけでも受け取ってください」
「有難う御座います、お兄様」
「反応が見たいので、ここで開けてくれますか?」
「…承知いたしました。では、失礼致します 」
贈り物である手紙の中身を取り出し、妹は便箋に目を通す。
その大きな瞳がますます大きく見開かれていく。
僕の予想通りだった。
「こ、これっ…」
「おっと、もう行かなければ。このままでは新幹線に間に合いませんのでね」
「や、ぇ…っ?」
「“兄”は嬉しかったですよ、“妹”に祝ってもらえて、身代わりになってくれて。それでは、さようなら♪」
固まって便箋を握りしめる妹を後目に、僕はまとめた荷物を持ってさっさと駅へ向かう。
あれに書いてある内容を簡単に言えば、僕はあの一族の血縁であるということを説明したものだ。
当主の血を引く長男なんて、あいつらの格好の獲物だったろうな。
逃げられてよかったよかった。
実に素晴らしいハッピーエンドだ!
「縛るものはもう何もない…あとは順風満帆な人生を謳歌するだけだなんて、僕ってば勝ち組だなぁ」
重い荷物はあの家に帰らないことの証だ。
文字通り僕にとって必要な全てを持ってきたので、少々不格好ながらも未練はない。
置いてきたものは、そうだな…兄弟たちに向けての手紙くらい。
我ながら良いものを書いた覚えがある。
華の大学生になるのだから、恋愛なんてものに目を向けてもいいかもしれないな。
線路の向こうから、僕が乗る新幹線が見えた。
「あー、楽し…」
ドンッ
「み…ッ…!?」
あ、轢かれる。
拝啓
陽春の候 僕にとって何よりも大切な妹へ、この手紙を送ります。
大学への進学に伴い、僕は桜の花と共にこの家を去ります。
僕の部屋はもう二度と使わないので、貴方たちが望むままに改装してください。
話は変わりますが、先日、僕の部屋で面白いものを発見いたしましたので、詳細を書き記そうと思います。
僕は、これを読んでいる貴方が中学生の時に、母の再婚によって貴方の兄となりましたね。
突然兄妹だと言われても受け入れてくれたこと、今も覚えています。
ご先祖様方には受け入れられなかった分、とても嬉しかったのです。
ご先祖様方は血縁を重んじられる方々なので、仕方ないと諦めていました。
しかしながら、僕の部屋で見つかった亡き母の手紙によると、僕は貴方たちの言う本筋にあたるそうです。
それを見た時、僕は驚きました。
君とは腹違いの妹であることもそうですが、まさかご先祖様方がこんなことすら把握していなかったとは、思いもよらなかったのです。
もしくは、父上の不貞の隠蔽でしょうか?
今では認知してくださっているようで、何よりです。
驚いて証拠は燃やしてしまいましたが、伝えておこうと思い、今この手紙を書いています。
ご当主様はお忙しいでしょうから、返事はないものだと思っておきます。
大切な家族に幸あれ。
敬具
「ッッ!?はぁッ…はぁッ…はぁッ…!! 」
布団を跳ね飛ばす勢いで体を起こす。
嫌な夢を見た。
「日本、どうしたの?早く準備しないと、迎えに間に合わないわよ」
「ぇ…?」
「怖い夢でも見たのかしら?きちんと身嗜みは整えなさいね」
「え…あ、はい…」
随分前に死んだと思っていた母がそこにいる。
本当に死んだのだろうか?
