テラーノベル
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試験当日、ナーシャはセリナが来る前にベッドから降りていた。いつもはセリナが開けるカーテンを、思い切って自分で開けてみる。 空はまだ空け始めた所で、淡いオレンジと金色が混じった様な、不思議で優しい色を滲ませている。
そのまま窓を開けようと思って手を伸ばしかけて止めた。風に当たるのは止めようと、咄嗟にそんな考えが頭に浮かんだ為だ。
カーテンを開けたまま、部屋の中央に置かれたソファに座る。そしてそこから頭を動かして、部屋をぐるりと見回した。
一つ一つの家具に思い入れがある。
祖母の思い出も、少ないが父や兄の思い出もある。
幼い頃に離れた乳母の事、セリナに初めて会った時の事。色んな思い出がナーシャの部屋には詰まっていた。
その時、ふと思い立った。
ナーシャは今日の試験に合格したら、公爵家の養女になる事になっている。だが、それはあくまでも戸籍上の話だった。ルオン公爵はナーシャの気持ちを慮ってくれて、公爵家ではなく他で暮らすことも仕事をする事も了承してくれている。
お金に関しては、ナーシャは祖母から贈られた遺産を弁護士に預けてあった。
それは祖母のミゼラが、自分が亡くなった後の事を考えて、ジェストとの婚姻の際に子爵家に支払う持参金を残してくれていた物だ。
ナーシャは今後、結婚については何も考えてはいない。祖母の思惑とは違う使用目的だが、セリナと住む為の資金にしようと考えていた。
「お祖母様ごめんなさい、私はこれからもセリナと一緒に過ごしたいの」
セリナはナーシャの専属侍女で、雇用主はナーシャだ。セリナはナーシャに今後も付いてきてくれると言ってくれた。
だからナーシャは、セリナの人生に責任もあるし、何よりナーシャがセリナと離れることなんて考えられなかった。専属侍女という立場ではあるが、ナーシャはセリナを姉のように慕っている。
思い立った今後の事をつらつらと考えていたら、ノックの音がしてセリナから声が掛けられた。
返事をすると、朝の仕度道具をワゴンに載せたセリナが部屋に入ってくる。時計を見るといつもよりも早い時間だった。
「おはようございます、本日もお仕度させて頂きます」
すっと変わらないセリナの挨拶に、ナーシャは微笑んで「おはよう」と返した。
◇◇◇
「本日、試験官を担当します。マーク・ワグナイヤです。オリジエル侯爵令嬢様、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
試験は学園の空き教室で行われた。
教壇から挨拶をするワグナイヤ卿に、ナーシャも座ったまま挨拶をした。
コツコツと革靴の音がして隣に来て、問題の冊子と答案用紙が、卿の手に依って机の上に並べられた。
「記名を先にお願いします」
隣に立ったままの卿に言われて、ナーシャはその通りに自分の名を記名した。“オリジエル”そのサインをするのもあと僅かかもしれない。
試験を受ける前にそんな感傷に浸ってしまい、思わず心の中で苦笑する。まだ合格するかも分からないのに、要らぬ感傷だったと思った。
「では、始めなさい」
ワグナイヤ卿の低く渋い声が、ナーシャの耳に響く。ゆっくりと問題の冊子を捲る。
ナーシャの運命を握る60分が始まった。
「おめでとうございます」
学園長室でナーシャは、卒業資格試験の合格を告げられ、卒業証書を受け取った。
その部屋にはルオン公爵が来てくれていた。
「ナーシャ、おめでとう。今日から娘だから名を呼んでも構わないかな?」
その言葉にナーシャの胸が熱くなり、頷きながらそのまま頭を下げる。すると公爵がナーシャの肩に手を置いて、学園長の机の前から移動するように手で促してくれた。
ソファに座り、養子縁組の書類にナーシャが署名する。
それをルオン公爵は、後ろに控えていた公爵家の執事に渡していた。
「では、私は手続きに動こう。ワグナイヤ子爵が王宮で待ってくれてるからな」
ルオン公爵がそう言ってから、明日待ってると言って学園長室を出て行った。先程の試験官は子爵だったのだと、ナーシャは自身の認識不足を少し恥じ入った。貴族名鑑も伯爵家までは完璧だが、子爵家男爵家は、数年前でナーシャの脳内は更新されていなかったのだ。ワグナイヤ卿は、ここ数年で叙爵された貴族だと理解できた。
「今日は、このままここで昼休みまで過ごして、後は通常の授業を受けてください」
学園長の配慮にナーシャはまたもや心から感謝した。このまま帰れと言われても、こんなに早く帰宅しては、オリジエル侯爵家で不審に思われてしまうはずだから、何処かで時間を潰そうと考えていたのだ。
昼休みになるとシンシアとハリスがやって来た。セリナはまだ来ていないが、何やら今後について公爵家の使用人と話しがあるのだと、ハリスから聞かされた。
そのままいつもの面談室に移動すると、いつもと違い豪華な食事が用意されていた。
驚くナーシャにシンシアが笑顔で言う。
「ナーシャ!合格、そして卒業おめでとう!これは卒業祝いのお食事よ」
用意された食事は、いつもの食堂のプレートではなく、明らかに別で用意されたものだとわかる。
美味しそうに皿の上で飾られた食事達は、ゆらゆらと湯気も立ち、美味しそうにナーシャを誘ってくれる。
それらを見たナーシャの目には涙が浮かぶ。
「シンシア!」
抱きつくナーシャの背中を優しく撫でで、シンシアがナーシャに言った。
「ナーシャ、これからも何があっても、私達友達よ!そうよね?ナーシャ」
ナーシャはシンシアの優しい声に、溢れる涙を止められず、ずっと頷いていた。
そんな二人をハリスは優しく見つめていて、まるで見守っている|騎士《ナイト》のようだった。
コメント
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ナーシャが自分でカーテンを開けるところ、もう読んでて胸がぎゅってなった…。あの小さな一歩が、すごく大事なんだよね。セリナとこれからも一緒にいたいって思う気持ち、シンシアの「友達よ」って言葉に涙が止まらなかった。ハリスが黙って見守ってるのも、もう…優しすぎるよ。本当に、ひとつの終わりと新しい始まりを丁寧に描いてくれてありがとう。これからもずっと読ませてください🌙