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雨上がりの夕暮れ、商店街のアーケードの下で、美咲は傘を閉じていた。スマートフォンが震え、画面には「駅に着いたよ」というメッセージと、待ち合わせの場所に立つ彼の写真。遥斗は、美咲の親友の兄で、最近やたらと美咲を気にかけるようになった。
初めて会ったのは高校の文化祭だった。美咲がクラスの出し物で困っていると、通りかかった遥斗がさりげなく手伝ってくれた。
それ以来、遥斗は美咲の生活の端々に現れるようになった。テスト勉強の進捗を尋ねるメール、疲れていると知ると差し入れられた栄養ドリンク、そして今日の待ち合わせもそうだ。
最初は親切な人だと思っていた。親友の兄だし、良い人なんだろうと。
しかし、その「親切」は次第に美咲を息苦しくさせていった。どこにいても、彼に見られているような気がする。SNSに投稿したカフェの写真には、すぐに「美味しいよね、そこ」とコメントがつく。自分が飲んでいるドリンクは、以前何気なく「これ好き」と呟いたもの。
駅の改札前で、遥斗が笑顔で手を振っていた。その顔は、本当に美咲を思っている優しい顔だ。
でも、美咲の胸の奥はざわついていた。それは、喜びでも、ときめきでもない、不快な感情。
遥斗が話しかけてくる。
「遅かったね。もしかして、帰り道で何かあった?」
その言葉に、美咲はゾッとした。どうして遅いとわかるんだろう。いつもの電車に乗らなかっただけなのに。
「ううん、なんでもないよ」と作り笑顔で答えた。その笑顔の裏で、美咲は自分の気持ちにようやく名前をつけられた気がした。
それは、決して「恋」なんかじゃない。
この感情を、もし誰かに相談したとして、美咲の気持ちは理解されないだろう。
「優しいじゃないか」「親切なだけだよ」と言われるのがオチだ。
でも、この胸のざわつきは、恋とはあまりにかけ離れている。
これは、美咲にとっての新しい恐怖だった。
「ねえ、美咲、大丈夫?顔色悪いよ」
心配そうに美咲を覗き込む遥斗の顔を見て、美咲は心の中でそう呟いた。
「恋と呼ぶには気持ち悪い」
その言葉は、美咲の心を守るための、自分だけの呪文だった。
「恋と呼ぶには気持ち悪い。」
作・ぺろ