確か誰かに押されて、新幹線でぐちゃぐちゃに轢き殺された気がするのだが。
腕もある、足もある、声も出る、目も見える、動くことができる。
本当に悪い夢だった…のかもしれない。
けれど、それにしては目の前の光景と辻褄が合わないのだ。
ひとまずは、言われた通りに身嗜みを整えることにしよう。
「…」
やっぱり、過去に戻っている。
薄い壁のオンボロアパート、そこらで手に入る安い服、履き古したスニーカー。
懐かしの装備だ。
「あ、来たわ!日本、きちんと礼儀正しくするのよ?」
「わ、わかりました」
十数分後、母と僕は多くの荷物を持ってアパートから出た。
その場に合わない高級車がある。
前はこれで僕だけぽつんと後ろに乗せられて、疎外感と不安感があったのだ。
今では慣れているから、ゆっくり屋敷まで向かわせてもらおう。
「奥様は旦那様とこちらへお願いします。ご子息様はこちらへ」
使用人に荷物を預け、車へ乗り込むためにドアが開かれる。
またひとりぼっちなのだろうと思えば、そこには既に何人も乗っていた。
見覚えのある顔だ。
「…ぇ」
「そこの君、早く乗ってくれるかい?それとも、私たちがいては邪魔かな?」
「い、いえっ!そ、そんな、ことは…」
「であれば、そこに立ち続けている必要はないだろう?ほら、早く」
手招かれるままに、車へと乗り込む。
声をかけてくれたのは、江戸様。
フレンドリーで気さくな方だと聞くが、身内以外には興味を示さず、その本心は誰にも読めないし、読ませない。
その隣に座るのは帝国様だった。
この人は目に見えて凶悪であるし、にゃぽんの教育を一任していた頭のおかしいやつだ。
暴力的で自分にも他人にも厳しい。
全てが 自分基準なので、一般人の身体能力を知らずに無理難題をさせてくるのだ。
その帝国様ともう1人の間に挟まれ、僕は屋敷へと向かわされる。
もう1人は鎌倉様だ。
いかにも武人といった方で、庭で稽古している姿をよく見かけていた。
物静かで動揺する姿など見たこともないが、嬉々としてにゃぽんを虐めていたことは確かである。
僕を品定めするかのように、上から下までじっくりと観察されているようだ。
何故?
ご先祖様が揃いも揃って、このような一般人の部外者に目をつけるなんてあり得ない。
血筋に拘る頭のおかしい時代錯誤な暴力主義者共のくせに。
ストレスで胃がキリキリする。
吐きそうだ。
「さて…それでは日本、説明を求めてもよろしいかな?」
にこやかな笑みを見せ、江戸様はそう言った。
「…な、なんの、ことでしょう」
「シラを切るつもりか。この私が来てやっているというのに、誤魔化す気なのだな?」
「まぁ待て、帝国。こうなることくらい予想がついていたじゃろう。“前”から思っていたが、此奴は随分賢いようじゃからのう」
江戸様とは違い、あからさまで不気味な微笑みを続ける平安様。
あぁ、すごく嫌な予感がする。
「なんでもいい。コイツが我々の子孫であることに変わりはないのだから、屋敷でたっぷりと“教育”すれば良いだけだ 」
「…ふん」
2人に嗜められ、帝国様は拗ねたように目線を逸らした。
バレている。
僕にクズでキチガイなこいつらの忌々しい血が流れていることが。
空気が重い。
ご先祖様の視線を独り占めだ、最悪の気分どころではない。
胃が痛い、嫌な汗が止まらない。
「もうすぐ到着だな」
…一度死んだからか、僕は地獄に落ちたようだ。
車を降りると、母と当主はさっさと屋敷に入って行ってしまった。
僕はご先祖様たちに連れられ、屋敷の地下へ。
微かに鉄の匂いが漂うここは、いつもにゃぽんがいたはずの場所。
入るや否やドンと突き飛ばされ、尻餅をつく。
見上げれば、室町様が楽しそうに笑っている。
室町様は自分の悦を優先される方だ。
彼にとって楽しいのなら、それが殺人であろうと嬉々として、躊躇いもなくできる方だ。
「早く吐いた方が楽だぞ?俺たちはもう全て知っている。今更隠そうなんぞ、舐めた真似はしないことだな」
「ひっ…は、はい…」
「さて…それでは、教育といこうか」
帝国様が鞭を、鎌倉様が拳を、室町様が拘束具を用意して、僕に近寄ってくる。
「あ…ぁ…や、やめて、くださ…」
僕の言葉は、悪魔に届くはずがなかった。
散々殴られて恐怖心を叩き込まれたのち、泣きながら血を流していて倒れていた僕。
鎌倉様は、僕の足首に鈴をくくりつけた。
「…ぅ…こ、れ…は…?」
「ただの鈴だ。これで、お前がどこにいようと居場所がわかるな?」
きらり。
