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空を覆う巨大戦艦を、私はぼーっと見上げていた。
やがて地面に目を向ける。
――これ、死んだな、私。
――はい、人類はもう終わりです。
――あれはもう、兵器じゃないです。
――月と同じ、存在が終末です。
人類の希望はもうない。
どれだけ足掻こうが、結果は変わらない。
そう思った瞬間だった。
「あれ、だいたい直径四キロある」
カイルさんが巨大戦艦を見上げて言った。
「欲しい」
意味がわからない。
言葉の意味はわかるんだけど、わからない。
「いや……いやいやいやッ! アレを魔方陣に使う気ですか!?」
「侵略者から月に対処できる力を奪い取る。最初はそういう方針だったろ?」
カイルさんは平然としている。
確かにそれはその通りであるけど。
「拡声器貸してくれ」
説明はない。
それでも私は、迷わず差し出していた。
この人はリスクの冒しどころを間違えない。恐れもしない。初めて契約を交わしたときからそうだった。
カイルさんは拡声器を受け取ると、瓦礫の上に立った。
「……ムーに居場所がバレますよ」
「だろうな」
的になることは承知の上。それでも、ゾンビに出すべき命令がある。
策は、あるんだ。
カイルさんが拡声器を口元に構え、叫び始めた。
『畏れろ』
拡声器を中心に波紋が広がる
『膝を折れ』
『天を仰げ』
『震えて祈れ』
ゾンビたちの動きが変わった。
地下から這い出し、屋根を渡り、瓦礫を越えて移動する。
その顔には恐怖が刻み込まれている。
「……畏れ、祈り」
数刻遅れて、理解が追いつく。
「ゾンビ十五万人総動員巨大怨霊創造大作戦!」
アラン・スミスの提案。
でも、計画とのズレが多すぎる。
ここは怨霊世界とは環境が違う。ふ力というエネルギーがどの程度集まるのかは未知数だ。
そして何より、怪談を用意していない。ゾンビ十五万人に同じ怪談を語らせ、全員に畏怖の対象の同一イメージを抱かせる必要があるはずだ。
「……でも、何とかなる?」
元の仮想敵が月なら、さすがの巨大戦艦も格落ちだ。
クラスダウンした巨大怨霊と、巨大戦艦。パワーバランスがつり合い、相打ちに持ち込めるだろうか。
わからない、でもやることは決まってる。
怨霊の強さは「信者の数×恐怖心×怪談の出来」の掛け算による。
王都全域のゾンビが恐怖心を抱かないと、話が始まらない。
一か所からゾンビ全員に命令するのは無理だ。彼らに「畏れろ」の命令を届けるには――。
「走るぞ」
瓦礫を蹴り上げ、カイルさんが走る。
炎に包まれた市街を、屋根から屋根へ飛び移る。
火事で半壊した通りを抜け、消えかけた街区をかすめる。私たちの軌跡を追うように、市街地で爆炎が上がった。
拡声器がキーンと響く音を上げる。
『畏れろ』
『祈れ』
『ただ願え、誰かが救ってれるはずと』
王都のあちこちで、ゾンビが膝をつく。
焼け焦げた広場で。崩壊した鐘楼の下で。地下水路の暗闇で。
腐った手を胸に当て、空を仰ぐゾンビは増えていく。
順調ではある。
だが、常に死の淵にいる。
私たちは今、ハリケーンに立ち向かう紙飛行機のようなものだ。風の気まぐれで即座に粉々になる、ちっぽけな存在にすぎない。
今まで走り抜けられたのも、運命が味方しただけ。
当たれば消滅、余波でも即死のレーザー砲が怖すぎる。
「ああ、もうっ! メリーさんがいればまだマシに移動できたのにっ!」
「さっきの協力と引き換えに解放する約束だからな。もう戻って来ねえよ」
眩い光が走る。
目がくらむ、一瞬転びそうになるものの、何とか、持ち直す。
「危なかったですよ、今の。けっこう近かっ……」
私の台詞は、途中で止まった。
カイルさんの右上半身が消えていた。
焼け焦げた身体が崩れる。再生が始まる。カイルさんはまだ立てるまで回復していないのに、拡声器を手に取る。
『畏れろ』
「それ、意味があるのかい?」
上空に浮かぶムーが聞いてきた。
口調と身にまとう空気で分かる。
巨大戦艦を味方につけた彼は、さっきまでと態度が違う。明らかにこちらを見下している。
「まったく、あの砲は大味すぎるよ。ただ、標的を視認した今、どうにでもなるか。無知な君たちに教えてあげよう。狩りのコツは、獲物を正確に狙うことにない。狙った場所に追い込むことにあるんだ」
逃げようとした路地にレーザーの光が走る。爆風で石畳がめくれ上がり、建物の壁面が削ぎ落とされていく。あっという間に瓦礫と炎の壁が道をふさいだ。
私たちは逃げ場を失う。地形を変える、理不尽なまでに暴力的な包囲網だ。
「……空も飛べない下等生物の君たちは、壁を越えられない。さあイクリプス、この一帯を焼き払え」
イクリプスの砲門が私たちの居る区画全体に照準を合わせる。
四方八方を瓦礫と炎で塞いだ上での、回避不能の広域攻撃が、今、始まる。
私は息を止めた。
けれど。
カイルさんはまだ拡声器を握り、命令を出している。
『希望に縋れ』
――その瞬間、身体が浮いた。
私は目を見開いた。
カイルさんも、私たちも、燃え盛る街並みも、かつて街の一部だった瓦礫の山も、祈りを捧げるゾンビたちも、みんなみんな、空に浮かび上がった。
『「……は?」』
私と、ムーの声が重なった。
遅れて、閃光と轟音が訪れる。レーザーが地表を焼き払ったのだ。でも、空振りだ。だってもう、みんな空にいるのだから。
私ははるか上空から、マグマの色をした地上の地獄を見下ろしている。もし空を飛べなかったら、あの中で死んでいたのだろう。
私は隣に浮かぶカイルさんを見る。
「これが……カイルさんが呼び出した、怨霊の力」
カイルさんが自身の身体を眺めて言った。
「何これ浮いてる? 怖っ」
「あ、これ別にカイルさんの仕業じゃないんですね」
私が思う以上に、運命は私たちに味方している――のかな?
「ヒャッハァ!」
王都から少し離れた交易地。
髑髏の装飾が施された改造車が停まっていた。
改造車の車両上に、黒光りする輪状の装置を手にした男が立っていた。
男が輪を操作すると、空間が歪む。
王都の一帯の重力が反転していく。
瓦礫も、死体も、炎も、街灯も、遠目で見てもわかるくらい、高く高く持ち上がっている。巨大戦艦も、空に巻き上げられていく。
「堕ちろ」
男が言う。
ギャングたちはワクワクしていた。あれほどの大物戦艦。今度はどんな玩具が転がり出るのだろうと、心躍らせている。
彼らにも、巨大戦艦の下に王都が――人の居住区があるのは見えている。
普通の人間の神経なら、そこに宇宙船は落とさないだろう。
ただ彼らは普通の人間ではない。エイリアンや怨霊やゾンビやサメ、異世界からの侵略者と、たった一つだけ、共通点を持っていた。
彼らは、人を人と思わない。
カイルも、リシェルも、ムーさえも与り知らぬところ。
重力はまた、反転する。