お先真っ暗な僕と比べ、金色の鈴は光を反射して明るく煌めいた。
「我々が呼んだら、いついかなる時でも10秒以内に来ること。いいな」
「はい…」
「おい日本、その鈴を勝手に取ったり、逃げたりすればどうなるかわかるよな?賢いやつは好きだが、賢くない奴は大嫌いだ。俺たちの期待を裏切るなよ」
「わっ、わかり、ました…」
無理があるだろう、いくらなんでも。
結び付けられた鈴は足が痛むほどきつく、少しでも動くたびにしゃらしゃらと音を鳴らすのだ。
鎌倉様は心地良さそうにその音を聞いていて、落ち着いているようでも狂った中身が透けて見える。
「休憩にもなっただろう、早く立て。お前には仕込まなければならないことが山ほどあるのだからな、この程度でへばるんじゃないぞ」
ぐいと腕を引っ張られ、無理矢理立たされた。
そして竹刀を握らされて、肩も腕も痛みに喘いでいるというのに振らされる。
しゃらん
鈴が鳴った。
しゃらん、しゃらん、と素振りをするごとに
「姿勢が悪い!もっと背を伸ばせ!」
「い゛ッ…ごめんなざっ、つぎ、つぎは、ちゃんとしますからっ!」
殴られるごとに音が鳴る。
「振り方が違う、もっと力を込めろ」
「うあッ…ごめんなさいっ…!」
骨と骨がぶつかるような、ガキッと嫌な音。
喧しいくらいにしゃらしゃらと言う鈴の音。
初日なのに本気で怒鳴る頭のおかしい先祖様。
頭の中がぐるぐるしてきた。
それからの僕の人生は、前とは180度異なるものだ。
「日本や、こちらへおいで」
「は、はいっ!」
バタバタと忙しない足音と共に、しゃらん、しゃらんと鈴が鳴る。
「きちんと10秒以内、良い子じゃのう。褒美として、今日は座学にしような」
「あ、ありがとう、ございます…」
にゃぽんはもういらなくなったらしく、気がつけば屋敷から姿を消していた。
恐る恐る江戸様にお伺いしたところ、養子になったらしい。
あの子には記憶がないからとのことだが、邪魔だっただけなのだろう。
母も数年と経たずに死ぬし、その時期になれば僕は当主となる。
足に巻きつけられた鎖は僕の首を締めつけるばかり。
平安様の言葉を一言一句聞き漏らさぬよう、頭をフル回転させて勉学に励む。
あぁ、辛い。
そんなことを言おうものなら、間違いなく酷いお仕置きが待っているが。
この前は爪を剥がされた。
おかげで今は左手がほとんど使えなくなり、飾りと化している。
「何度言えばわかるんだ?ここはこちらではないことくらい、賢いお前ならわかるはずじゃろう?」
「ご、ごめんなさいっ!ちゃんと書き直します…本当にごめんなさい、どうかお慈悲を…!」
「ふむ…悪いが無理な話じゃな。同じ一族として、しっかり叩き込んでやろう。地下へ来い」
ズルズルと引きずられるようにして地下へ連れ込まれていく。
そこではお仕置きが待っていた。
平安様は力こそ弱いが、言葉は誰よりも鋭利で、確実に傷を抉っていくから疲弊するのだ。
お仕置きが終わる頃、遠くから僕を呼ぶ声がした。
「ふっ…今日はこの辺りで許してやろう。早く行かなければ、またこんな目に合うことになるからのう」
楽しそうに言い放ち、平安様は僕を外へ連れ出す。
10秒ぽっちでは足りなかった。
「遅い…早く来いといつも言っているだろう」
「ご、ごめんなさいっ!!地下にいたので、遅くなってしまって…」
「言い訳など聞きたくない。躾直しだ」
「ッ!!い、いやっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
床に縫い付けられ、重い重い拳が振った。
とある名家の屋敷では、今日もまたドタバタと青年が動く。
あちらへ行って、こちらへ行って。
時々悲鳴や鈍い音も鳴るが、それは全て彼の自業自得らしいのだ。
嬉々として物事を教えてくれる先祖たちは偉大であり、尊敬すべきであり、日本は毎日ボロボロになりながらも、先祖たちの愉悦と好みのために動く。
しゃらん、しゃらん、と足首を締め付けながら鳴り響く鈴は、日本とその先祖たちの繋がりを明確に表していた。
コメント
6件
うわぁっ…最高です…… 今回もリクエストありがとうございます!! クズな日さんが沼すぎる……
本当に、、、大好きだ、、、! 登場した国家が揃いも揃ってひん曲がってるの最高です、もう必須栄養素ですよビタミンCです(?) あ、忙しいのは承知の上で、何なら無視してもらっても全然構わないんですが、引っ込み思案なショタドイツと家庭教師のイギリスの絡みが見たいです。めっちゃ私的ですみません🙇
後半を書いていた時の記憶がない…